韓国併合が不法だという認識に立てば、韓国の2018年10月30日大法院判決は正当だという話

この件。
徴用工問題 解決済みなのになぜ今さら? 韓国の言い分とは〈AERA〉(2/7(木) 8:00配信 AERA dot.)
子供向けと称して、いい加減な説明が流布されるのは有害無益だと思いますので、この辺説明してみます。

韓国大法院が賠償を命じる判決を出した論理

2018年10月30日の韓国大法院判決が1965年の日韓請求権協定を覆した的な説明が多いのですが、ちょっと違います。

1965年請求権協定*1は、その第2条で「両締約国は、両締約国及びその国民(略)の財産、権利及び利益並びに両締約国及びその国民の間の請求権に関する問題が、(略)完全かつ最終的に解決されたこととなることを確認する」とされていて、日本政府はこれを根拠に、徴用工問題について解決済みだと主張しています。

ところがこの請求権協定を含む日韓交渉において、日本側は一貫して植民地支配の不法性を認めず、日韓基本条約第2条*2に見られるように、韓国併合条約など併合に至る全ての条約について「もはや無効であることが確認される」という玉虫色の曖昧な解釈のまま合意しています。

この植民地支配が不法か合法かという問題が、今回の大法院判決に影響しています。

日本は日韓交渉当時から現在に至るまで、一貫して朝鮮半島を植民地支配したことを合法であると主張しています。そのため、日本の解釈上、植民地支配時に行われた行政行為に関しても合法であり、補償すべき植民地支配下で起きた行政行為による損害は存在しても、賠償すべき不法な行政行為による損害は存在しないという立場をとっています。

なお「賠償とは、違法な行為によって生じた損害を補填するもの。 補償とは、適法な行為によって生じた損害を補填するもの。」*3です。

日本側のこの態度は、日韓交渉時から一貫していますので、日韓交渉においては、違法な行為によって生じた損害を補填するための賠償はまともに検討されていません。したがって日韓請求権協定でも、違法な行為によって生じた損害を補填するための賠償は「完全かつ最終的に解決」される対象ではない、ということになります。

不法な植民地支配によって生じた損害の賠償が日韓請求権協定で解決されることは日本側の論理上ありえないわけです。
渡邊康弘FNNソウル支局長がはしゃいでいた韓国政府発行の「大韓民国と日本国間の条約および協定解説」にもあくまで「被徴用韓国人の未収金」とか「被徴用者の被害に対する補償」といった「補償」としての内容しか記載されていません*4

さて、韓国側にとっては日本による植民地支配はそもそもが不法なものでしたから、その支配によって生じた損害は「補償」されるべきものではなく「賠償」されるべきものということになります。

大法院判決を上記の論理によって「請求権協定は日本の不法な植民支配に対する賠償を請求するための協定ではなく」*5と判定しています。ここが重要なところで、現在の日本政府も日韓請求権協定が「日本の不法な植民支配に対する賠償を請求するための協定」だとは絶対に認めないでしょう。日本政府は、朝鮮半島に対する植民地支配を合法だと主張しているわけですから。

日韓請求権協定が「日本の不法な植民支配に対する賠償を請求するための協定」ではないということについては、日本政府と韓国大法院は同じ見解

日本政府も「請求権協定は日本の不法な植民支配に対する賠償を請求するための協定」ではないということを認める以上、「日本の不法な植民支配に対する賠償を請求する」権利が消滅していないことを日本側は否定できません。
ですから、日韓請求権協定で解決済みでもありません。

強いて言えば、韓国併合が合法か不法かという問題に集約され、その点で争うしかありませんが、少なくともこれは日韓政府間で決着済みの問題ではありません。日韓基本条約時にそれを回避したわけですから。

韓国併合が不法だという認識に立つならば、2018年10月30日の韓国大法院判決はまず正当なものだと言えます*6

日本側がこれに反論するのであれば、本来なら韓国併合は合法であり、その下で実施された行政行為も全て合法であり、それにより生じた損害は「補償」されるべきものであって、「賠償」されるべきものではなく、その「補償」を求める権利は日韓請求権協定で消滅した*7、という主張でなければ筋が通りません。

まあ、個人的な意見としては、日露戦争(1904~1905年)のドサクサに朝鮮半島を軍事制圧して、武力による威嚇の下で大韓帝国政府から外交権を奪い、軍隊を解散させ、抵抗する民衆を軍隊でもって弾圧し、韓国併合方針を閣議決定した上で外交権も軍隊も失った大韓帝国政府に強要した韓国併合条約が合法だったとか言われても、全く納得できませんけどね。
また、カイロ宣言(1943年)で「前記三大国ハ朝鮮ノ人民ノ奴隷状態ニ留意シ軈テ朝鮮ヲ自由且独立ノモノタラシムルノ決意ヲ有ス」*8と言われているように、仮に併合の過程での不法性を留保するにしても、第二次大戦中の植民地支配については、少なくとも不当であったというのは、当時の連合国の共通認識だったと言えるでしょう。

2018年大法院判決の論理は2012年5月には確立

何度も指摘されているように、2018年の大法院判決の論理は、2012年5月の差戻し審のときに確立しています。当然、2012年の大法院に現在の文政権の影響が及ぶはずもありません。
ILOの専門家委員会はそれを踏まえて「the Government will make every effort to achieve reconciliation with the victims」*9と、日本政府に対して被害者側と和解することを求めています*10
安倍政権はそれを被告企業に拒否させて、大法院判決まで突っ込んだわけで、無策この上無い対応です。

ところで日本の最高裁はほとんど仕事をしませんが*11、韓国大法院だって2012年の段階で差し戻しなどせず棄却して逃げる手はあったかと思います。
実際、その差し戻しの論理はかなり手の込んだものに思えますので、判断回避も選択肢としておかしくなかったでしょう。日本の最高裁がそうやって被害者を見捨てるような判決を下すのは珍しくありませんし、韓国でもそれは同じだと思います。

それでも、救済されない被害者がいる以上、それを救済するために努力したことは賞賛されるべきだと私は思います。
救済されず苦しんでいる被害者がいるのに、法の表面だけをなぞって“法は救済を義務としていない”といって被害者を簡単に見捨てるのは、法服を着た匪賊と大して変わりません。
法で決まっているからと言ってユダヤ人を絶滅収容所行きの列車に乗せることが正当化できないのと同じようなものだと、そう思います。



徴用工問題 解決済みなのになぜ今さら? 韓国の言い分とは〈AERA

2/7(木) 8:00配信 AERA dot.

 第2次世界大戦中、日本本土の工場などで働かされた韓国人の元徴用工が新日鉄住金に損害賠償を求めた訴訟で、韓国大法院(最高裁)は昨年10月30日、1人あたり1億ウォン(約1千万円)の賠償を命じる判決を言い渡した。日本政府は、元徴用工の賠償問題は「1965年の日韓請求権協定で解決済み」という立場で、強く反発した。韓国最高裁は11月29日には三菱重工業にも賠償を命じ、日韓の政府間で摩擦が起きている。毎月話題になったニュースを子ども向けにやさしく解説してくれている、小中学生向けの月刊ニュースマガジン『ジュニアエラ』に掲載された記事を紹介する。
*  *  *
 裁判で争点になったのは、日韓が国交を正常化する前提として結んだ日韓請求権協定によって、元徴用工たちが日本企業に損害賠償を求める権利が消滅したかどうかだった。
 協定には、日本が韓国に対して無償3億ドル、有償2億ドルの経済協力を行い、両国間や国民の間で元徴用工への未払いの賃金などの「請求権」の問題は「完全かつ最終的に解決されたことを確認する」と明記された。日本政府はこれを根拠に、元徴用工らへのすべての補償問題は解決済みだと主張。韓国政府も、日本からの経済協力には元徴用工らへの補償問題を解決する資金が含まれ、補償は韓国政府が取り組む課題としてきた。
 しかし、韓国の最高裁は、元徴用工の労働実態は「日本の不法な植民地支配や、侵略戦争と結びついた反人道的な不法行為」にあたると指摘。元徴用工らの被害に対する「慰謝料」は協定には含まれていないと判断し、賠償を求める権利は消滅していないと結論づけた。日韓政府が外交的に解決済みとしてきた問題を、司法がひっくり返した形だ。
 安倍晋三首相は「国際法に照らして、あり得ない判断だ」と強く反発した。韓国政府は、知恵を集めて対応を検討すると表明したが、判決は韓国民に支持されており、「尊重する」とも述べた。日韓は慰安婦問題の合意に基づいて設立された財団の解散をめぐってもぎくしゃくしており、関係をどう維持するかが問われる。
【キーワード:韓国人の元徴用工】
戦時中、日本統治下の朝鮮半島から日本国内の工場や炭鉱などに労働力として動員された人たち。企業による募集や国民徴用令の適用などを通じて行われたが、当時の公文書や証言から、ときに脅迫や暴力を受けながら、過酷な環境で働かされたことがわかっている。
※月刊ジュニアエラ 2019年2月号より

https://headlines.yahoo.co.jp/article?a=20190206-00000066-sasahi-kr

*1:http://worldjpn.grips.ac.jp/documents/texts/JPKR/19650622.T9J.html

*2:http://worldjpn.grips.ac.jp/documents/texts/docs/19650622.T1J.html

*3:http://www.h-firm.com/blog/topics/2014/02/topics002124.html

*4:http://scopedog.hatenablog.com/entry/2019/02/09/120000

*5:http://justice.skr.jp/koreajudgements/12-5.pdf?fbclid=IwAR052r4iYHUgQAWcW0KM3amJrKH-QPEMrH5VihJP_NAJxTxWGw4PlQD01Jo

*6:評価するうえでは大法院判決の少数意見も考慮する必要はあるでしょうが。

*7:日韓両政府の外交保護権として

*8:http://worldjpn.grips.ac.jp/documents/texts/docs/19431127.D1J.html

*9:http://www.ilo.org/dyn/normlex/en/f?p=1000:13100:0::NO:13100:P13100_COMMENT_ID:3256111

*10:http://scopedog.hatenablog.com/entry/2018/11/05/080000

*11:まあ、大方の問題は立法で対応すべきであって、司法がその代行をすることは望ましくないという理由からでもありますが、それにしても違憲判決をほとんど出さないのは他国に比べても特異に見えます。