前回の補足・推定方法の使い方

基本的にこの手の推定方法は、結果が妥当かどうかを他の推定結果と照らし合わせたり、常識的な範囲かどうか判定したりすることが必要になります。
それらのデータが何もない場合に、仮の数値として用いることはありますが、その場合は別の手段による追試を待つことになります。

もちろん検証目的ではなく、単純にビジネス上の戦略決定の判断基準として用いる場合は、えいや、で使うことはありますが、それは推定結果の正確さよりも判断の迅速さが優先されるからです。

今回の従軍慰安婦の人数推定の場合は、約20万人という既存の推定結果*1があるのですから、まずそれと比較して誤差が大きいようなら、前提条件の誤りがないかチェックする必要があったわけです。馬場氏はそれを怠ったようですが。

馬場氏の前提条件の中で、私が個人的に問題を感じているのは、以下の3点のみです。

2) 兵士の休暇間隔を3ヶ月として休暇ごとに慰安所を利用したとして利用回数は年4回
9) 8)のうち朝鮮半島および非占領地の女性を40%とすると5千人
10) 9)のうち慰安婦になる以前に売春業に従事しておらず実質的に強制された被害者を50%とすると2千5百人

http://realwave.blog70.fc2.com/blog-entry-105.html

逆に言えば、それ以外の部分についてはそれほど前提条件として誤っているとは思いません。

1) 第二次世界大戦および日中戦争に参加した兵士の数500万x4年(兵役年)=2千万人・年
4) 慰安婦の1日の接客数を10人とする
5) 慰安婦の勤務日を年300日とする
6) 慰安婦の平均年限を2年とする

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「1)」について言えば、「500万x4年」が意味不明ですが、1937年時点の兵力50万人、1945年時点の兵力500万人、この期間人数が直線的に増加したと仮定すると、2200万人年になりますので、まあそれほど間違った推定値ではないと考えています。少なくとも、実は2億人年だったとか、200万人年だったとかいう結果にはならないでしょう。

「4)」については、最大接客数は1日50人とかもあったでしょうが*2、一方で将校を相手にした慰安婦の場合は1日1人だったでしょうし、そう簡単に平均値を知ることはできません。ただし、1938年の「慰安所使用規定」では1回1時間となっており、営業時間が9時〜18時であったこと*3を考慮すると、1日接客数10人はそれほど大きな誤差があるとは思えません。
まあ、単純にフェルミ推定をするなら、営業時間と1回あたりの時間から、1日接客数は9人と設定するべきですが。
ですので、以下の発言は、仮定ではなく馬場氏の願望と言った方が適切でしょう。

慰安婦の負担は少な目に仮定しています。

http://realwave.blog70.fc2.com/blog-entry-105.html

「5)」については、1938年の「慰安所使用規定」では慰安所の公休日が毎月15日とされていますので、これ以外に休日がなかったとすると年間350日勤務したことになります。これを「年300日」と仮定して「少な目に仮定」というのはそれほど間違ってはいませんが、実際には部隊が出動中の時は、開店休業状態だったでしょうし、生理や病気などで働けない時期も考慮すれば、年300日というのは割と精度の高い推定だと思います。

「6)」についても、何年も帰れず長期間慰安婦を続けざるを得なかった被害者もいる一方で、戦地で病死・事故死・戦死した被害者もいますから、まあ2年というのはそれなりに妥当な値だと思います。仮に1〜3年と幅を持たせると、最終的な推定値は以下のようになります。


「8) 慰安婦の総人数」=約12〜35万人
「9)朝鮮半島および非占領地出身の慰安婦」=約4万7千〜14万人
「10)売春を強制された被害者」=約3万4千〜7万人
(「兵士の慰安所利用回数」を年53回として推定。それ以外は同じ)

このぐらいの幅であれば推定値として妥当なところでしょう。


法華狼氏以外にもはてブで結構批判的な人が多いですが、多くの妥当な前提条件の中に1つだけおかしな前提条件を混ぜることにより、誤った結論に導くのは、疑似科学の典型的手法ですから気をつけるべきだと思います。

疑似科学の信奉者は、妥当な前提条件に噛み付いた批判者に対し声高に反論して、本来指摘されるべきおかしな前提条件を視界から消し去るという手法を多用します。


馬場氏の場合、一番おかしな前提条件である「兵士の慰安所利用回数」について、コメント欄で自覚している発言をしていますので、意図的かどうかはわかりません。

しかし兵士が慰安婦を何回利用したかなどは推定が異なるでしょう。もっと沢山利用したかもしれないし、南方戦線では慰安所出は全くないこともあったでしょう。議論は判れますが、式が同じなら、個々の数字の妥当性を検証することでかなり実際に近い数字が得られる可能性があります。

http://d.hatena.ne.jp/hokke-ookami/20111215/1323978567

ただ、平均的な「兵士の慰安所利用回数」として年4回はどう考えても少なすぎです。
そこを無視して自らの推定が正しく、相手の推定が間違っていると決め付ける態度にはさすがに疑問を感じます。

その意味で最後に紹介された式と数字は私のフェルミ推定の検証に有効です。その差は1ケタありますが、「30人1人」の慰安婦という仮定は多分実行されなかったでしょう。慰安婦も軍にとっては弾や食糧と同じ補給の一つであり、補給は計画通りいかないのが通例だからです。まして弾薬と違い慰安婦は戦争遂行に絶対必要というわけではありません。いわば贅沢品であり、補給の中では後回しになることが多かったはずです。出された数字は慰安婦数の上限に近いと考えた方がよさそうです。

そのように考えると二つの全く違う推定方法で得られた数字は案外近いということになります。慰安婦の実数は数万人だったのでしょう。そのうち何人が朝鮮半島からか。さたに拉致、誘拐のような犯罪性が非常に高い方法で集められたのが何人なのか。少なくとそれが20万人と言うのは誇張以外の何物でもないだろう。この結論は正しそうです。

http://d.hatena.ne.jp/hokke-ookami/20111215/1323978567

答え先にありき、でそれに都合の良い前提条件を設定したとは思いたくありませんが・・・。

*1:これらについてもパラメータの置き方によって2万〜41万人という幅があります。http://www.awf.or.jp/1/facts-07.html

*2:1回5分〜10分だったとかいう話もありますし

*3:http://www.awf.or.jp/1/facts-09.html