請求権協定で合意したのは「補償」、大法院が命じたのは「賠償」。「補償」と「賠償」は法的に全く意味が違う。

この件。
徴用工問題「支払いは韓国政府」で合意 外務省、日韓協定交渉の資料公表(7/29(月) 20:59配信 産経新聞)

まあ、安倍政権が自らに都合のいい資料を都合のいい解釈で日本メディアが報じることを前提で公表しているとは言え、資料が公表されること自体はいいことですね。
冒頭書いたとおり、1965年請求権協定で合意されたのは「補償」であって、2018年大法院判決が命じた「賠償」ではありません。
この点、2018年10月30日大法院判決は明確に述べています。

(4) 請求権協定の交渉過程で日本政府は植民支配の不法性を認めないまま、強制動員被害の法的賠償を根本的に否認し、このため韓日両国の政府は日帝韓半島支配の性格に関して合意に至ることができなかった。このような状況で強制動員慰謝料請求権が請求権協定の適用対象に含まれたとは認めがたい。
 請求権協定の一方の当事者である日本政府が不法行為の存在およびそれに対する賠償責任の存在を否認する状況で、被害者側である大韓民国政府が自ら強制動員慰謝料請求権までも含む内容で請求権協定を締結したとは考えられないからである。

http://justice.skr.jp/koreajudgements/12-5.pdf?fbclid=IwAR052r4iYHUgQAWcW0KM3amJrKH-QPEMrH5VihJP_NAJxTxWGw4PlQD01Jo

日韓交渉を通じて日本と韓国は植民地支配の性格について合法・不法いずれとも合意に至らなかったのだから、不法な植民地支配により生じる賠償が請求権協定に含まれるとは考えられないという論理であって、論理としては筋が通っています。
ちなみに、この判断には少数意見がついていて、3人の大法官が、賠償も請求権協定の範囲内だが請求権協定で消滅したのは外交保護権のみで個人請求権は消滅せず行使も有効であるという判断で、大法院判決そのもについては賛成しています。

「対日請求要綱」の件。

韓国政府が日韓交渉において提示した「対日請求要綱」ですが、「韓日間財産及び請求権協定要綱」という八項目の具体的な請求項目のことで、日韓交渉第5次会談(1960/10-1961/5)の一般請求権委員会第2回会合(1960/11/18)で提示されたものです。

要綱と併せて公表された交渉議事録によると、1961(昭和36)年5月の交渉で日本側代表が「個人に対して支払ってほしいということか」と尋ねると、韓国側は「国として請求して、国内での支払いは国内措置として必要な範囲でとる」と回答した。

https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20190729-00000571-san-pol

上記は、戦時強制動員等の日本政府の責任を回避するために良く持ち出されるエピソードですが、責任回避目的で使われるために都合のいい部分のみの抜き出しになっています。

そして当然、大法院判決もそのような被告側の主張を踏まえた上で次のようにそれを退ける判断しています。

(5) 差戻し後の原審において被告が追加して提出した各証拠なども、強制動員慰謝料請求権が請求権協定の適用対象に含まれないという上記のような判断を左右するものであるとは考えられない。
 上記の各証拠によれば、1961年5月10日、第5次韓日会談予備会談の過程で大韓民国側が「他国民を強制的に動員することによって負わせた被徴用者の精神的、肉体的苦痛に対する補償」に言及した事実、1961年12月15日、第6次韓日会談予備会談の過程で大韓民国側が「8項目に対する補償として総額12億2000万ドルを要求し、そのうちの3億6400万ドル(約30%)を強制動員被害補償に対するものとして算定(生存者1人当り200ドル、死亡者1人当たり1650ドル、負傷者1人当り2000ドルを基準とする)」した事実などを認める事はできる。
 しかし、上記のような発言内容は大韓民国や日本の公式見解でなく、具体的な交渉過程における交渉担当者の発言に過ぎず、13年にわたった交渉過程において一貫して主張された内容でもない。「被徴用者の精神的、肉体的苦痛」に言及したのは、交渉で有利な地位を占めようという目的による発言に過ぎないと考えられる余地が大きく、実際に当時日本側の反発で第5次韓日会談の交渉は妥結されることもなかった。また、上記のとおり交渉過程で総額12億2000万ドルを要求したにもかかわらず、実際の請求権協定では3億ドル(無償)で妥結した。このように要求額にはるかに及ばない3億ドルのみを受けとった状況で、強制動員慰謝料請求権も請求権協定の適用対象に含まれていたとはとうてい認めがたい。

http://justice.skr.jp/koreajudgements/12-5.pdf?fbclid=IwAR052r4iYHUgQAWcW0KM3amJrKH-QPEMrH5VihJP_NAJxTxWGw4PlQD01Jo

産経のいう「1961(昭和36)年5月の交渉」の後、1961年12月15日に韓国側は「8項目に対する補償として総額12億2000万ドルを要求し、そのうちの3億6400万ドル(約30%)を強制動員被害補償に対するものとして算定(生存者1人当り200ドル、死亡者1人当たり1650ドル、負傷者1人当り2000ドルを基準とする)」という具体的な金額を提示しましたが、結局、1962年11月12日の金鍾泌中央情報部長・大平正芳外務大臣の会談で無償3億ドルにまで減額されています。
大法院はこの点をもって「交渉過程で総額12億2000万ドルを要求したにもかかわらず、実際の請求権協定では3億ドル(無償)で妥結した。このように要求額にはるかに及ばない3億ドルのみを受けとった状況で、強制動員慰謝料請求権も請求権協定の適用対象に含まれていたとはとうてい認めがたい」という判断を下しています。
要するに個々の強制動員被害者らへの賠償も含まれた金額と解釈するには 3億ドルはあまりにも少なすぎるということです。

ちなみに1910年から1945年までの足掛け36年にわたって支配した韓国に対して提供した無償援助は賠償名目としては認めない3億ドルですが、1942年から1945年の足掛け4年支配したインドネシアに対しては、賠償名目の2億ドル超を無償援助しています*1
韓国に対する無償援助3億ドルというのは、他のケースと比べると非常に低額とも言え、要するに日本は、韓国側の要求した請求内容を値切りに値切って13年間にわたってごね続けたというのが実態です*2

不思議なことに現在の日本では、“お人好しな日本は善意で韓国に対して色々世話してやったが、韓国は恩をあだで返した”と妄信している人が多いのですが、これは端的には官民挙げた嫌韓教育の結果とも言えるでしょう。

日韓交渉において譲歩を強いられたのは、多くの場合韓国側で、請求権問題でも最終的に韓国側が譲歩して、当初要求に比べて遥かに安い額で合意したことで成立に至っています。

「池田内閣期の日韓関係をめぐる主要紙社説(1960~1964年)(梶居佳広)」によれば、無償3億ドルについての合意が成立した1962年11月(この時点では金額非公開)の日韓首脳会談に対して、主要紙のほとんどがそれを評価しており、その理由を「その多くが請求権問題について韓国側が日本に歩み寄ったと理解したから」としています。

 第6次会談開始の翌月に当る11月11~12日,朴正煕国家再建最高会議議長が来日して池田首相と会談。会談直前の社説は『京都(11.12)』『神戸(11.7)』が請求権とは別個なものとしての経済協力構想を打ち出し,『毎日(11.11)』が請求権問題は北朝鮮との間にも存在していることを指摘する一方で,『読売(11.7)』『西日本(11.11)』が拙速な早期妥結には反対するなど会談開始時と類似の主張が展開されていた。しかるに,「請求権は賠償的なものでなく事務的に資料に当って計算すべきである」「請求権を絞る代わりに韓国側に経済協力を供与する」という方向での日韓首脳の合意がなされると,『読売』を除く全紙が社説で取り上げた。そして批判論の『北海道(11.13)』と注文をつける『神戸(11.17)』を除いて,会談の成果を高く評価している。というのも,その多くが請求権問題について韓国側が日本に歩み寄ったと理解したからであった。会談以前に経済協力案を提起していた『中国』はこの時点ではもはや請求権にさえ言及せず,日韓国交正常化は現実外交の一環とする立場から日韓交渉に反対する社会党を「理想論」として批判しており,『東京(11.13)』もまた社会党の態度は「現実に目をそむけるもの」と評している。ただし,日韓合意を歓迎するこれらの新聞は今後の進め方についてはなお慎重な対応を求めていた。一方,『北海道(11.13)』は,これまでと同様,朝鮮統一と冷戦緩和の観点から軍事政権である韓国との国交正常化にあくまで反対するものであり,『神戸(11.17)』も軍事政権との交渉への疑問の他,(韓国民の)民生向上のための経済協力はできる限り行うべきであるが,「いわれのない補償金を支払う」必要はないと主張している。

http://ritsumeikeizai.koj.jp/koj_pdfs/65301.pdf

12億ドルの請求に対して3億ドルしか払っていないのに解決済み?

実際に韓国側が要求していた内容に比べると圧倒的に値切った結果が、3億ドルなのであって、それを値切り以前の金額の内訳としていた「強制動員被害補償に対するもの」を「賠償」も含めて全て含んでいる、というのはさすがに無理があります。
ですが産経新聞は、韓国側の具体的な要求金額については一切報じず、隠蔽することで韓国側の要求は全て通って解決済みであるかのように日本語圏読者を騙しているわけですね。

 韓国側が政府への支払いを求めたことを受け、日本政府は韓国政府に無償で3億ドル、有償で2億ドルを供与し、請求権に関する問題が「完全かつ最終的に解決されたこと」を確認する請求権協定を締結した。

https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20190729-00000571-san-pol

“大法院判決が命じた賠償は請求権協定の範囲外なので国際法には違反しない”というのが韓国側の主張

 しかし、韓国最高裁は昨年、日本企業に元徴用工らへの損害賠償を命じた判決を確定させた。日本政府は「国際法違反」として韓国政府に早期の対応を求めている。

https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20190729-00000571-san-pol

日本側は一方的に韓国大法院判決を国際法違反と決め付けていますが、韓国大法院判決は上述の通り日韓請求権協定の範囲に賠償は含まれないという判断ですから、韓国側から見れば国際法違反でも何でもありません。
むしろ日本側が国際法違反だと主張する理由の方がよくわかりません。そもそも賠償の対象となる不法行為がないという理由なのか、賠償の対象となる不法行為はあったが1965年請求権協定で解決したという理由なのか。
前者ならば、日本による韓国植民地支配は合法か不法かという問題に発展するはずですが、それに触れている報道はほぼ見かけませんし、そもそもその主張だと請求権協定違反という話にはなりにくい気がします。後者ならば、請求権協定の範囲に賠償が含まれるかどうかという問題になりますが、韓国大法院はそれを検討した上で含まれないと判断したわけです。一方の日本で「賠償」が請求権協定に含まれると判断しているのかどうか、その辺はよくわかりません。過去の判決の理由の中にありそうな気もしますがどうなんでしょうかね。仮に日本側の司法判断で「賠償」も含めて請求権協定に含まれるという判例があったとしても、日韓司法で判断が分かれたということに過ぎず、自動的にどちらかが正しいということにもなりませんけどね。