「駆け付け警護」の不思議
「こういう主張を正当化できる過去の事例とか実在するのかな?」という記事で書いた「過去の事例」とは実際に駆け付け警護すべきだったのに法制上できなかった事例という意味だったんですが、そういう事例は出てきませんでした。他にもざっと調べてみましたが、見つけられませんでした。
どうも、実際に起きたことを基にして必要な対策として法整備を求めているわけではなく、“こんなことが起きたらどうする!それに備えるために法整備を!”と言った流れみたいですね。
そういう考え方も災害対策としては割と妥当ですが、軍事行動となるとあまり妥当とはいいにくいところです*1。
「駆け付け警護」
元は第一次安倍政権下で自衛隊の武力行使を容易にするために開かれた「安全保障の法的基盤の再構築に関する懇談会」で出てきた用語のようです。
「安全保障の法的基盤の再構築に関する懇談会」(第3回)
http://www.kantei.go.jp/jp/singi/anzenhosyou/index.html
第3回(平成19年 6月29日)
議事要旨
例えば、同じPKO等の活動に従事している他国の部隊又は隊員が攻撃を受けている場合に、その部隊又は隊員を救援するため、その場所まで駆け付けて、要すれば武器を使用する、いわゆる「駆けつけ警護」
この懇談会では「駆け付け警護」は憲法上認められない、という前提で議論されていますが、よく考えれば前提がおかしいことがわかります。
自衛隊がPKOに参加する時は、PKO部隊司令官の指揮下にある“はず”です。司令官は、隷下の部隊が攻撃を受け他の部隊の救援が必要であると判断した場合は、自衛隊を含む隷下部隊に部隊移動の命令を出すことができる“はず”です。そして、自衛隊PKO部隊が移動することで「自己の管理の下に入った者の生命又は身体を防衛するためやむを得ない必要があると認める相当の理由」*2が生じる“はず”です。
これで「駆け付け警護」が“現行制度下で合法的に”成立します。
成立しないのは、自衛隊側からPKO部隊司令官に対して「武力行使にあたる命令には従わない」と委譲した指揮権を制約している場合ですが、これも武力行使を目的としないPKOに参加している以上おかしな話ではあります。PKO部隊司令官が本来任務から逸脱して武力行使命令を出したなら拒否して当然ですが、そうでないなら武力行使にあたらないので命令に従って行動すれば良いだけです。
そしてこの判断は、個々の事情によって変わりうるものですから、事前にではなく、その時の状況を見て自衛隊部隊指揮官が判断するか*3、判断に迷う場合は本国政府に問い合わせれば済みます*4。まだ起きていない状況を十把一絡げに判定して「駆け付け警護」を認めるべきなどという主張はおかしいと言わざるを得ません。
また、「駆け付け警護」論争のおかしな点は、国連軍司令官などの上位者の命令の有無について検討されていない点です。これでは、命令の有無に関わらず、勝手に動いても構わないようにしてくれと言っているに等しく軍隊の統制上、認められないのが当たり前です。
「駆け付け警護」でよく例示されているような事態であれば、自衛隊部隊の救援が必要であればPKO部隊司令官が命令を下すでしょう。そして「駆け付け警護」でよく例示されているような事態であれば、それが「武力行使」として追及されることもないでしょう。すなわち現行法下で対応可能なことであって、「駆け付け警護」でよく例示されているような事態に関しては制度の変更を必要としないと言えます。
*1:災害はこちら側の対応に関わらずある程度の規模で発生し、二次災害を除けばコントロールがほぼ不可能なのに対して、軍事行動はこちら側の対応如何で改善も悪化もし、コントロール可能な点が多いです。
*2:国際連合平和維持活動等に対する協力に関する法律 24条http://law.e-gov.go.jp/htmldata/H04/H04HO079.html
*3:持って正しいと信じて判断したなら、後に追及されたとしても正当性を主張すれば良いだけの話ですし、それこそ指揮官として負うべき責任です。
*4:時間がかかり過ぎるという批判があるかも知れませんが、現地指揮官が判断に迷うような状況であれば、時間をかけるのが当たり前です。危急を要するのではあれば指揮官が自身の責任で判断するべきですから。