幼児の証言だからという理由で信憑性が損なわれるべきではないが、どのように引き出された証言かによっては信憑性が損なわれることもある

5歳女児にわいせつ行為、「証言の信ぴょう性」で冤罪にしようとする人たち(11/3(金) 7:11配信 読売新聞(ヨミドクター)宋 美玄(そん・みひょん) )」の件。

最初から冤罪だと決め付けて「証言の信ぴょう性」を疑うのは当然問題があります。
宋美玄氏の記事には基本的に同意なのですが、冤罪だと決め付けるあるいはその可能性を強く示唆する声と同じように、冤罪の可能性を端から無視する声もあり、なかなか難しい問題です。さて、宋氏の記事ですが、性暴力被害を訴えるのが難しい現状だと主張するために「被害者の年齢に限らず」と話が広がっている点は良くないな、と思っています。子どもの性暴力被害に特化した方が記事としては良かったのではないかと。それでも、宋氏は短い記事の中で「今回の事件で、どのような取り調べがなされ、どのような客観的証拠があったのか、続報を望みます」などバランスのとれた言及がされていますが、「5歳の子の証言に、どこまで信ぴょう性があるか」という点についてまでは深く言及されていないので、そのあたりを書いてみます。

「5歳の子の証言に、どこまで信ぴょう性があるか」

この質問に対する回答は、子どもの発達度合いと証言がどのように引き出されたかによる、という以外にありません。
そこが明らかにされない状況では、信憑性があるともないとも断言できないという面白くも何とも無い回答ですね。

アメリカの場合、「予備審問では過去の出来事を想起する能力,真実と嘘を区別する能力,そして真実を告げる倫理的義務の理解などによって証言能力の有無を判断する (Brady et , .la 1999; Walker,1993)」*1とのことです。

「(証言)能力の有無に年齢的な制限はない。それは子どもの能力,知性,真実と偽りの区別,真実を述べる義務の理解にかかっている……(裁判官は)その態度,知能の有無に注目し,尋問をすることで,能力や知能,宣誓の理解を明らかにできるだろう」(Wheeler v. U. S.,1 59 U. S. 523,1 895)。

https://eprints.lib.hokudai.ac.jp/dspace/bitstream/2115/44819/1/SH48-3_343-361.pdf

これは5歳児に証言させるかどうかで下された判断です。つまり、年齢で機械的に証言の信憑性を判定したりはせず、子どもの発達度合いを踏まえるという認識です。
ただ、上記は“証言能力”の有無の判定であって、次に“証言の信用性”(信憑性)を検討しなければなりません。証言能力があっても証言が無条件に信用できるわけではないからです。
証言の信用性の査定には、CBCA (Criteria-Based Content Analysis基準にもとづく内容分析)というのがあるようで、「供述の各発話に関し,どのような情報が含まれているかが検討される」とのことです。

参考:(pdf)「子どもの証言能力と証言を支える要因」仲, 真紀子; 上宮, 愛

こうした幼児の証言能力の有無や証言の信憑性の判定について、日本の裁判所では明確な判定基準を持っておらず、個々の裁判官が全体的に信用性を判断するという属人的な手法がとられているようです。これは、裁判官の心象に沿った証言であれば採用され、心象に沿わない証言ではあれば信用性が否定されるという恣意的な証言採用が行われる危険性があると思います。
この点については児童心理学者などの協力の下で改善が図られるべきだと思いますね。

誘導尋問の影響

幼児は大人よりも容易に誘導尋問の影響を受けます。そして、誘導されることによって偽の記憶が植えつけられてしまいます。そういう事例が以下です。

 他の研究もあります。「サム・ストーン」という名前の訪問客が、幼稚園を訪れました。その訪問客は「こんにちは」と挨拶をして、2分間教室を歩き回り、そして「さようなら」と言って去っていきました。それだけです。彼は何も触りませんでした。続く10週間の間に、子どもたちはサム・ストーンの訪問について尋ねるインタビューを、4回受けました。4回目のインタビューの1ヶ月後に、別の大人が子どもにインタビューしました。そのとき、実際には起きていない二つの出来事について尋ねました。「サム・ストーンは本とテディベアに、何かしましたか?」
 その結果、事前にサム・ストーンの悪口を聞かせたり、あるいは誘導尋問したりすると、子どもがサム・ストーンの行動について嘘の報告をすることが見いだされました。たとえば、「サム・ストーンは鈍くさい」という悪口が、サム・ストーンの訪問前に子どもに伝えられました。

 昨晩誰が来たと思う?(間を置く)そう。サム・ストーンよ!彼は何をしたと思う?彼は私のバービー人形を借りて階段*2を下りていたとき、つまづいて階段から転げ落ちて、バービー人形の腕を壊したのよ。サム・ストーンはいつも事件を起して、何かが壊れるの!

 サム・ストーンが訪問した次の日、子どもは汚れたテディベアを見せられました。サムが訪問したときは教室になかったものです。そして、テディベアが汚れた理由を知っているかと尋ねられ、以下のような誘導尋問が行われました。「サム・ストーンが教室にやってきて、白いテディベアをチョコレートで汚したときのことを覚えている?彼はわざとやったのかしら?それとも偶然こぼしたのかした?」。
 この研究によると、最終回のインタビューの時点で、驚きべきことに72%の子どもが、サム・ストーンにねつ造された罪を負わせました。ネズミ捕りの研究と同じように、子どもたちは細かく脚色された作り話を語ったのです。たとえば、ある子どもは、チョコレート・アイスクリームを買うために店に入るサム・ストーンを見た、と報告しました。この研究でも、子どもたちは専門家をだましたのです。
 研究者たちは、子どもたちにインタビューしたビデオテープを、児童虐待の専門家たちに見せました。専門家たちは、どの出来事が作り話でどの出来事が実際に起きた事実であるかを見分けることに、自信満々でした。しかし、専門家たちは見分けることができませんでした。それどころか、専門家たちが最も正確な事実を報告していると判断した子どもが、最も不正確だったのです。

http://kasai2012.hatenablog.com/entry/20130526/1369588368

質問の仕方によっては、幼児は容易に誘導されてしまい事実と異なる証言をする可能性があり、幼時自身もその“偽の記憶”を事実として思い込んでしまうことがあるわけです。そして、幼児の証言だけから事実を判断するのは、専門家でも極めて困難であることがわかります。

離婚毒―片親疎外という児童虐待

このことは幼児が“先生に下半身を触られた”と訴えた際に、それを聞いた大人(例えば、親)の対応によっては性暴力を見逃す可能性も冤罪を生む可能性もあることを示しています。
実際に性的虐待を受けていたにも関わらず、親が“あの先生がそんなことをするわけがない”との認識で、“勘違いじゃないの?”とか言ってしまうとそれが誘導になってしまい、幼児は“自分が悪い”とか“自分が間違っている”と誤認し、場合によっては“言ってはいけないこと”だと認識してしまい、被害が悪化するまで露見しない恐れが生じます。
逆に、実際には幼児がお漏らししたため、先生がその処理をしただけで性的虐待の要素が無かったにも関わらず、親が“自分の子どもが性的虐待を受けた”と思い込み、“そんなひどいことされたの?”とか“辛かったよね?嫌だったよね?”などと言ってしまい、それが上記引用の「サム・ストーン」の事例のような誘導になってしまう可能性もあります。

本来なら、幼児からの訴えを聞いた大人(行為者が親で無い場合、多くは親でしょうが)が幼児の話を誘導せずに聞いて、周囲の大人に事実確認をして幼児の話を補強する、あるいは否定する証拠を収集すべきです。ですが、親という立場はそういう冷静な対応を困難にすることがままあります。わが子が被害を受けた“可能性”に対して冷静でいられないこと自体はやむをえないところもあります。

性的虐待か冤罪か

容疑者を処断できる立場にある者(上司や裁判官)は、幼児の証言能力、信用性の考え方を踏まえた上で、さらに最初に幼児から証言を聞いた大人によって誘導が生じている可能性も踏まえた上で、事実関係を判断する必要があります。

具体的には、幼児から証言を聞いた全ての大人に対して、どのように質問し幼児はどう答えたのかを正確に報告するよう求め、以降、本事件に関する質問を幼児に対して勝手に行わないことを命じることです。
これは、適切な訓練・知識を受けていない大人による不適切な誘導質問によって、幼児の記憶がこれ以上歪まないようにするための措置であり、(真偽はともかく)虐待の記憶によって幼児がトラウマを抱えることを避けるためです*3

これらが適切になされて初めて、幼児の証言は証拠足りうる信用性を確保でき、性的虐待加害者の処罰が正当性を持つべきです。そして冤罪の可能性も低減させることができるでしょう。

逆にこれらが適切に行われていない場合は、誘導された幼児の証言によって冤罪が生じる危険性が排除できていないといわざるを得ません。



5歳女児にわいせつ行為、「証言の信ぴょう性」で冤罪にしようとする人たち

11/3(金) 7:11配信 読売新聞(ヨミドクター)宋 美玄(そん・みひょん)
 東京都北区の保育園に勤める男性保育士が、園のトイレで、通園する5歳女児の下半身などを触ったとして、強制わいせつの疑いで逮捕されたことが報道されました。女児が両親に話し、犯行が発覚したと伝えられています。

「男性保育士だから危険」ではない

 コラムで以前、 男性保育士の是非 について取り上げたことがあります。性暴力の加害者は男性とは限らないし、異性愛者ばかりではないので男性保育士だけを制限することに意味はない、という趣旨の文章を書きました。それに対し、「やはり男性保育士に対して抵抗がある」というコメントもいくつかもらいました。
 事件が起きて、ますます男性保育士に抵抗を感じる方が増えたのではないかと心配しています。性暴力の加害者は、男性の方が多いのも事実です。ですが、「男性保育士だから危険だ」という考えに、私は引き続き異論を唱えたいと思います。

性暴力を受けた時、どのように事実を証明すればよいのか

 報道を見ていて、私は別のことが気になっていました。出演した情報番組でも、「5歳の子の証言に、どこまで信ぴょう性があるか」ということが、論点の一つとなったのです。
 私にも5歳の娘がいます。確かに、そのくらいの子供は、記憶が曖昧(あいまい)だったり、事実と違うことを言ったりします。しかし、もし性暴力を受けた時、娘はどのようにその事実を証明すればよいのでしょうか。報道からはわかりませんが、被害者の子供に対して適切な面接が行われていることを願います。
 被害者の年齢に限らず、性犯罪があった時には、「本当にそういうことがあったのか」という議論になりやすいと感じています。「被害者とされる人が言っているだけじゃないのか」「罠(わな)にはめたのではないか」という臆測が出やすいのです。また、痴漢の実数は、痴漢冤罪(えんざい)の数と比較にならないほど多いのに、「でも冤罪もあるでしょう」と筋違いの意見で帳消しにしようとする人が必ずいます。「疑わしきは罰せず」の推定無罪でなければならないのはもちろんですが、日本には、性暴力の被害者にとって非常に辛(つら)い環境があるといえるでしょう。
 今回の事件で、どのような取り調べがなされ、どのような客観的証拠があったのか、続報を望みます。また、大人は、性暴力を受けたことを子供が話し出した時、決して自分に落ち度があったと思わせないように対応し、力になってあげることが大切です。

宋 美玄(そん・みひょん)
 産婦人科医、性科学者。1976年、神戸市生まれ。川崎医科大学講師、ロンドン大学病院留学を経て、2010年から国内で産婦人科医として勤務。

https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20171103-00010000-yomidr-soci

*1:(pdf)「子どもの証言能力と証言を支える要因」仲, 真紀子; 上宮, 愛

*2:引用者:引用元は「会談」表記だが、明らかに誤記のため訂正して引用した。

*3:虐待が事実だった場合は、改めて心理的なケアが必要になりますが、事実確認が終わる前はよほどのことがない限り、虐待の記憶を強化しかねない対応は避けるべきでしょう。