有馬哲夫氏の慰安婦問題否認論の誤りについて・1

この件。
「従軍慰安婦」が歴史教科書に復活 どこが問題か? 一からわかる「慰安婦問題」(1)(5/7(木) 7:45配信 デイリー新潮)
デイリー新潮が有馬哲夫氏の著書から抜粋引用する形で慰安婦問題否認論を展開しています。これは歴史修正主義に他なりませんが、記事の内容が抜粋であるなら原典著者である有馬氏自身が歴史修正主義者であるということになるでしょうね。以下、新潮記事が有馬氏著書から正確・誠実に抜粋していることを前提として記載します。

有馬氏の手法・ワラ人形叩き

有馬氏はまずこんなことを述べています。

朝鮮人慰安婦は20万人いたか

 いわゆる「慰安婦問題」に関しては、現在「20万人の朝鮮人女性が日本軍や官憲によって強制的に慰安婦にされた」という途方もない言説が世界に広まっています。これは複雑な経緯があってこういうことになっていますが、まったく歴史的事実に反しているということを最初にいっておきます。また、そもそもこれは、「歴史問題」ではないということも断っておきましょう。その上で、反証可能な歴史論議によってこの言説を検討してみましょう。
 まず、20万人という数ですが、これはアメリカなど海外のメディアで報じられている数で、クマラスワミ報告書のなかにあります。しかし、その根拠は北朝鮮当局が出した数字です。北朝鮮はジェノサイド(集団虐殺)も主張しています。
 北朝鮮のいうことは全部嘘だ、とまではいいませんが、問題は報告者のラディカ・クマラスワミが北朝鮮に招かれていたにもかかわらず調査にいかず、代わりの「人権センターの代表団」に行かせ、北朝鮮側が用意した「慰安婦」の証言を鵜呑みにして報告書を作っていることです。つまり、意図のある聞き手が意図のある証言者から得た、反証可能性のない、一方的な証言なのです。それなのに、なんの事実確認も検証もせず、そのまま報告書に記載しています。お読みいただいた方はその内容がいかに信じがたいものかお分かりだろうと思います。まだの方は、ぜひアクセスして確かめてみてください。

https://headlines.yahoo.co.jp/article?a=20200507-00621510-shincho-kr

この記載を読むと、北朝鮮当局の出した数値を根拠にクマラスワミ報告(女性に対する暴力-戦時における軍の性奴隷制度問題に関して、朝鮮民主主義人民共和国、大韓民国及び日本への訪問調査に基づく報告書-(日本語))は、20万人の朝鮮人女性が慰安婦にされたと結論付けたような印象を受けます。
しかし、「20万人の朝鮮人女性」についてはパラグラフ 69に書かれていますが、明確に「北朝鮮の立場」として北朝鮮側の専門家の主張を記載しているにすぎず、報告書として結論付けた数字ではありません。ちなみに「韓国の立場」も「日本の立場」も報告書に載っています。
さらに言えば、20万人という数字自体は、1996年1月のクマラスワミ報告以前に吉見義明氏の推算の一つとして提示されていますし*1、「金一勉氏が慰安婦の「8割ー9割」、17ー20万人が朝鮮人である」と主張したのはもっと前です。

そもそも「現在「20万人の朝鮮人女性が日本軍や官憲によって強制的に慰安婦にされた」という途方もない言説が世界に広まっています」という有馬氏の事実認識も怪しいんですよね。

例えばオーストラリア政府のサイトには慰安婦の人数についての言及も特にありませんし、報道でも特に言及されていません。
NBCの「Who are the 'comfort women,' and why are U.S.-based memorials for them controversial?」という記事には20万人という数字が出てきますが、「She was one of an estimated 200,000 “comfort women,” a euphemism for the mostly Korean women who were forced into Japanese military-run brothels during World War II.」という記載のみで、20万人の“朝鮮人”女性という説明ではありません。
韓国政府の公式サイトでさえ、20万人の“朝鮮人”女性という説明はしていません。

At present, it is not possible to know the total number of women conscripted as Japanese military ‘comfort women’ since no systematic data revealing their number. Some scholars have speculated on the total number of ‘comfort women’ victims based on data from Japanese military plans of how many ‘comfort women’ were to be assigned per Japanese soldier or from testimonial records. However, there seems to be a great differences among researchers due to a variety of assertions placing the total number between a range of 30,000 to 400,000.

In the early days of ‘comfort station’ installations, the Japanese conscripted mainly women from Japan and their colonies of Joseon (Korea) and Taiwan. As the war became prolonged and the front lines expanded, women from other occupied territories such as China, the Philippines, Indonesia, Vietnam, Myanmar, and Dutch women living in Indonesia were forced to serve as ‘comfort women’. Yoshimi Yoshiaki, a researcher who has long studied the issue of ‘comfort women’ in the Japanese military, estimated that the number of ‘comfort women’ in the Japanese military was at least 80,000 to 200,000 and that more than half of them were women from Joseon (Korea).

http://www.hermuseum.go.kr/eng/PageLink.do?thirdMenuNo=&subMenuNo=010100&menuNo=010000&link=forward:/PageContent.do&tempParam1=&%22

いったいどこの世界で「現在「20万人の朝鮮人女性が日本軍や官憲によって強制的に慰安婦にされた」という途方もない言説が世界に広まって」いるのでしょうか?
単に有馬氏にとって「20万人の朝鮮人女性が日本軍や官憲によって強制的に慰安婦にされた」という説であれば反論しやすいから、それが「世界に広まって」いることにしたいだけではないですかね。

有馬氏の慰安婦認識の誤り

さて、有馬氏は「20万人の朝鮮人女性が日本軍や官憲によって強制的に慰安婦にされた」という決して主流とは言えない説を否定してみせるため、以下のように続けます。

 さて、20万人という数を反証可能なデータに照らし合わせてみるとどうなるのでしょうか。
 日本の領土内(朝鮮半島、台湾などを含む)には慰安所はありませんでした。したがって、慰安婦が相手をしたのは、占領地や戦地の日本兵です。
 日本から大陸に渡った日本軍の兵士の総数は約300万人です。もちろん、戦争中増減があり、末期にはかなり減ります。そうすると最多の時期でも兵士15人につき慰安婦が1人という割合になります。日本軍の幹部が兵士150人につき1人の慰安婦が必要だと考えていたという記録が残っていますが、この数はその10倍にものぼります。

https://headlines.yahoo.co.jp/article?a=20200507-00621510-shincho-kr

有馬氏はのっけから間違っています。慰安所が「日本の領土内(朝鮮半島、台湾などを含む)」にもあったことは常識です。
「日本から大陸に渡った日本軍の兵士の総数は約300万人」も意味不明です。この表現では中国大陸に派兵された兵力以外は無視されてしまいますし、「総数」というのも延べ数かどうかも曖昧です。
ちなみに1944年時点で、中国には77万人、朝鮮・満州には51万人、南方に138万人、航空・船舶部隊として45万人の陸軍兵力がありました(内地に87万人)*2。内地以外に300万人以上の陸軍がいたということでそのことを指しているのかもしれませんが、有馬氏の記載はあまりにも不明瞭ですね。

「日本軍の幹部が兵士150人につき1人の慰安婦が必要だと考えていたという記録が残っています」と有馬氏は言っていますが、「兵100人女1名慰安隊ヲ輸入」という言葉」*3という言葉もあります。さらに中国戦線では中隊以上の駐屯地には慰安所の開設が認められていましたが*4、中隊定員は220人で慰安所一軒には慰安婦4~5人いるのが普通ですから、この場合は兵士約50人に1人の慰安婦ということになります。
また、有馬氏は交代率を考慮していません。例えば、中国戦線では、1937年以来、常時50万~80万の日本軍が占領・駐留していましたが、単純に50万人の50分の1である1万人の慰安婦がいたことにはなりません。なぜなら、その仮定では、慰安婦は1937年から1945年まで足掛け8年間、慰安婦を続けたことになるからです。
普通に考えるなら、慰安婦の任期を2年として8年間では1万人×4=4万人の慰安婦が中国大陸にいたことになります。
同様に朝鮮・満州(兵士約50万人)にも8年間で4万人の慰安婦、南方(約150万人)にも2年間(1944~45年)で3万人いたことになり、これらを合計すれば11万人になりますね。この他に航空・船舶部隊、内地、海軍にも慰安婦がいた記録がありますから、20万人という数字は現実的にありうる数字でしょう。

自ら設定した「朝鮮人女性のみで20万人」説を否定してみせ、プロパガンダだと主張する自作自演の手法

有馬氏がやっているのはまさにそれです。

吉見氏の推算の一つである20万人説は否定できないのか、民族構成上朝鮮人はその半分以下だと主張し、以下のように述べています。

 さて、両者の概数を総合すると、朝鮮人慰安婦の数は慰安婦全体の半数だとして、2.5万~10万人だということになります。南京事件の30万人の犠牲者と同様、朝鮮人慰安婦20万人説はあり得ないという事がわかります。
 10万人も相当怪しく、前述の日本軍の幹部の算定式を参考にして、下限の2.5万人ならばあり得るかもしれないという考え方ができます。
 なぜ、こんな理性的、論理的考え方をクマラスワミができなかったのか不思議です。

https://headlines.yahoo.co.jp/article?a=20200507-00621510-shincho-kr

上述しましたが、クマラスワミは北朝鮮の見解として報告書に記載しただけでクマラスワミが評価した数字ではないのですが、有馬氏はクマラスワミが「理性的、論理的考え方」をできないというレッテルに利用しています。誠実とはいいがたい主張ですね。

ちなみに慰安婦といっても、内地・朝鮮で娼妓を勧誘したり、民間人女性を騙したりして日本軍用売春宿に連行した事例だけではなく、占領地内の売春宿・売春婦をそのまま軍用として利用したり、占領地住民を強制的に日本軍用売春婦にしたりした場合など様々です。敗戦時に日本政府が米軍に対してやったように、強姦被害を避けるために一部の女性を人身御供として占領軍である日本軍に差し出したような事例もありますし、占領地の女性を監禁して継続的に強姦したような事例もあります。
日本軍兵士数に対する割合と交代率で算出する推算法では、監禁された上で継続的に強姦された女性は慰安婦としてカウントされませんので、慰安婦の人数に注目する場合は、いったいどのような形態と慰安婦とみなすのか明確にする必要があります。
有馬氏はそれを一切やらずに、20万人説否定の自作自演をやっていますので、きわめて不適切ですね。

デイリー新潮編集部に対する指摘としては、「従軍慰安婦」が歴史教科書に復活 どこが問題か?」と銘打っておきながら、いずれの教科書が言及していない「20万人の朝鮮人女性が日本軍や官憲によって強制的に慰安婦にされた」説の否定だけで、実際の教科書記載の「どこが問題か」については全く答えていない点が挙げられますね。