実際のところ、朴槿恵政権はかなり“親”日的な対応を採っていたと思うんですけど、日本社会が望む親日とは程遠かったということでしょうね。まあ、日本社会が韓国に求める“親日的態度”ってのは、日本人の前に這いつくばって靴をなめるようなことですから、最初から無理筋ですが。
それはともかく今回の件では、むしろ新日鉄住金側が日本政府側の圧力で勝ち目の薄い裁判に突っ込まざるを得なかったような気がして気の毒な感じ(いくらでも和解するチャンスがあったはずだし)。
https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20181030-00001672-chosun-kr(朝鮮日報日本語版) 強制徴用:韓国最高裁、新日鐵住金に賠償命令
10/30(火) 14:24配信 朝鮮日報日本語版
2005年2月にヨ・ウンテクさん=故人=ら強制徴用被害者4人が日本の鉄鋼メーカー・新日鐵住金を相手取って起こした損害賠償請求訴訟。韓国大法院(最高裁判所に相当)の全員合議体が30日、新日鐵住金の賠償責任を認め、1人当たり1億ウォン(約1000万円)の支払いを命じる判決を言い渡した。
韓国大法院は、(1)新日鐵住金と日本製鉄の法的同一性を認め、(2)日本最高裁判決における原告敗訴の効力を認めず、(3)韓日請求権協定によって個人請求権は消滅せず、(4)民法上の時効は成立しない、とする2012年の判断を踏襲し、新日鐵住金の上告を棄却した。
個人的に最も重要な争点は「(3)韓日請求権協定によって個人請求権は消滅せず」の部分だと思いますが、日韓請求権協定による請求権放棄の意味として、外交的保護権放棄説を採用する場合はもちろん、手続的権利放棄説を採用する場合でも韓国側が新日鉄住金に対して賠償を命ずることは可能で、賠償ができないのは、実体的権利放棄説を採用する場合以外にありえません*1。
5 ところが2000年になり、戦後補償裁判の中で「時効」や「国家無答責」等の争点について日本政府に不利な判断が出るようになると、日本政府は突然主張を翻し、戦後補償問題は条約の請求権放棄条項で解決済みとの主張をするようになった。日本人被害者から補償請求を受けた時と外国人被害者から賠償請求を受けた時に正反対の解釈を主張したのである。2007年の最高裁判決は日本政府のこの主張を基本的に認めてしまったが、「請求権放棄条項で失われたのは被害者が訴訟によって請求する権能であり、被害者個人の実体的権利は失われていない」と判示した。最高裁がこのように判断した以上、日本政府の解釈もそれに従っているはずであるが、その後も日本政府は「個人の実体的権利は失われていな い」との部分を「省略」し、「日韓請求権協定により解決済み」とのコメントを繰り返している。
http://justice.skr.jp/seikyuuken-top.html
で、日本政府は2000年頃までは外交的保護権放棄説を採用していて、その後手続的権利放棄説に切り替え2007年判決で司法が追随したわけですが、実体的権利放棄説を採用してはいないはずです。
すると、以下の河野外相発言は日本政府がゴールポストを実体的権利放棄説にまで動かしたことを明言したターニングポイントとなるのかもしれません。
https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20181030-00000068-jij-pol河野外相、国際裁判視野に毅然対応=徴用工訴訟判決で
10/30(火) 15:08配信 時事通信
河野太郎外相は30日、韓国最高裁が元徴用工の訴えを認め、新日鉄住金(旧新日本製鉄)に損害賠償を命じた判決を受けて談話を発表し、「国際裁判を含め、あらゆる選択肢を視野に毅然(きぜん)とした対応を講じる」と表明した。
個人的には、国家間の外交上取り交わされる請求権協定の放棄条項によって個人の実体的権利まで消滅するなんてのは主権在民の国家であることを踏まえると全く賛同できないのですが、日本の安倍政権は実質的に天賦人権説を採用してないのですから個人の実体的権利など国の都合で自由に削除できると考えていてもおかしくはないでしょうね。
まあ、国際裁判に訴えるというのは良いと思います。そちらで別の和解案が提示されるかもしれませんしね。日本政府の常套手段である被害者が死に絶えるまで訴訟を長引かせるという可能性もありますが、ドイツ関連で同種の判決があるはずですからそんなにかからないでしょうし。
ちなみに朝鮮日報記事中に「韓国大法院は、(1)新日鐵住金と日本製鉄の法的同一性を認め、(2)日本最高裁判決における原告敗訴の効力を認めず、(3)韓日請求権協定によって個人請求権は消滅せず、(4)民法上の時効は成立しない、とする2012年の判断を踏襲し」とあるように、別に今回の大法院判決が特異的なわけではなく、参考となる大法院判断が既に2012年に出ているんですよね。
<判例研究>韓国大法院・旧三菱戦後補償請求事件判決(大法院第一部2012年5月24日宣告2009다22549判決)
「(2)日本最高裁判決における原告敗訴の効力を認めず」の部分については、上記判断は以下のように述べています。
民事訴訟法第217条第3号は,外国裁判所の確定判決の効力を認めるのが大韓民国の善良な風俗又はその他の社会秩序に反しないことを外国判決承認要件の一つとして規定している。ここで外国判決の効力を認めること,すなわち外国判決を承認した結果が大韓民国の善良な風俗又はその他の社会秩序に反するか否かは,その承認の当否を判断する時点において外国判決の承認が大韓民国の国内法秩序が保護しようとする基本的な道徳的信念及び社会秩序に及ぼす影響を外国判決が扱う事案と大韓民国との関連性の程度に照らして判断しなければならず,この際,その外国判決の主文だけでなく理由及び外国判決を承認する場合に発生する結果まで総合して検討しなければならない。
原審が適法に採択した証拠によると,日本判決は日本の韓国併合の経緯に関して「日本は,1910年8月22日,韓国併合に関する条約を締結し,大韓帝国を併合し,朝鮮半島を日本の領土とし,その統治下に置いた」,Xらに対する徴用経緯にについて「当時の法制の下における国民徴用令に基づいたXらの徴用は,それ自体としては不法行為ということができず,また徴用の手続が国民徴用令に従い行われる限り,具体的な徴用行為が当然に違法であるということができない」と判断するとともに,日本国とYによる徴用は,強制連行であり強制労働であったというXらの主張を受け入れることができず,当時のXらを日本人と,朝鮮半島を日本領土の構成部分とみることによって,Xらの請求に適用される準拠法を外国的要素を考慮した国際私法的観点から決定する過程を経ずに,はじめから日本法を適用した事実,また,日本判決は,旧三菱が徴用の実行において日本国とともに国民徴用令の定めに反した違法な行為を行ったこと,安全配慮義務に反し原爆投下後Xらを放置しXらの帰郷に協助しなかったこと,Xらに支払うべき賃金や預金・積金の積立額を支払わなかったこと等,Xらの請求原因に関する一部の主張を受け入れながらも,このように旧三菱との関係で認められる余地があるXらの請求権は,除斥期間の経過又は時効の完成により消滅し,そうでなくとも,1965年の日韓請求権協定と日本の財産権措置法により消滅したという理由で,結局XらのYに対する請求を棄却した事実等を知ることができる。
このように日本判決の理由には,日本の朝鮮半島と韓国人に対する植民支配が合法であるという規範的認識を前提とし,日帝の国家総動員法及び国民徴用令を朝鮮半島とXらに適用したことが有効であると評価した部分が含まれている。
しかし,大韓民国制憲憲法は,その前文で「悠久の歴史と伝統に輝くわが大韓国民は,己未三一運動により大韓民国を建立し世界に宣布した偉大な独立精神を継承し,今や民主独立国家を再建するにおいて」といい,付則第100条では「現行法例は,この憲法に抵触しない限り,効力を有する。」と,付則第101条は「この憲法を制定した国会は,檀紀4278年8月15日以前の悪質的な反民族行為を処罰する特別法を制定することができる。」と規定した。また,現行憲法もその前文に「悠久の歴史と伝統に輝くわが大韓国民は,三・一運動により建立された大韓民国臨時政府の法統と不義に抗拒した四・一九民主理念を継承し」と規定している。このような大韓民国憲法の規定に照らしてみると,日帝強占期の日本の朝鮮半島支配は,規範的な観点で不法な強占にすぎず,日本の不法な支配による法律関係のうち大韓民国の憲法精神と両立しえないものはその効力が排除されると解さねばならない。そうだとすると,日本判決の理由は,日帝強占期の強制動員自体を不法と見ている大韓民国憲法の核心的価値に正面から衝突するものであって,このような判決理由が含まれた日本判決をそのまま承認する結果は,それ自体として大韓民国の善良な風俗やその他の社会秩序に反するものであることは明らかである。従って,わが国で日本判決を承認しその効力を認めることはできない。
日本の最高裁判決が韓国併合を合法とする前提を持ち出さなければ、韓国大法院は日本最高裁判決の効力を承認しない理由は無かったわけですが、日本最高裁判決が「当時の法制の下における国民徴用令に基づいたXらの徴用は,それ自体としては不法行為ということができず,また徴用の手続が国民徴用令に従い行われる限り,具体的な徴用行為が当然に違法であるということができない」という論理を採用したがために韓国大法院としてはそれを承認することが出来なかったと言えるでしょうね。
請求権について、2012年判断はこんな感じ。
請求権協定は,日本の植民支配賠償を請求するための協商ではなく,サンフランシスコ条約第4条に基づき日韓両国間の財政的・民事的な債権債務関係を政治的合意により解決するためのものであって,請求権協定第1条により日本政府が大韓民国政府に支払った経済協力資金は,第2条による権利問題の解決と法的対価関係があると見られないこと,請求権協定の協商過程で日本政府は植民支配の不法性を認識しないまま,強制動員被害の法的賠償を原則として否認し,これに従い日韓両国の政府は日帝の朝鮮半島支配の性格に関して合意に至りえなかったが,このような状況で日本の国家権力が関与した反人道的な不法行為や植民支配と直結する不法行為による損害賠償請求権が請求権協定の適用対象に含まれたと見るのは困難であること等に照らしてみると,Xらの損害賠償請求権については,請求権協定により個人請求権が消滅しないのは当然のこと,大韓民国の外交的保護権も放棄されなかったと見るのが相当である。
さらに,国家が条約を締結し外交的保護権を放棄するにとどまらず,国家とは別個の法人格を有する国民個人の同意なく国民の個人請求権を直接的に消滅させることができると解するのは,近代法の原理と衝突すること,国家が条約を通じて国民の個人請求権を消滅させることが国際法上許されうるとしても,国家と国民個人が別個の法的主体であることを考慮すると,条約に明確な根拠がない限り,条約締結により国家の外交的保護権以外に国民の個人請求権まで消滅したと解することはできないというべきところ,請求権協定には個人請求権の消滅に関して日韓両国政府の意思の合致があったと見るのに十分な根拠がないこと,日本が請求権協定直後日本国内で大韓民国国民の日本国及びその国民に対する権利を消滅させる内容の財産権措置法を制定・施行した措置は,請求権協定のみをもって大韓民国国民個人の請求権が消滅しないことを前提とするものであると解したときにはじめて理解できること等を考慮すると,Xらの請求権が請求権協定の適用対象に含まれないとしても,その個人請求権自体は請求権協定のみをもって当然に消滅すると解することはできない。ただし,請求権協定によりその請求権に関する大韓民国の外交的保護権が放棄されたことによって,日本の国内措置として当該請求権が日本国内で消滅したとしても,大韓民国がこれを外交的に保護する手段を喪失するに至るだけである。
したがって,XらのYに対する請求権は,請求権協定により消滅しなかったのであり,XらはYに対してこのような請求権を行使することができる。
前段の部分ですが要するに、日本政府は韓国併合や強制連行について合法であると主張し、その不法性を認めていないわけで、そうである以上、1965年の請求権協定の対象に“不法行為に対する賠償”が含まれているわけがない、という当然の理屈ですね。
請求権協定で対象となったのは、「日韓両国間の財政的・民事的な債権債務関係」だけであって、日本政府による不法行為に対する賠償請求権は対象として含まれていないと解釈するのは、日本政府が1965年当時に強制連行の不法性を認めていなかった以上、当たり前の話です。そして、現在に至ってもなお日本政府は、その見解を改めず、日本最高裁は「旧三菱が徴用の実行において日本国とともに国民徴用令の定めに反した違法な行為を行ったこと,安全配慮義務に反し原爆投下後Xらを放置しXらの帰郷に協助しなかったこと,Xらに支払うべき賃金や預金・積金の積立額を支払わなかったこと等」以外の、そもそも強制連行が不法であったことに対する賠償を認めていないわけです。
それらを踏まえれば、強制連行そのものの不法性に対する賠償請求権は、そもそもが1965年の請求権協定の対象外であったという解釈は当然という他なく、強制連行を不法とする前提に立つ韓国側において今回のような大法院判決が下ることは、あまりにも当たり前すぎて意外でも何でもありませんでした。
だからこそ朴槿恵政権は、必死に日本に不利な判決が出ないように引き延ばしを図っていたのでしょうが、安倍を戴く日本社会には朴槿恵の“配慮”に気づくだけの冷静さが失われていたので無意味になってしまったと。
というわけでまあ、自業自得ですねぇという感想。
*1:各説については、以下を参照。http://hiro-autmn.hatenablog.com/entry/2016/07/31/221231