河村たかし、南京大虐殺の否定に挑む

名古屋市は観光プロモーションのための予算を30億円程度の規模で組んでいますが、市長の一言でその効果が大きく損なわれたことは間違いないでしょう。

平成23年度 予算の概要
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<市民の経済>
 新産業の創造や既存産業における技術の高度化を図るため、サイエンスパークにおけるテクノヒル名古屋立地企業への助成や、プラズマ技術産業応用センターへの助成を予定するほか、若手デザイナーの創業を支援するため、クリエイティブ産業創業支援事業を実施することとした。
 武将や武家文化を活かした武将観光を推進するとともに、トップセールスによる観光PRを全国各地で実施するほか、東アジアへの観光プロモーションを行うことにより、観光客の誘致を図ることとした。
 都市農業の振興では、市内の農産物を地元で消費する地産地消を推進することとした。

http://www.city.nagoya.jp/zaisei/page/0000024654.html

逆の意味で「東アジアへの観光プロモーション」になってしまっています。
政治家の軽率な発言が何億円もの損害を発生させることについて、有権者はちゃんと考えるべきでしょうね。小泉首相(当時)の靖国参拝や安倍首相(当時)の従軍慰安婦否定も同じく、大きな経済損失をもたらしたわけですから、いい加減学んで欲しいものです。

さて、河村たかし氏は小泉政権時代の2006年にも南京事件否定のための質問を国会で行っています。
「平成十八年六月十三日提出質問第三三五号」とそれに対する政府回答「平成十八年六月二十二日受領 答弁第三三五号」がそのやりとりです。
質問内容ごとに回答と対応させてみて見ましょう。

序文

いわゆる南京大虐殺の再検証に関する質問主意書

 歩兵第一〇一旅団指令部伍長であった私の亡父、河村誧男(かねお)は、昭和二〇年八月一六日に武装解除されていた南京に到着し、南京市郊外の棲霞寺に翌二一年の一月まで滞在、同年三月に帰国した。同寺には司令部の約二五〇人が滞在していたが、彼の地で大変手厚く遇され、生き永らえることが出来たと感謝していた。
 そこで、戦後五〇年となる一〇年前、当時の戦友たちは、当時の南京市民のもてなしへの感謝の気持ちとして、寄付金を募り、南京市に一千本の桜を寄付し、体調の悪い父に代わり母が訪中した。その母も昨年一〇月亡くなった。
 彼の地において大虐殺が行われていたのであれば、そのわずか八年後にこのような心温まる交流が実在しえるとは思えない。そこで、いわゆる南京大虐殺事件について再検証すべきではないかと思うに至った。
 植樹一〇年目の今年、私も三名の元日本兵とともに南京市を訪れ、改めて感謝の思いを伝えてきたが、同時に南京事件記念館も訪問した。このように深いご縁のある者として、正しい相互理解をふまえた真の日中友好を促進したいとの思いから以下の通り質問する。

質問1

一 日本政府の南京大虐殺に関する正式見解は聞いたことが無い、という石原慎太郎東京都知事の批判に答えて、沼田外務報道官は平成一一年五月一四日の記者会見で、南京大虐殺については「非戦闘員の殺害あるいは略奪行為があったことは否定できない事実」(平成一一年五月一五日付け朝日新聞)と述べた。
 また、子供たちが学ぶ歴史教科書を見ると、ほとんどの教科書が南京虐殺を記載しており、教科書によっては二〇万人虐殺という記述もあるが、これらは、当然日本政府の見解とみなされるが、そう理解してよいか。

一について
 千九百三十七年の旧日本軍による南京入城後、非戦闘員の殺害又は略奪行為等があったことは否定できないと考えている。
 また、歴史教科書の検定は、国が特定の歴史認識や歴史事実を確定するという立場に立って行うものではなく、学習指導要領や教科用図書検定基準に基づき、検定の時点における学説状況等に照らして、記述の欠陥を指摘することを基本として実施している。

小泉政権とは言え、この部分については否定論に同意しようがありません。
ですが、言い逃れ的というか「検定の時点における学説状況等に照らして」という表現で、学説状況”等”を誘導すれば教科書から消して構わない的な誘導を行っています。沖縄での軍の強制による集団自決や従軍慰安婦などは、「学説状況等」の「等」の部分で、産経新聞のような反共右翼論壇が否定論をぶち上げ、自称中立の論者が「両論併記」を主張して、結果として教科書から消え去りつつあります。
南京事件についても、右翼と自称中立共闘によって遠からず教科書から消え去ることでしょう。それは日本の民度の後退、民主主義の退化を意味するわけですが、後退・退化が民意なら止めようがありません*1

質問2、3、5

二 今日までの間に研究が進み、新たな史料が発掘されている。例えば、先月、亜細亜大学東中野修道教授が出された『南京事件 − 国民党極秘文書から読み解く』は、戦争相手国であった中国国民党政府の中央宣伝部の極秘文書をもとに南京事件を解明している。同書には、これまで長い間南京大虐殺の動かぬ証拠と見なされてきた市民虐殺の告発本、ティンパーリ編『戦争とは何か』は、国民党中央宣伝部の制作した宣伝本だったことが、国民党の極秘文書『中央宣伝部国際宣伝工作概況』の中に明記されていること、また、極秘文書の『中央宣伝部国際宣伝工作概況』(一九四一年)によれば、戦争相手国だった中国国民党政府は日本軍の市民虐殺と捕虜虐殺を指摘すらしておらず、むしろ否定していることが示されている。さらに、毎日のように開かれていた国民党中央宣伝部の記者会見でも南京大虐殺は話題にすら上っておらず、従って、アメリカ合衆国政府はもとより、国民党中央宣伝部でさえ南京大虐殺を極秘文書のなかで非難していないことが示され、そもそも、南京大虐殺の源流となったのは、虚偽の新聞報道であり、戦争プロパガンダ本のティンパーリ編『戦争とは何か』であったと喝破されている。
 このような新たな研究成果を、政府は把握し歴史の再検証作業を行っているか否か。
三 それにもかかわらず「非戦闘員の殺害は否定できない事実」という政府見解や、日本軍は市民や捕虜を殺害して国際的な非難を浴びたという教科書記述はいったい何を根拠としているのか。市民虐殺と捕虜虐殺があったと明確に記載されている、南京陥落当時の、既に検証された記録をご教示いただきたい。
五 政府見解は再考の余地が無いと考えるか否か。

二、三及び五について

 御指摘の「事件」については、御指摘の「新たな研究成果」を含め、種々の議論があることは承知している。お尋ねの「既に検証された記録」が何を意味するのか必ずしも明らかでないが、これまで公になっている文献等から総合的に判断すれば、非戦闘員の殺害又は略奪行為等があったことは否定できないと考えている。
 また、歴史教科書の検定は、国が特定の歴史認識や歴史事実を確定するという立場に立って行うものではなく、学習指導要領や教科用図書検定基準に基づき、検定の時点における学説状況等に照らして、記述の欠陥を指摘することを基本として実施している。

質問でひいている資料自体が「民明書房」並なので、そもそもお話しにならないのですが、小泉政権が真面目に反論するわけもなく*2適当に韜晦しているだけです。
河村氏が質問の根拠としている資料は、かの大河内民明丸、じゃなかった、東中野修道氏の娯楽本ですからレベルとしても知れています。
東中野修道氏も歴史本を装った娯楽本を作るなら「鼻行類」くらいの出来で作ればよいのにと思うのですが、本人は歴史家のつもりなのか「受講者はあくまで学問的批判と学問的検証に立ち政治的自己主張を慎むこと。」*3と言いつつ、あくまで政治的主張に立ち学問的批判と学問的検証を慎んだ講義を亜細亜大学で続けているようです。

質問4

四 旧日本軍兵士の聞き取り調査等により、南京大虐殺を行ったという証言を得たことはあるか。また、南京市民において、親族が虐殺されたといった類の証言ないし証言録を政府は取得したことがあるか。

四について

 お尋ねの「証言録」が何を意味するのか必ずしも明らかでないが、外務省として、御指摘のような当時の関係者に対して直接聞き取り調査を実施したことは確認されていない。

日本政府自身が加害事実の調査に対して極めて消極的であったことを示す回答です。南京事件に限らず、従軍慰安婦問題や公害問題、薬害問題について、日本政府が積極的に加害事実の調査に乗り出したことなど、ほとんどありませんでしたから別に不思議ではありませんが。

質問6

六 前述の東中野教授の著書、『南京事件証拠写真」を検証する』では、南京大虐殺証拠写真として通用するものは一枚も無かったとの研究成果がまとめられているが、中国政府は南京事件記念館にそれらの写真を展示している。そのことに対して日本政府はどのように考えているのか。またどのように対処しているのかご教示いただきたい。

六について

 御指摘の「記念館」において展示されている写真については、「記念館」に対し、写真パネルで用いられている写真の中に、事実関係に強い疑義が提起されているものが含まれている旨を指摘している。

小泉政権時の日本政府が中国の歴史教育に介入していることを示す回答です。
南京事件については写真が証拠で事実と認定されているわけではありませんので、写真云々のやり取りは歴史学上は何の意味も持たないのですが、政治的な介入の取っ掛かりにできるという意味で歴史修正主義者による政治利用に多用されています。

質問7

七 南京事件記念館を利用した反日感情増大政策は、日中友好に対する重大な悪影響をもたらすと考えるが、日本政府としてはこの悪影響を取り除くべきと考えるが、どのような努力をしているのか。

七について

 中国における日中関係についての歴史に関する教育は、中国の若い世代の対日観の形成に影響を及ぼし得るものであり、政府としても、様々な形での情報の収集・分析を通じ、その実態の把握に努めている。また、外務大臣より中国の要人に対して、多くの子供が訪れる「記念館」等の展示物の内容が日中友好に資するものかどうかについて日本の国会においても議論になっていること等の指摘を行い、中国の歴史教育等の在り方について、その改善を提起している。

この問答は結局のところ、日本政府は中国国内の歴史教育に介入せよ、との要望とそれに対して、国際社会に目立たないように介入している旨の回答になっています。何せ歴史修正主義者同士の問答で、歴史修正主義者でない聴衆にそれと気づかれないようなやり取りになっているのが興味深いところです。

*1:本来、こういった民意の揺らぎによる停滞や退化を押し留めることこそ、知識人に求められる役割だとは思いますが、朝日新聞などを見てもわかるように既に深刻なまでに弱体化し、見る影もありませんね。

*2:まあ、現民主党政権だったとしても似たり寄ったりの回答しかしないでしょうが。

*3:http://d.hatena.ne.jp/scopedog/20110611/1307769435