増田が頑張って大法院判決を読んでみたこと自体は評価するけど、いかんせん読み込みが足りない。

この増田。
徴用工の賠償請求権に関する大法院判決は妥当だと言えるだろうか

私がブコメをつけた後に以下のような記載から始まる追記がついていました。

(追記)
お、(b:id:)scopedog氏からの「嫌韓バカ」、頂きました。
確かに本エントリで述べた内容は、判決文中で、大法官3名により少数意見として述べられていたものとほぼ同一です(結論は異なりますが)。
その内容とは、

https://anond.hatelabo.jp/20190729201222

とこんな感じで滔々と、大法院判決の少数意見を引用するわけですが、判決の構成を理解していない様子。

大法院判決は、最初に確定判決になる多数意見が記載されていて(P1-17)、その後に一部の大法官による個別意見(李起宅の個別意見(P17-20)、金昭英、李東遠、盧貞姫の個別意見(P20-30))と反対意見(権純一、趙載淵の反対意見(P30-38))がつけられており、最後に多数意見の大法官による補充意見(金哉衡、金善洙の多数意見に対する補充意見(P38-44))がつけられています。

個別意見・反対意見を大雑把に要約すると次の2点に集約されます(李起宅の個別意見もありますが、本題ではないのでここでは省略)。

・損害賠償も含めて日韓請求権協定の範囲内である(個別意見・反対意見)
・日韓請求権協定により個人請求権も含めて消滅した(反対意見)

増田はわざわざ「大法官3名により少数意見として述べられていたものとほぼ同一です(結論は異なりますが)」と言っていますが、それは要するに反対意見と同じということですから、“少数意見~”ではなく“反対意見と同じ”と主張するべきでしょうね。
おそらく反対意見まで読んではいなかったのでしょうけど。

最初に多数意見があり、それに対して個別意見・反対意見がつけられ、さらにそれに対して多数意見の補充意見がつけられているということを理解していない。

増田はこう述べます。

一方、これらの意見に対して、

上記のような発言内容(大韓民国側が「被徴用者の精神的、肉体的苦痛に対する補償」に言及した事実を指す)は大韓民国や日本の公式見解でなく、具体的な交渉過程における交渉担当者の発言に過ぎず、

とか、

「被徴用者の精神的、肉体的苦痛」 に言及したのは、交渉で有利な地位を占めようという目的による発言に過ぎない。

交渉過程で総額12億2000万ドルを要求したにもかかわらず、実際の請求権協定では3億ドル(無償)で妥結した。このように要求額にはるかに及ばない3億ドルのみを受けとった状況で、強制動員慰謝料請求権も請求権協定の適用対象に含まれていたとはとうてい認めがたい。

といった、およそ子供の言い訳じみた弁明が優先されるのは、大法院の判決としてはいかがなものでしょうか。

https://anond.hatelabo.jp/20190729201222


ここで増田が引用しているのは、多数意見中の15-16ページにあります。

 しかし、上記のような発言内容は大韓民国や日本の公式見解でなく、具体的な交渉過程における交渉担当者の発言に過ぎず、13年にわたった交渉過程において一貫して主張された内容でもない。「被徴用者の精神的、肉体的苦痛」に言及したのは、交渉で有利な地位を占めようという目的による発言に過ぎないと考えられる余地が大きく、実際に当時日本側の反発で第5次韓日会談の交渉は妥結されることもなかった。また、上記のとおり交渉過程で総額12億2000万ドルを要求したにもかかわらず、実際の請求権協定では3億ドル(無償)で妥結した。このように要求額にはるかに及ばない3億ドルのみを受けとった状況で、強制動員慰謝料請求権も請求権協定の適用対象に含まれていたとはとうてい認めがたい。

http://justice.skr.jp/koreajudgements/12-5.pdf

増田は上記引用部分から「13年にわたった交渉過程において一貫して主張された内容でもない。」という記載や「と考えられる余地が大きく、実際に当時日本側の反発で第5次韓日会談の交渉は妥結されることもなかった。」という部分を何故かはトリミングしています。

「「被徴用者の精神的、肉体的苦痛」 に言及したのは、交渉で有利な地位を占めようという目的による発言に過ぎない。」の部分の最後の読点は、引用元に無かった部分を追加していますので、改竄に近いですかね。

ま、それはともかく、増田が引用した部分は15-16ページの多数意見にありますが、個別意見・反対意見は20ページ以降の記載で、しかも多数意見が固まるなかで個別意見や反対意見が書かれるという時系列を考慮しても、「15-16ページの多数意見」の記載が、個別意見・反対意見に対するものではないことは明らかです。
しかし、増田は「一方、これらの意見に対して、」と、順序を逆転させています。
印象操作のためか、判決文の構成を理解していないためか、どちらなんでしょうね。

さらに増田はこれらの多数意見を「子供の言い訳じみた弁明」と評していますが、それは増田にとって都合の悪い記載を上記のようにトリミングした上で述べる増田自身の感想に過ぎませんね。
普通に多数意見全体を通して読んでも、考え方に対する同意不同意はあるにしても「子供の言い訳じみた弁明」と感じる部分はありません。もしそう感じるなら、嫌韓という先入観のなせる業でしょう。

日本の判例でも同意しがたい部分や結論に納得できない部分、あるいは検討が足りてないと思える部分はありますが、「子供の言い訳じみた弁明」などというレッテルでしかない評価は、そう評価する方が「子供」ですよ。まあ、日本の判例でもいくつか読んでみることをお勧めします。

多数意見に対する補充意見

さて、判決文には、20ページ以降の個別意見・反対意見に対する多数意見側の反論というか補足意見があり、それが38ページ以降の多数意見に対する補充意見です。

個人的にはそもそも反対意見のロジックにはいくつか不備があると感じていますが、それも含めて補充意見に書かれていますので以下、引用します。

11 大法官金哉衡、大法官金善洙の多数意見に対する補充意見

ア 原告らが主張する被告に対する損害賠償請求権、すなわち「強制動員慰謝料請求権」が請求権協定の対象に含まれていないという多数意見の立場は条約の解釈に関する一般原則に従うものであって妥当である。その具体的な理由は次の通りである。

イ 条約の解釈の出発点は条約の文言である。当事者らが条約を通じて達成しようとした意図が文言として現れるからである。したがって条約の文言が持つ通常の意味を明らかにすることが条約の解釈において最も重要なことである。しかし当事者らが共通して意図したものとして確定された内容が条約の文言の意味と異なる場合には、その意図に応じて条約を解釈しなければならない。
この時、文言の辞典的な意味が明確でない場合には、文脈、条約の目的、条約締結過程をはじめとする締結当時の諸事情だけでなく、条約締結以降の事情も総合的に考慮して条約の意味を合理的に解釈しなければならない。ただし条約締結過程で行われた交渉過程や締結当時の事情は条約の特性上、条約を解釈するために補充的に考慮すべきである。
一方、条約が国家ではなく個人の権利を一方的に放棄するような重大な不利益を与える場合には約定の意味を厳密に解釈しなければならず、その意味が明確でない場合には個人の権利を放棄していないものと解すべきである。個人の権利を放棄する条約を締結しようとするなら、これを明確に認識して条約の文言に含ませることにより個々人がそのような事情を知ることができるようにすべきであるからである。
1969年に締結されたウィーン条約は、大韓民国に対しては1980年1月27日、日本に対しては1981年8月1日に発効したため、1965年に締結された請求権協定の解釈の基準としてこの条約を直ちに適用することはできない。ただし条約の解釈に関するウィーン条約の主な内容は既存の国際慣習法を反映したものであると見ることができるので、請求権協定を解釈においても参考とすることができる。条約の解釈基準に関する多数意見はウィーン条約の主な内容を反映したものであるから、条約の解釈に関する一般原則と異なるものではない。ただしウィーン条約が請求権協定に直接適用されるものではないから、請求権協定を解釈する際にウィーン協約を文言にそのまま従わねばならないものではない。

http://justice.skr.jp/koreajudgements/12-5.pdf

イ は条約解釈の一般原則の説明です。ウィーン条約との関連に関する見解も説明されています。特におかしなところはありません。


ウ 本件の主な争点は、請求権協定の前文と第2条に現れる「請求権」の意味をどのように解釈するかである。具体的には上記「請求権」に「日本政府の韓半島に対する不法な植民支配・侵略戦争の遂行と直結した日本企業の反人道的不法行為を前提とする強制動員被害者の日本企業に対する精神的損害賠償請求権」、すなわち「強制動員慰謝料請求権」が含まれるか否かが問題になる。
 請求権協定では、「請求権」が何を意味するかを特に定めていない。請求権はきわめて多様な意味で使用することができる用語である。この用語に不法行為に基づく損害賠償請求権、特に本件で問題となる強制動員慰謝料請求権まで一般的に含まれると断定することはできない。

http://justice.skr.jp/koreajudgements/12-5.pdf

条約中の「請求権」が一般的な意味として損害賠償請求権まで含むとは言えないという、これも当然の内容です。

 したがって請求権協定の文脈や目的なども併せて検討すべきである。まず請求権協定第2条でサンフランシスコ条約第4条(a)に明示的に言及しているから、サンフランシスコ条約第4条が請求権協定の基礎になったことには特に疑問がない。すなわち請求権協定は基本的にサンフランシスコ条約第4条(a)にいう「日本の統治から離脱した地域(大韓民国もこれに該当)の施政当局・国民と日本・日本国民の間の財産上の債権・債務関係」を解決するためのものである。ところで、このような「債権・債務関係」は日本の植民支配の不法性を前提とするものではなく、そのような不法行為に関する損害賠償請求権が含まれたものでもない。特にサンフランシスコ条約第4条(a)では「財産上の債権・債務関係」について定めているので、精神的損害賠償請求権が含まれる余地はないと見るべきである。

http://justice.skr.jp/koreajudgements/12-5.pdf

ここでは、条約記載の「請求権」文言が当然に損害賠償請求権を含まないとしても、文脈や目的などを踏まえたら含まれるのかを検討しています。請求権協定の基礎がサンフランシスコ平和条約第4条であることは明白で、それを踏まえると「財産上の債権・債務関係」を解決することが請求権協定の目的であり、そのような「債権・債務関係」に「不法行為に関する損害賠償請求権」が含まれているとは言えないし、サ条約第4条(a)には「財産上の債権・債務関係」と明記されているので、文脈や目的を踏まえてもやはり「不法行為に関する損害賠償請求権」が含まれているとは言えない、というこれも納得できる解釈です。

 サンフランシスコ条約を基礎として開かれた第1次韓日会談において韓国側が提示した8項目は次のとおりである。 「①1909年から1945年までの間に日本が朝鮮銀行を通じて大韓民国から搬出した地金及び地銀の返還請求、②1945年8月9日現在及びその後の日本の対朝鮮総督府債務の弁済請求、③1945年8月9日以降に大韓民国にから振替または送金された金員の返還請求、④1945年8月9日現在大韓民国に本店、本社または主たる事務所がある法人の在日財産の返還請求、⑤大韓民国法人または大韓民国自然人の日本銀行券、被徴用韓国人の未収金、補償金およびその他の請求権の弁済請求、⑥韓国人の日本国または日本人に対する請求であって上記①ないし⑤に含まれていないものは韓日会談の成立後、個別に行使することができることを認めること、⑦前記の各財産または請求権から発生した各果実の返還請求、⑧前記返還と決済は協定成立後直ちに開始し遅くとも6ヶ月以内に完了すること」である。
 上記8項目に明示的に列挙されたものはすべて財産に関するものである。したがって上記第5項で列挙されたものも、例えば徴用による労働の対価として支払われる賃金などの財産上の請求権に限定されたものであり、不法な強制徴用による慰謝料請求権まで含まれると解することはできない。その上ここに言う「徴用」が国民徴用令による徴用のみを意味するのか、それとも原告らのように募集方式または官斡旋方式で行われた強制動員まで含まれるのかも明らかではない。また第5項は「補償金」という用語を使用しているが、これは徴用が適法であるという前提で使用した用語であり、不法性を前提とした慰謝料が含まれないことが明らかである。当時の大韓民国と日本の法制では「補償」は適法な行為に起因する損失を填補するものであり、「賠償」は不法行為による損害を填補するものとして明確に区別して使用していた。請求権協定の直前に大韓民国政府が発行した「韓日会談白書」も「賠償請求は請求権問題に含まれない」と説明した。 「その他」という用語も前に列挙したものと類似した付随的なものと解するべきであるから、強制動員慰謝料請求権が含まれるとするのは行き過ぎた解釈である。

http://justice.skr.jp/koreajudgements/12-5.pdf

実際、第1次日韓会談で韓国側が要求した8項目は全て財産に関するものであり、第5項に記載されている「被徴用韓国人の未収金、補償金およびその他の請求権の弁済請求」も「未収金、補償金」は適法を前提としているので、損害賠償は含んでいないし、「その他の請求権」も「前に列挙したものと類似した付随的なものと解するべきであるから、強制動員慰謝料請求権が含まれるとするのは行き過ぎた解釈である」と、これもまあ、おかしいとは言えない解釈です。
さらに「請求権協定の直前に大韓民国政府が発行した「韓日会談白書」も「賠償請求は請求権問題に含まれない」と説明した」という事実も追加されています。

 請求権協定の合意議事録(Ⅰ)では、8項目の範囲に属するすべての請求が請求権協定で完全かつ最終的に「解決されるものとされる」請求権に含まれると規定しているが、前記のように上記第5項「被徴用韓国人の未収金、補償金及びその他の請求権の弁済請求」が日本の植民支配の不法性を前提としたものと解することができないから、強制動員慰謝料請求権がこれに含まれると解することもできない。
 結局、請求権協定、請求権協定に関する合意議事録(Ⅰ)の文脈、請求権協定の目的などに照らして請求権協定の文言に現れた通常の意味に従って解釈すれば、請求権協定にいう「請求権」に強制動員慰謝料請求権まで含まれるとは言いがたい。

http://justice.skr.jp/koreajudgements/12-5.pdf

合意議事録中に「8項目の範囲に属するすべての請求が請求権協定で完全かつ最終的に「解決されるものとされる」請求権に含まれると規定している」としても、そもそも8項目中に損害賠償請求権が含まれているとは考えられないので、損害賠償請求権も含めて請求権協定で解決したとは言えないという、なるほどね、というロジックです。

エ 上記のような解釈方法だけでは請求権協定の意味が明らかではなく、交渉記録と締結時の諸事情等を考慮してその意味を明らかにすべきだとしても、上記のような結論が変わることはない。
 まず請求権協定締結当時の両国の意思がどのようなものであったのかを検討する必要がある。一般的な契約の解釈と同様に条約の解釈においても、外に現れた表示にもかかわらず両国の内心の意思が一致していた場合、その真意に基づいて条約の内容を解釈するのが妥当である。仮に請求権協定当時、両国とも強制動員慰謝料請求権のような日本の植民支配の不法性を前提とする請求権も請求権協定に含めることに意思が一致していたと見ることができるなら、請求権協定に言う「請求権」に強制動員慰謝料請求権も含まれると解することができる。

http://justice.skr.jp/koreajudgements/12-5.pdf

条約文言や文脈、目的を踏まえるだけではなく、交渉当時の諸事情を勘案して「請求権」の意味を解釈すべきだという意見に対する説明です。
それに対して、「一般的な契約の解釈と同様に条約の解釈においても、外に現れた表示にもかかわらず両国の内心の意思が一致していた場合、その真意に基づいて条約の内容を解釈するのが妥当である」という前提をまず置いていますが、それは一般的に妥当な前提でしょう。
これはどうも反対意見に対する反論のようです*1

 しかし日本政府が請求権協定当時はもちろん現在に至るまで強制動員の過程で反人道的な不法行為が犯されたことはもとより植民支配の不法性さえも認めていないことは周知の事実である。また請求権協定当時日本側が強制動員慰謝料請求権を請求権協定の対象としたと解するに足りる資料もない。当時強制動員慰謝料請求権の存在自体も認めていなかった日本政府が請求権協定にこれを含めるという内心の意思を持っていたと解することもできない。
 これは請求権協定当時の大韓民国政府も同様であったと見るのが合理的である。多数意見において述べたように請求権協定の締結直前の1965年3月20日大韓民国政府が発行した公式文書である「韓日会談白書」では、サンフランシスコ条約第4条が韓・日間の請求権問題の基礎になったと明示しており、さらに「上記第4条の対日請求権は、戦勝国の賠償請求権とは区別される。大韓民国サンフランシスコ条約の調印国ではないため、第14条の規定により戦勝国が享有する損害と苦痛に対する賠償請求権は認められなかった。このような韓・日間の請求権問題には賠償請求を含めることができない。」という説明までしている。

http://justice.skr.jp/koreajudgements/12-5.pdf

当事者双方が、条文などに明示されていなくても、不法行為による損害賠償も含めて請求権協定で解決するという認識を抱いていたのなら、そういう解釈も可能だが、日本は植民地支配の不法性を一切認めておらず、故に日本側が請求権協定に不法行為による損害賠償をも含めるという内心の意思を持っていたとは言えない、というこれまた当然の認識です。
韓国政府の認識も「1965年3月20日大韓民国政府が発行した公式文書である「韓日会談白書」」の記載から、請求権協定に不法行為による損害賠償が含まれているというものではなかったことは明らかだとしています。

 一方、上記のような請求権協定締結当時の状況の他に条約締結後の事情も補充的に条約の解釈の考慮要素になりうるが、請求権協定に言う「請求権」に強制動員慰謝料請求権が含まれると解することができないということは、これによっても裏付けることができる。請求権協定以後大韓民国は請求権資金法、請求権申告法、請求補償法を通じて1977年6月30日までに被徴用死亡者8552人に1人当り30万ウォンずつ合計25億6560万ウォンを支給した。これは上記8項目のうち、第5項の「被徴用韓国人の未収金、補償金およびその他の請求権の弁済請求」が請求権協定の対象に含まれることによる追加措置に過ぎないと見ることができるから、強制動員慰謝料請求権に対する弁済とは言いがたい。しかもその補償対象者も「日本国によって軍人・軍属または労務者として招集または徴用され1945年8年15日以前に死亡した者」に限定されていた。また、その後大韓民国は2007年の犠牲者支援法などによりいわゆる「強制動員犠牲者」に慰労金や支援金を支給したが、当該法律では名目は「人道的次元」のものであることを明示した。このような大韓民国の措置は、請求権協定に強制動員慰謝料請求権は含まれておらず、大韓民国が請求権協定資金により強制動員慰謝料請求権者に対して法的支払い義務を負うものではないことを前提としているものと言わざるを得ない。

http://justice.skr.jp/koreajudgements/12-5.pdf

この辺は個別意見に対する反論になりますかね。
条約締結後の状況をも補充的に考慮したとしても、請求権資金法、請求権申告法、請求補償法、2007年の犠牲者支援法などは「請求権協定の対象に含まれることによる追加措置に過ぎない」か「「人道的次元」のもの」であって、韓国政府が損害賠償請求権者に対する支払い義務を負っていることを前提としたものではない、というもので、個々の法律をもっとよく調べれば再反論の余地もあるかもしれませんが、特段の事情がない限り納得できないような解釈ではありませんね。

オ 国家間の条約によって国民個々人が相手国や相手国の国民に対して有する権利を消滅させることが国際法上許容されるとしても、これを認めるためには当該条約でこれを明確に定めねばならない。その上本件のように国家とその所属国民が関与した反人道的な不法行為による損害賠償請求権、その中でも精神的損害に対する慰謝料請求権の消滅のような重大な効果を与えようとする場合には条約の意味をより厳密に解釈しなければならない。
 サンフランシスコ条約第14条が日本によって発生した「損害と苦痛」に対する「賠償請求権」とその「放棄」を明確に定めているのとは異なり、請求権協定は「財産上の債権・債務関係」のみに言及しているだけであり、請求権協定の対象に不法行為による「損害と苦痛」に対する「賠償請求権」が含まれるとか、その賠償請求権の「放棄」を明確に定めてはいない。

http://justice.skr.jp/koreajudgements/12-5.pdf

国家間の条約が個人の権利を消滅させることが許容されるにしても、それを認めるには条約で明確にその旨が記載されなければならないとして、請求権協定とサ条約の文言を比較した上で、個別請求権が消滅しないことを論証しています。
まあ、多少でも真面目にこの問題を調べた人で、この論理に異論のある人はまずいないと思うんですけどね。

 日本政府の韓半島に対する不法な植民支配と侵略戦争の遂行と直結した日本企業の反人道的な不法行為により動員され、人間としての尊厳と価値を尊重されないままあらゆる労働を強要された被害者である原告らは、精神的損害賠償を受けられずに依然として苦痛を受けている。大韓民国政府と日本政府が強制動員被害者らの精神的苦痛を過度に軽視し、その実状を調査・確認しようとする努力すらしないまま請求権協定を締結した可能性もある。請求権協定で強制動員慰謝料請求権について明確に定めていない責任は協定を締結した当事者らが負担すべきであり、これを被害者らに転嫁してはならない。

http://justice.skr.jp/koreajudgements/12-5.pdf

この辺は、現に被害者がいるのだから、請求権協定で曖昧にした責任を被害者に転嫁してはならないという、まあ人道主義からすればもっともな話です。

というわけで、多数意見に賛成した大法官のうち金哉衡と金善洙は、多数意見に対する補充意見の中で、個別意見や反対意見に対する反論となる論証をちゃんとやっているわけですね。
少数意見をつまみ食いして寄生するのではなく、補充意見も含めて論旨を理解した上で自身の考えを持つべきでしょうね。



*1:反対意見では、請求権協定の解釈について、日本が外交保護権の放棄のみと解釈したとしても、韓国は締結当時は外交保護権のみならず個別請求権も含めて放棄すると解釈していたのでそれを遵守すべきだという解釈が採られていますが、これは普通に契約の概念からしても衡平とは言えないでしょう。