性犯罪被害の問題

性犯罪被害に関して問題となる形態は3つあります。
一つが違法だが取締り・適用が不十分な事案、もう一つは違法だが罰則が不十分な事案、最後が違法ではないが違法とすべき事案です。

違法だが取締り・適用が不十分な事案

例えば強姦事件です。
強姦は言うまでも無く刑法に抵触する違法行為ですが「暴行又は脅迫」(刑法176)や「心神喪失若しくは抗拒不能」(刑法177)という条件が必要になります。特に準強姦の成立条件である「心神喪失若しくは抗拒不能」の立証は困難で、一律一般論的に判断することが出来ません。
「東京高判平成11年9月27日」*1において「その危難の生じるとされた者と被害者との関係,被害者の年齢,生活状況などの具体的事情を資料とし,当該被害者に即し,その際の心理や精神状態を基準として判断すべきであり,一般的平均人を想定し,その通常の心理や精神状態を基準として判断すべきものではない」と述べられているように、個々の事件について個々の事情を勘案して判断するようがあるわけです。例えば、急に関係を迫られた場合に、性経験の少ない人であれば動揺して抵抗できなくなることは合理的と考えられますが、水商売の人や性経験が豊富な人であれば上手くあしらえるはずであろうという判断です。
関係、年齢、生活状況などの具体的事情を踏まえて判断するという方針そのものは妥当だと言えますが、一律に判断できない以上、裁判官の心象に左右される要素が大きく、水商売などに対する偏見に左右される恐れは否定できません。
先の事例で言えば、性経験が豊富だからと言って上手くあしらえるとは限らず、関係性や当時の心理状況などによって抵抗が困難なことも当然ありえるわけですが、それを上手く裁判で立証できるかは検事の手腕によりますし、立証された内容をどう受け取るかは裁判官の能力によりますから「抗拒不能」とはいえないと言う判断が下されることも少なくありません。
このような刑事事件において「抗拒不能」か否かの判断は極めて重要で、かつ、難易度の高いものだと言えます。
「抗拒不能」の判断を厳しくすれば本来救済すべき被害者を見捨てる恐れがあり、かといって被害者側に寄り添って「抗拒不能」の判断をしやすくすれば、加害者側に不当に重い刑事罰が下される恐れもあります。どこでバランスを取るかというのは難しい問題です。

取締りが不十分な事案の事例としては、性風俗に対する売春防止法等があります。現実問題として売春行為が行われ、そのための場所が提供されているにもかかわらず、摘発されるのはごく一部です。風営法などの取締りも所轄警察の方針によって左右されるようで、地方都市に行くと警察署長が変わってからパブなどの取締りが厳しくなった、的な話を聞くことがありました。

違法だが罰則が不十分な事案

現行法の「三年以上の有期懲役」では刑罰が軽すぎると指摘されてる強姦罪も事例のひとつと言えますが、児童ポルノ犯の半数以上が略式起訴で諸外国より軽いのではないか、という指摘もあります*2
法務省の被疑事件の統計で見ると*3、以下のような感じです。

    被疑事件総数 起訴件数 不起訴件数 中止 検察庁送致 家裁送致 未済
強制わいせつ  3385 1325 1730 2 75 374 156
強制わいせつ致死傷  287 134 121 - 9 23 12
強姦  879 323 491 - 16 49 52
強姦致死傷  281 85 165 - 13 18 13
集団強姦  135 23 91 2 2 17 6
集団強姦致死傷  29 17 8 - 1 3 2
売春防止法  932 436 327 - 128 41 11
児童買春・児童ポルノ規制法 3880 1417 640 - 1498 325  115
青少年保護条例 3270 1023 1208 - 893 146 55
上記合計    13078 4783 4660 4 2635 996 422

被疑者だからと言って犯罪者確定なわけではありませんから起訴されないことももちろんあるわけですが、起訴猶予処分の場合などは事実上有罪ともみなせますし、親告罪の場合は告訴取り下げなどで不起訴になる場合もあります。また起訴された場合も、公判請求される場合と略式起訴では随分と扱いが異なります。

   被疑事件総数 公判請求 略式起訴 起訴猶予 嫌疑不十分 嫌疑なし 取り下げ
強制わいせつ 3385 1325 - 129 420 - 980
強制わいせつ致死傷 287 134 - 32 70 1 -
強姦     879 323 - 9 183 3 205
強姦致死傷  281 85 - 19 93 - -
集団強姦   135 23 - 19 70 - -
集団強姦致死傷 29 17 - 5 1 - -
売春防止法  932 329 107 327 49 - -
児童買春・児童ポルノ規制法 3880 445 972 640 135 - -
青少年保護条例  3270 166 857 1208 80 - -
上記合計   13078 2847 1936 2114 1101 4 1185

他の検察や家裁への送致を除き、さらに嫌疑不十分や嫌疑なしを除いた約8000件のうち、公判で裁かれるのは3000件足らずで、4000件は略式起訴か起訴猶予という軽い処分、親告罪での1000件取り下げも踏まえると、日本での性犯罪の罰則は軽いのではないかと思わされます。
児童買春・児童ポルノ規制法関連では公判に至ったのは445件、略式起訴は972件、起訴猶予640件ですから、山田議員の言ってる「児童ポルノ法の懲役刑率は95パーセント」というのはちょっと理解しがたい話ではあります。

日本における児童ポルノ法の罰則は軽くはない
山田:それから次です。児童ポルノ犯は懲役刑にならないと。記者会見では「児童ポルノ法の罰則規定が非常に軽い。罰則が科されても罰金だけに留まることが多い」と。馬鹿言うなと。事実は、諸外国と比べて児童ポルノ法の罰則が軽いわけじゃないよと。
坂井:これは各国によって範囲が違ったりするので横並びでは比較できません。だいたい一緒なんですよね。
山田:懲役刑率は95パーセント。これ裁判所が資料持ってますから。つまり、ほとんど懲役刑になるんだよと。
坂井:罰金5パーセントくらい。
山田:そうなんです。それからですね。児童ポルノ犯を警察は捜査しないと。「被害届が正式に出ないと警察は捜査を躊躇する」と。警察庁ヒアリングでは、いや、そんなことはないと。多分ないと思います。
児童ポルノに関しては今かなり摘発数を増やしてきていますし、内偵を含めた捜査もいろいろやっていますので、そんなことはないって言ったら、その通りだと思います。

http://logmi.jp/123265

もちろん何でもかんでも厳罰化すればよいというわけでもありませんが、現状で十分に厳罰だという主張にはやはり賛同できません。

違法ではないが違法とすべき事案

援助交際」として知られる少女売春ですが児童買春児童ポルノ規正法の成立以前は、13歳以上の少女相手の同意の上での買春行為を違法とすることは困難でした。売春防止法は売春させる行為を禁止しているものの当人の意思で売春を行っている場合は罰則がなく、買春者にも罰則がありません。児童福祉法34条6の「児童に淫行をさせる行為」というのも買春者を行為者とみなすのは解釈上無理があるとされ、せいぜい淫行条例が適用できたくらいです。
しかし都道府県単位で成立する条例だけで援助交際を取り締まっていた時期は、ネット上などで淫行条例のない都道府県の情報が流されるなど“合法的な”少女買春行為とのいたちごっこが続きました。児童買春児童ポルノ規正法の成立で、18歳未満の児童相手の買春行為は同意の上であっても犯罪となりました。
児童買春児童ポルノ規正法成立以前の「援助交際」は、違法ではないが違法とすべき事案だったわけです。

現状でも違法ではないが違法とすべき事案というのは当然あるでしょう。そういった事案に対して違法化すべきだと訴える人たちもいるわけですが、そういった主張に対して“合法なのに不当に中傷するな”と言った反論が散見されます。「援助交際」の時でも、“売る方も取り締まれ”と言った事実上少女に圧力をかけて犯罪行為が発覚しにくくするための主張が蔓延していました*4から、感情的な反論が出てくるのもやむをえないとは思います。
私は、実際に被害児童が存在する実写の児童ポルノに関しては当然ながら規制すべきと考えますが、二次元児童ポルノに関しては表現の自由の範囲であって法で禁止すべき性質のものではないと考えています。したがって、二次元に関しては適切に自主規制されていれば行政による規制は不要で、むしろ有害であろうという意見です。
一方で、現実問題として存在している違法ではないが実在の人に対して行われる性的虐待・人権侵害に対しては法規制すべきであろうとも考えています。例えば、若年女性に契約させ法外な違約金で威圧してAV撮影を強要するような手口*5は性犯罪として規制されるべきでしょう。

*1:www.moj.go.jp/content/001132255.pdf

*2:http://d.hatena.ne.jp/okumuraosaka/20160131#1454167281

*3:14-00-08 [被疑事件の受理及び処理状況] 罪名別 被疑事件の既済及び未済の人員 http://www.e-stat.go.jp/SG1/estat/GL08020103.do?_toGL08020103_&listID=000001137864&requestSender=dsearch

*4:今でもありますが。

*5:「アイドルになれるよなどと18歳や20歳の若年女性を言葉巧みに利用し、無知や恐怖に乗じてAVに出演させ、事業者が莫大な利益を得ている実態があります。これは性的搾取であり、人身取引であると考えています。」https://www.bengo4.com/c_1009/c_1198/n_4159/