戦時性暴力被害者に対する韓国国内の動きと歪んだレンズを通してそれを眺める日本の動き

厳密な定義ではありませんが、あえて対応関係をあてるとすれば以下のようになるでしょうか。

国別 日本       韓国        
戦時 日本軍従軍慰安婦 国連軍・韓国軍慰安婦
平時 占領軍慰安婦   基地村慰安婦    

従軍慰安婦は、1930年代前半から日本敗戦まで日本軍将兵用の性奴隷として内地・植民地・占領地から意に反して強制的に連行され日本軍用慰安所で強姦された戦時性暴力被害者です。占領軍慰安婦は、敗戦後の日本政府が占領軍(主に米軍)向けの売春婦として騙して集めた日本人女性で強制売春の被害者です。形態を変えつつも概ね敗戦から1950年代前半まで存在したと言えるでしょう。
国連軍・韓国軍慰安婦は、主として朝鮮戦争期間中に国連軍・韓国軍向けの性奴隷として売春を強要された朝鮮半島の女性被害者です。基地村慰安婦は、朝鮮戦争休戦後も残った米軍向けの売春婦を隔離して管理したもので、やはり事実上は売春を強要された被害者と言えるでしょう。1960年代〜70年代が主です。国連軍・韓国軍慰安婦と基地村慰安婦は、連続性も見られ分割するのが適当かどうか難しいところですが、後者は行政政策としての側面が強いことから分割しておきます。

これらはそれぞれ異なる点もあり、類似する点あり、連続する系譜であるとも言え、全体として把握するにはなかなか難しい問題です。
国連軍・韓国軍慰安婦については、以前「国連軍・韓国軍慰安婦の話」という記事で取り上げました。問題が表面化したのは2002年ですから、日本軍従軍慰安婦問題に比べて約10年くらい遅れたと言えます。しかしながら研究は進められ、実態が明らかになりつつあります。

 まず朝鮮戦争中には「特殊慰安隊」と称された、韓国軍に管理された「慰安婦」が存在していたという。漢城大学の金貴玉教授が、証言や記録などから2002年にその存在を明らかにしたもので、軍による10代少女の「強制連行」なども行われ、韓国軍・米軍兵士を相手に「慰安行為」をさせられていたと金教授は主張している。その運営は、日本軍の慰安婦制度を参考に行われていたとされる。
 もっとも韓国メディアはこの問題をほとんど黙殺、金教授にも「身辺に気を付けたほうがいい」と警告が来るような状態で、韓国内では日本軍「慰安婦」と違いその存在はまったく無視されていると言っていい。

http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20131111-00000004-jct-soci

J-CASTニュースはこのようにネット情報程度の認識ですが、「身辺に気を付けたほうがいい」などの脅迫は従軍慰安婦問題や南京事件などの研究者にとってそれほど珍しいものではないでしょう。それに金貴玉氏らは普通に研究を続けていますし、国連軍・韓国軍慰安婦に関しては2005年の李任河氏による世界女性学大会(ソウル)での報告など成果が出ています(「軍隊と性暴力―朝鮮半島の20世紀」)。
「その存在はまったく無視されていると言っていい」というのは、千田夏光氏の「従軍慰安婦」(1973)、吉田清治氏の「私の戦争犯罪」(1983)などで日本軍従軍慰安婦の強制売春の実態が告発されてから、1991年に金学順氏が日本政府を相手に提訴するまでの日本社会が従軍慰安婦問題を無視してきたのと同レベルで正しいに過ぎません*1。下手をすれば、基地村慰安婦問題について向き合っている韓国の方が、1970年代〜80年代の日本社会の態度より誠実だと言えるかもしれません。

基地村慰安婦については日本軍従軍慰安婦と交流するなど、韓国においても社会的認知度は高いと言えるでしょう。

今回の行事は日本軍慰安婦ハルモニ3人と米軍基地村ハルモニ25人のために用意された。みな青春を奪われ平凡な家庭を作ることができずきちんとした父母の日祝宴を受けられなかった人々だ。特にこれらの人々が我が国現代史の痛みを各々象徴しているが、公式的に席を共にしたのはこの日が初めてだ。
13才で日本軍に連行されて行き6年間慰安婦生活をしなければならなかったキル・ウォンオク(83)氏は60〜70代の基地村ハルモニたちに先に慰めの言葉をかけた。「私も日本軍にやられたことが自分の誤りであるように思って最近まで隠して生きてきた。ところが、それは私たちの誤りではなく国家の誤りだったことを知ることになった。皆さんも同じだから隠れずに頑張られるように。」
行事の中間に、平沢市,南山子供の家から来た20人余りの幼稚園生たちがハルモニたちに「健康をお祈りします」とカーネーションを付けて差し上げ、楽しい歌と踊りをお披露目した。
ハルモニたちはあらかじめ準備した贈り物を相互にやりとりした。慰安婦ハルモニたちは「健康で」という話と共に漢方薬を基地村ハルモニたちにプレゼントした。基地村ハルモニたちは僅かづつ集めたお金で用意した靴下を慰安婦ハルモニたちに渡した。

http://japan.hani.co.kr/arti/politics/1629.html

この日の出会いは‘基地村女性たちと共にする女性連帯’(以下 女性連帯)が主軸になり準備された。女性連帯には韓国挺身隊問題対策協議会,日差し社会福祉会,結い部屋などの女性団体と研究者などが参加している。ウ・スンドク日差し社会福祉会代表は「慰安婦ハルモニたちの力をもらって、平沢基地村ハルモニたちも堂々と頑張って生きてゆかれればうれしい」と話した。イ・ナヨン中央大教授(社会学)は「慰安婦女性はこの間日帝収奪の象徴として照明を受けた反面、基地村女性は非難ばかりを受けてきた」として「今回の出会いは当事者たちが社会的偏見を破って自ら立ち上がった歴史の一場面」と話した。

http://japan.hani.co.kr/arti/politics/1629.html

ところが、日本が従軍慰安婦問題に向き合っていないことを正当化する上では、韓国が自らの問題に向き合っていては都合の悪いのか、否認論者は自称中立論者は韓国内での取り組みに対して無視するか著しく過小評価するかの態度を取っています。J-CASTの「韓国内では日本軍「慰安婦」と違いその存在はまったく無視されていると言っていい。」という評価はその現れとも言えるでしょう*2

そして、嫌韓バカお気に入りの定説、ライダイハン問題を持ち出し、日本が従軍慰安婦問題を否認していることを正当化します。

 一方ベトナム戦争においては、韓国軍兵士による性暴行が頻発したとされる。また現地女性との間に生まれ、ベトナムに残された「ライダイハン」と称された子供たちの問題も存在、両国の間の「しこり」となっているが、これも韓国側はおおっぴらに認めたがらない。

http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20131111-00000004-jct-soci

さてライダイハンに関してはこちらの記事が詳しいと思いますが、ジャピーノ問題の方が近いようにも思える問題です。もちろん、戦時であったことから法律婚のような形式は取っていないのが大多数だったと思われますので、それらを性暴力として捕らえるのも間違いとまでは言えないでしょう。(その場合はジャピーノ問題でも同様の認識をする必要が生じるでしょうが。)

さて、そのベトナム混血児の問題に対してですが、以下の報道があります。

日本軍慰安婦被害者のハルモニが、ベトナム戦争性暴行被害者のために支援基金を出した。

 韓国挺身隊問題対策協議会(挺対協)は、日本政府から受ける法的賠償金である「ナビ(蝶々)基金」から、ベトナム人のグエン・バン・ルオン氏(43)、グエン・ティ・キム氏(女性・43)にそれぞれ6千ドル、4千ドルを送ったと17日、明らかにした。
 挺対協は、日本軍慰安婦被害者の金福童(キム・ボクトン)ハルモニ(87)、吉元玉(キル・ウォンオク)ハルモニ(84)の意思により、ベトナム戦当時、派兵した韓国軍による性暴行で生まれたルオン氏とキム氏を助けることになったと明らかにした。日雇いでエビ獲りの仕事をしていたルオン氏は、挺対協の支援により、30年契約で畑を借り、農作業をすることができるようになった。キム氏は建物を借りて商店を開く予定だ。挺対協関係者は「ベトナム現地にいる韓国軍性暴行被害者は、大部分が(正式に)結婚できずに一人で子供を育てたり、二世も日雇い労働者や街頭での行商などをしながら、不安定な生活を送っている」と話した。

http://japan.hani.co.kr/arti/politics/14996.html

日本軍従軍慰安婦被害者らが中心となって、様々な性暴力被害者支援を行っていることがわかります。もちろん、韓国を貶めたいだけの人にはわからないでしょうが。

 さらに、最近韓国の左派系メディアで大きく報じられているのが、朴槿恵大統領の父・朴正煕元大統領の時代にも「慰安婦」が存在し、朴元大統領が自らその「管理」に携わっていたのではないか、という問題だ。
 韓国紙・ハンギョレが11月6日、野党・民主党の兪承希議員の主張として報じたところによれば、当時の朴正煕政権では「外貨獲得」のため、韓国人女性9935人を在韓米軍向けの「慰安婦」として組織していたという(1977年時点)。性病対策などには政府が直接関与、書類では「慰安婦」という言葉がそのまま使われており、朴元大統領が自らこれらの施策を決済していたことも明らかになった。
 こうした「慰安婦」の存在自体は以前から知られていたが、朴元大統領の具体的な関与が取りざたされたことは、娘である朴槿恵大統領には耳が痛い問題だ。

http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20131111-00000004-jct-soci

さて、基地村慰安婦問題です。
これは随分以前から知られており、研究の蓄積もありますが、戦時性暴力問題としてより戦後日本の売春問題に類似した問題として扱われてきました。要は売春対策としての側面です。基地村浄化委員会などはそういった側面を持っており、そもそもが米軍の要望により韓国政府が主導した政策ですから、朴正煕大統領が関与しているのは何の不思議もありません。
この問題の要点は、売春対策として行った政策がむしろ売春婦を温存させたのではないか、という指摘であり、韓国政府に対して何度も調査を求めているのに対応していないと野党議員が指摘している点であり、基地村慰安婦被害者らが韓国政府を相手に損害賠償請求を提起したという点です。
朴正煕の署名のある文書は、象徴的な存在ではあっても、それ自身で決定的な証拠になるわけではありませんので、J-CASTはこの点でもミスリードしています。

 韓国のネット掲示板にはこうした自国の「歴史問題」を挙げ、「愛国者さまたちってのは、こういう現実もわからないバカなんだよなあ」とぼやく人もあるが、今のところはごく少数に留まっている。

http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20131111-00000004-jct-soci

日本のネット上でも、嫌韓バカはもちろん、橋下氏や自称中立メディアに対して「愛国者さまたちってのは、こういう現実もわからないバカなんだよなあ」とぼやく人はほとんどいませんねぇ。

*1:1984年〜1989年までの間に朝日新聞で「慰安婦」に言及した記事はわずが35件。金学順氏の提訴があった1991年は1年で150件。http://d.hatena.ne.jp/Apeman/20111221/p1http://d.hatena.ne.jp/scopedog/20111228/1325029836

*2:まあ、単純に韓国内でどういう取り組みがなされているのか調べもしていないだけ、という可能性もありますが。