従軍慰安婦問題で最近よく見かけるのが、“アジア女性基金という日本の善意を韓国(側団体)が拒絶したこと”を殊更に残念がってみせる連中です。
その連中の多くは単に、慰安婦問題が解決しない責任を韓国側に押し付けたいだけに過ぎません。あるいはアジア女性基金のことをよく知らないだけでしょう。
元々慰安婦問題を解決させたいと尽力した人たちの考えは以下のようなものです。
和田 我々としては、国家が謝罪をして国家が補償をすべきだという考えでした。ところが、政府としてはそれができないという結論が出て、財団法人という形で基金を作ることになりました。
http://webronza.asahi.com/synodos/2013091600001.html
私は意見を聞かれた時に、「基金をつくるのは良いが、法律によってつくってほしい。政府のお金と国民のお金を一緒に入れて、基金として償い事業をして欲しい」と提言しましたが、受け入れられませんでした。官房長官の五十嵐(広三)さんも努力しましたが、結局通らずに、償い金というのは国民からの募金だけという形になったんです。そこに、反発し、「受け取れない」とおっしゃる元慰安婦の方が出てきました。
しかし、当時は、自民党と社会党が一緒になってはじめて新しい政府ができ、河野談話に基づいて補償をしようという意欲が出ている時だったので、やれることはやらなければしょうがないと感じていました。それがアジア女性基金に関わるようになったきっかけです。
見てわかるとおり「国家が謝罪をして国家が補償をすべき」だと主張しても、日本政府はそれを断り、「基金をつくるのは良いが、法律によってつくってほしい。」「政府のお金と国民のお金を一緒に入れて、基金として償い事業をして欲しい」という要望も日本政府が却下しています。
アジア女性基金は「やれることはやらなければしょうがない」という流れで出来た妥協の産物にすぎません。だからこそ「反発し、「受け取れない」とおっしゃる元慰安婦の方が出てき」たわけです。アジア女性基金が韓国側に受け入れられなかったことを残念がっている人は、なぜ日本政府は国家としての謝罪も国家としての補償も拒絶したのか、なぜ日本政府はアジア女性基金を立法によって設置することを拒絶し、日本政府が基金に出資することも拒絶したのか、そういう点については目を向けようとさえしません。
1995年戦後50年国会決議の攻防(歴史修正主義四天王:奥野誠亮会長、村上正邦幹事長、板垣正事務局長、安倍晋三事務局次長)
和田氏は以下のように述べています。
(略)私は、3党プロジェクトのヒアリングに呼ばれ、基金構想に賛成する、基金を国会の立法によって設置し、政府と国民のカネをともに基金にいれるようにしてほしいと提案したが、採用にはならなかった。激しい議論の末に94年12月三党プロジェクトの慰安婦問題等小委員会(委員長武部勤)は、日本は慰安婦問題に対して、道義的責任をはたさなければならない、国民の参加によって基金をつくり、募金をして慰安婦のための国民的な償いを実施する、慰安婦のために医療福祉の事業を行うものには政府が資金援助する、政府は事業実施のさい、反省とお詫びを慰安婦個人に表明するという内容の報告書を提出した。
http://www.wadaharuki.com/ianfu.html
あいまいといえば、このうえなくあいまいな構想であり、考え方の違いを乗り越えるための折衷策であった。しかし、隘路を打破して、被害者への償いに向けて前進するための苦肉の策であったこともたしかであり、村山内閣だからこそ、合意された案であったといえよう。
医療福祉支援というのは、政府も何かしなければならないという考えのもとで、打ち出された方策であり、現金は出せないが、サーヴィスなら提供できるという考えに立っていた。
しかし、事態はすでに容易ならぬ形勢であった。戦後50年国会決議に反対する議連が自民党の中につくられ、この94年12月に旗揚げした。奥野誠亮会長、村上正邦幹事長、板垣正事務局長、安倍晋三事務局次長という役員の顔ぶれで、「昭和の国難」において日本は「自存自衛」「アジアの平和」のために戦ったのであり、国会決議には謝罪も反省もふくめてはならないという考えに立っていた。この議連の参加者は発足時は57人であったが、2ヶ月後には143人、自民党議員のほぼ半数が入会した。アジア女性基金を国会での立法によって発足させることは不可能であったのである。
戦後50年国会決議をめぐっては厳しい攻防がくりひろげられた。結局のところ、文章は曖昧なものとはなったが、日本も侵略的行為と植民地支配を行ってアジアの諸国民に苦痛を与えたことを認識し、「深い反省の念を表明する」という決議が1995年6月9日衆議院を通過した。新進党は修正意見がいれられないのに抗議して、本会議を欠席、共産党は代案を出して、反対した。奥野議連の幹部たちは抗議の欠席戦術をとった。衆議院の現員509人中賛成230での採択であった。1995年という年に日本の国会が示したレベルがこれであった。
戦後50年国会決議とは1995年6月9日の「歴史を教訓に平和への決意を新たにする決議」のことで、多くの犠牲を出した日本の侵略戦争であるアジア太平洋戦争を総括する決議としては「謝罪」の文言一つない中途半端な“謝罪決議”です。
本院は、戦後五十年にあたり、全世界の戦没者及び戦争等による犠牲者に対し、追悼の誠を捧げる。
http://kokkai.ndl.go.jp/SENTAKU/syugiin/132/0001/13206090001035a.html
また、世界の近代史上における数々の植民地支配や侵略的行為に思いをいたし、我が国が過去に行ったこうした行為や他国民とくにアジアの諸国民に与えた苦痛を認識し、深い反省の念を表明する。
我々は、過去の戦争についての歴史観の相違を超え、歴史の教訓を謙虚に学び、平和な国際社会を築いていかなければならない。
本院は、日本国憲法の掲げる恒久平和の理念の下、世界の国々と手を携えて、人類共生の未来を切り開く決意をここに表明する。
右決議する。
あまりに中途半端な内容に対して共産党は反対し、逆にこの程度の内容でさえ拒絶する自民党を中心とする右翼議員は抗議の欠席を行い、結果として衆議院議員509名中賛成したのがわずか230名しかいなかった決議です。
「全世界の戦没者及び戦争等による犠牲者に対し、追悼の誠を捧げる」ことを拒絶し、「我が国が過去に行ったこうした行為や他国民とくにアジアの諸国民に与えた苦痛を認識し、深い反省の念を表明する」ことを拒絶した安倍晋三氏らが現在の日本の首相となっています。
なぜ日本政府は国家としての謝罪も国家としての補償も拒絶したのか、なぜ日本政府はアジア女性基金を立法によって設置することを拒絶し、日本政府が基金に出資することも拒絶したのか
よく言われる日韓基本条約*1で解決済みという主張がありますが、謝罪をするのに請求権は関係ありませんし、補償も同じです。国会で謝罪と補償のための特別法を制定すれば良く法的な問題は何もありません。
例えば、ハンセン病患者を隔離したことに対して日本政府は特別法を制定して、謝罪と補償を行っています。
ハンセン病の患者は、これまで、偏見と差別の中で多大の苦痛と苦難を強いられてきた。我が国においては、昭和二十八年制定の「らい予防法」においても引き続きハンセン病の患者に対する隔離政策がとられ、加えて、昭和三十年代に至ってハンセン病に対するそれまでの認識の誤りが明白となったにもかかわらず、なお、依然としてハンセン病に対する誤った認識が改められることなく、隔離政策の変更も行われることなく、ハンセン病の患者であった者等にいたずらに耐え難い苦痛と苦難を継続せしめるままに経過し、ようやく「らい予防法の廃止に関する法律」が施行されたのは平成八年であった。
http://www.mhlw.go.jp/general/seido/kenkou/hansen/0622-1a.html
我らは、これらの悲惨な事実を悔悟と反省の念を込めて深刻に受け止め、深くおわびするとともに、ハンセン病の患者であった者等に対するいわれのない偏見を根絶する決意を新たにするものである。
ここに、ハンセン病の患者であった者等のいやし難い心身の傷跡の回復と今後の生活の平穏に資することを希求して、ハンセン病療養所入所者等がこれまでに被った精神的苦痛を慰謝するとともに、ハンセン病の患者であった者等の名誉の回復及び福祉の増進を図り、あわせて、死没者に対する追悼の意を表するため、この法律を制定する。
(趣旨)
第一条 この法律は、ハンセン病療養所入所者等の被った精神的苦痛を慰謝するための補償金
(以下「補償金」という。)の支給に関し必要な事項を定めるとともに、ハンセン病の患者であった者等の名誉の回復等について定めるものとする。
慰安婦問題においても法技術的には同様の解決が可能でした。アジア女性基金の設置についても、設置法を制定し日本政府が基金に出資することは可能でした。
つまり、法的には何の制約もなかったわけです。
制約となったのはただ、アジア太平洋戦争や植民地支配に対して謝罪も反省も拒絶する自民党を中心とする国会議員の存在でした。現首相の安倍晋三氏はアジア太平洋戦争や植民地支配に対して謝罪も反省も拒絶する議員の中心の一人です。このような人物を日本人は二度にわたって首相の座につけたわけです。
本来、国家として謝罪し、補償すべきだったアジア女性基金を、元慰安婦らから拒絶されるまでにぶち壊した張本人の一人が安倍晋三氏です。
アジア女性基金が韓国側に受け入れられなかったことを残念がってみせる連中は、アジア女性基金を韓国側に受け入れられないレベルまで毀損した安倍氏を批判するべきです。
まあやらないでしょうけどね。
*1:正確にはそれに伴う請求権協定