BBCが韓国基地村慰安婦による提訴を報じた件・2

前回の続き。
BBCの「(BBC)Did Korea encourage sex work at US bases?」という記事ですが、2014年6月の提訴に対し、なぜ今さら報道するのかとまず思いました。ただ、内容を見てみると、かなりちゃんと取材している様子で、なるほど5ヶ月くらいかかるのは妥当かと思えます。

基礎知識

日本のネット上ではほとんど区別されていませんが、朝鮮戦争期に韓国軍・国連軍向けの売春を強要された国連慰安婦と休戦後の駐留米軍基地付近で米兵相手の売春を強いられた基地村慰安婦は違います。いずれも人権侵害被害者であることに変わりありませんが状況はかなり違います。戦時中の日本軍慰安婦と戦後直後の占領軍慰安婦との違いというのが近いかもしれません。
人権侵害と見る上で、これをことさら分別する必要性はありませんが、当事者の主観では異なっていたりします。
BBC記事では、当事者主観を踏まえているためか、基本的に「prostitutes」と表現されています。これは、日本の慰安婦問題否認論者が、慰安婦等を侮辱するために売春婦呼ばわりするのとは全く異なるという点は踏まえておくべきでしょう。
BBC記事で言及されている元基地村慰安婦らは、自らを性奴隷ではなく売春婦だと認識しています。

BBC
Their argument is not that South Korea compelled them to work as prostitutes - this is not a case of sexual slavery - but that by instituting a system of official and compulsory check-ups on their sexual health, it was complicit, and facilitated a system which now leaves them in poverty.

http://www.bbc.com/news/magazine-30212673

一方で日本軍に売春を強要された日本軍慰安婦と異なり基地村慰安婦は渋々ではあっても売春婦となる決断を自分でしているとも指摘しています。

Moon is at pains to point out that, unlike South Korea's World War Two "comfort women" - who were forced to become sex slaves by the Japanese military - many of these women took a decision to work as prostitutes, however reluctantly. They then become trapped, however.
Once these women were there, they couldn't get out easily. They were raped continuously - raped by the manager, she says.

http://www.bbc.com/news/magazine-30212673

ただし、この辺は注意が必要です。第一に他の部分の基地村慰安婦の証言などから“渋々ながら了承した”と簡単に表現できるかというと疑問で、今の日本人から見て想像を絶するような貧困と家族を養うための重圧があり、さらに女衒に追い詰められた状況での身を裂く思いの選択を、自発的意思だとは言えないでしょう。キャシー・ムーン博士もそれを理解しているようで、“They then become trapped, however.Once these women were there, they couldn't get out easily. They were raped continuously - raped by the manager”と述べています。貧困などに追い詰められた形式上に過ぎない“自発的意思”であり、さらにそのような思いでの“選択”すら、一度入れば抜け出せない罠であり、結局貧困から抜け出せないまま売春を強いられた(They were raped continuously)、という強制売春という認識がなされています。
もう一点、注意すべきは、日本軍慰安婦は日本軍に売春を強要されたという一節("comfort women" - who were forced to become sex slaves by the Japanese military)です。厳密に言うなら、日本軍慰安婦にも強制性に様々なグラデーションがあり、日本軍慰安婦は軍による強制売春、基地村慰安婦は貧困に追い詰められた結果としての売春というような単純な線引きは難しいでしょう。両者は強制性の度合いにおいて互いに重なる部分があると言え、その点には留意すべきです。
一方で、全体として日本軍慰安婦と基地村慰安婦の強制性を集団として比べれば、日本軍慰安婦の方が強制性が高いといえるのも確かでしょう。戦時中に植民地支配をした宗主国軍隊を相手に海外の戦地で売春を強要される状況を踏まえれば、それは容易に理解できる点です。「unlike South Korea's World War Two "comfort women"」と言うのは、その辺を前提として語られていると見るべきでしょう。
BBC記事を読む上では、1.基地村慰安婦本人は自らを性奴隷とは考えていない、あるいはそう思いたくない*1、2.実態としては性奴隷に他ならずBBC記者もそれを承知の上で基地村慰安婦の意思を尊重して記事中では「prostitutes」と表現している、3.基地村慰安婦は日本軍慰安婦より強制性の度合いは低いが性奴隷であることに変わりない、という点を基礎知識として理解しておく必要があるでしょう。

それを踏まえて以下を読んでください。

日本軍慰安婦らの訴えとの違い

日本軍慰安婦らは、日本軍管理下の慰安所日本兵相手の売春を強要されたことを性暴力被害として訴えています。ある意味、構図としてはわかりやすいと言えるでしょう。これに対して、基地村慰安婦らの訴えは、韓国政府に売春を強要されたわけではないが(Their argument is not that South Korea compelled them to work as prostitutes)、公的強制的に性的健康を検査する制度を構築することで、今もなお彼女等を貧困状態に追いやるような制度構築に韓国政府が協力したことへの告発です。
言わば、国家による強制売春に対する告発ではなく、福祉政策の不備に対する告発です。
もっとも、これが彼女等の本心なのか、裁判のための戦術なのかはわかりませんが。現実問題として、韓国政府による売春強要として訴えるのは裁判上の難易度が高いでしょうから、韓国政府の福祉政策の不備として訴える方法は有効であろうと思います。

この訴訟が提起された頃に私は以下の内容を記事にあげています。提訴の内容の詳細がわからなかったので、強制売春に対する訴えであろうと認識して書いています。

日本で売春防止法が施行された3年後の1961年、韓国政府は淪落行為防止法を公布し売春を禁止する一方で同年に観光事業振興法を制定しています。翌1962年に、私娼根絶が困難であること、性売買女性の救済(悪徳抱主の搾取からの保護、貯蓄誘導、就業補導)といった名目で性売買女性を特定淪落地域という赤線地域に集めて基地村慰安婦という性売買強制システムを完成させます*2。この売春婦救済という名目を掲げた点は、日本軍慰安婦制度と大きく異なります。そしてその点が裁判での韓国政府による反論で用いられる可能性が高いと思われます。

http://d.hatena.ne.jp/scopedog/20140704/1404534816

この懸念はBBC記事でも同様に為されています。

But their case is complex. It is true that the South Korean government set up clinics, but these replaced an unofficial network of doctors, some of them poorly qualified, who certified women as free of sexually transmitted diseases. The government is not commenting on the case but it might argue, when the case comes to court, that setting up clinics wasn't facilitating prostitution but trying to protect the women involved.

彼女等のケースは複雑である。韓国政府が診療所を設置したことは事実であるが、性感染症の無いことを確認するだけの医師、それも十分な資格すらない医師たちの非公式のネットワークによって運営された。韓国政府は提訴に際して意見を述べていないものの、診療所の設置は、売春を推奨するためではなく女性たちを保護するためだったと主張することが出来る。

http://www.bbc.com/news/magazine-30212673

つまり、漫然と売春を継続させようとしたわけでも、ましてや推奨したわけでもなく、保護し救済するために診療所を設置した、と韓国政府は主張することができるという指摘です。もちろんBBC記事は、そのような主張に正当性があるとは認識していない書き方ですが、実際に裁判ではそのような主張を崩すのは容易ではありません。漫然と隔離政策が続けられたハンセン病患者に対する日本政府の不作為を訴えるのにどれほど苦労したかを考えればそれは理解できるでしょう。

それを踏まえると、救済の目的を達成できなかったという行政の不備を訴えるというやり方は効果的に思えます。

BBC記事が結構取材していると感じた点

現在、基地村と呼ばれる場所で被害者となっているのは、フィリピン人女性など外国人女性。日本でのジャパゆきさん問題と似た構造があって今回の基地村慰安婦訴訟と直接関わりはないけど重要な人権問題です。日本も同様の問題を抱えているだけに注意が必要な事案。

http://d.hatena.ne.jp/scopedog/20140704/1404534816

と以前書きましたが、件のBBC記事はそれも踏まえた上で、元基地村慰安婦の韓国人女性の現状を取材しています。

The nature of the trade has changed too. When South Korea was a poor country, South Korean women were the sellers of sex around the bases. But today, now that South Korea is an increasingly affluent society, it's largely women from Russia and the Philippines who make up the workforce.
That doesn't diminish the pain and anxiety of the elderly women who now face a comfortless old age. Jang Young-mi, in her late 60s, lives in a grim single bedroom with her three dogs. She worked in a camp-town for two decades and now has only poverty to show for it. "Maybe because I lived for so long with American soldiers, I can't fit in with Koreans," she says. "Why did my life have to turn out this way?"

http://www.bbc.com/news/magazine-30212673

韓国が貧しかった時代に“商品”として利用された韓国人女性が、今や“商品”が“輸入品”に代わった中で今もなお基地村でひっそりと一人で生きているわけです。それをちゃんと取材するBBCは大したものだな、と感心しました。取材もろくにしない産経などの日本右翼メディアとはえらい違いです。

ろくな取材もせずにBBC記事に寄生するJ-CAST

J-CASTはこんな記事を書いています。他紙の取材に寄生するなんてブロガーと大して変わんない。

韓国の「米軍慰安婦」を英BBC報じる 韓国政府による「積極的な関与」があった

J-CASTニュース 12月1日(月)19時9分配信
 慰安婦たちを集めて性病に関する説明会が開かれると、米兵だけでなく保健所の職員や警察署長、自治体の役人までが参加していたという。役人は女性たちに「もっと米兵にサービスしてくれ」と頼んだというから驚く。外貨獲得のため、韓国発展のためと強調したそうだ。これが真実なら、国は見て見ぬふりどころか積極的に関与したと言われても仕方ないだろう。
 今日、女性はいまだに偏見の目で見られ、「好きで売春婦になったのだろう」との誤解が絶えないと嘆く。本来は非合法な「性売買」が基地村周辺だけは認められていたと主張し、「米軍をずっと居させるためにそのようにしたのではないでしょうか? 私たちにドルを稼がせようとして」と怒りをにじませていた。

http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20141201-00000005-jct-soci

まるでJ-CASTが自分で取材したみたいな書き方ですが、ハンギョレに書いてあることを丸写ししているだけです。

 「お前たちが好きで(基地村生活を)したのに何が不満か、そのような質問を本当に多く聞きます。 韓国政府が米軍を引き込まなかったら、私たちがこのようになったでしょうか? 後で知ったのですが、その時期にも性売買行為は法律で禁止されていました。 米軍基地村だけで性売買が合法でした。 朴正熙政府がなぜそのような法を作ったのでしょうか。 私にはよく分かりませんが、米軍をずっと居させるためにそのようにしたのではないでしょうか? 私たちにドルを稼がせようとして。」米軍基地村の形成過程に国家のどんな政策が影響を及ぼし、それが正しかった否かは論議の余地がありうる。 しかし20歳にもならない少女が、基地村に売られてきて、そこから抜け出せずにいるのに国家が放置し続けたということについては、論議の余地なく国家の責任が問われなければならない。 キム氏は自身の幼い時期を国家が賠償しなければならないと信じている。

http://japan.hani.co.kr/arti/politics/17752.html

BBCハンギョレ記事をまとめるだけなら、自宅のパソコンの前に座っているだけで出来ます。こんな記事でお金もらえるならJ-CAST記者になりたいものです。だいたい「本来は非合法な「性売買」が基地村周辺だけは認められていたと主張し」と書いてある内容くらい自分で調べればいいのに、その程度の手間もかけないんですからお気楽としか言いようがありません。
ちなみに、1961年の淪落行為等防止法と同時期に観光事業振興法が制定され、淪落行為等防止法が適用されない「赤線地帯」である特定淪落地域が設定され、それが基地村を含んだものでした。ですから、少し調べれば、「認められていたと主張し」などと伝聞調ではなく、断言できる内容です。

基地村慰安婦について「国は見て見ぬふりどころか積極的に関与したと言われても仕方ない」なら、日本軍慰安婦なども当然非難すべきなんですけどね

日本軍の軍医や官憲が関与していたことは史料から明らかですし、日本軍が積極的に誘致したことも史料に明記されています。基地村慰安婦が批判される基準を適用すれば当然に日本軍慰安婦は問題視されるはずですが、そういったことからは目をそらす日本のメディアはもう少し羞恥心を持つべきでしょう。

韓国の「米軍慰安婦」を英BBC報じる 韓国政府による「積極的な関与」があった

J-CASTニュース 12月1日(月)19時9分配信
 従軍慰安婦と比べて、米軍慰安婦の存在はこれまであまり報じてこられなかったが、韓国政府を相手取った訴訟の提起により海外メディアも注目し始めた。ただし、前出のBBCの記事では、従軍慰安婦の場合は「日本軍によって性奴隷となるのを強制された」との表現を使っているのに対して、米軍慰安婦は「多くの場合、女性自身が売春婦として働く決断をした」となっている。韓国政府が強制したわけではないが、「慰安婦システム」をつくった疑いがあるというのだ。

http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20141201-00000005-jct-soci

基地村慰安婦を騒ぎ立てることにより日本軍慰安婦問題を矮小化しようという意図が透けて見えますが、上述したとおり、全体として日本軍慰安婦と基地村慰安婦の強制性を集団として比べれば、日本軍慰安婦の方が強制性が高いといえるのも確かですよ。
「unlike South Korea's World War Two "comfort women" - who were forced to become sex slaves by the Japanese military -」なんですよね。

基地村慰安婦と日本軍慰安婦の連帯

この件を日本軍慰安婦問題に対するカウンターくらいにしか考えていないバカが多いので、良く知られている話ですが、念のため引用しておきます。

慰安婦-基地村 ハルモニ ‘同病相憐 初の出会い’

登録 : 2009.05.09 08:27
慰安婦女性たちは関連法が制定され生活安定支援対象として生活費・住居費などの支援を受けている反面、基地村女性たちは国家賠償の対象ではない。現在、基地村女性老人の大部分は貸間などで一人で暮らしている。

この日の出会いは‘基地村女性たちと共にする女性連帯’(以下 女性連帯)が主軸になり準備された。女性連帯には韓国挺身隊問題対策協議会,日差し社会福祉会,結い部屋などの女性団体と研究者などが参加している。ウ・スンドク日差し社会福祉会代表は「慰安婦ハルモニたちの力をもらって、平沢基地村ハルモニたちも堂々と頑張って生きてゆかれればうれしい」と話した。イ・ナヨン中央大教授(社会学)は「慰安婦女性はこの間日帝収奪の象徴として照明を受けた反面、基地村女性は非難ばかりを受けてきた」として「今回の出会いは当事者たちが社会的偏見を破って自ら立ち上がった歴史の一場面」と話した。

http://japan.hani.co.kr/arti/politics/1629.html

基地村慰安婦慰安婦問題でのカウンターに利用しようとする日本メディア

これも知ってる人は多いと思いますが、今一度引用しておきましょう。

米軍基地村女性問題を悪用する日本のメディアに支援団体が取材拒否

登録 : 2014.08.21 10:39
修正 : 2014.08.22 00:46
 日本週刊誌の報道は「人権を踏みにじった日本軍慰安婦と米軍基地村女性問題を韓国と日本が一緒に悩んで解決しよう」という反省的な省察ではなく、「君逹も同じじゃないか」との冷笑的観点が大半だ。米軍基地村女性問題を利用して日本軍慰安婦問題の本質を希薄させようとする意図が入っていると見られる。このような憂慮のため、基地村女性の訴訟を支援する韓国の市民団体は、日本メディアの取材問い合わせには対応しないという方針を決めたことが伝えられた。

http://japan.hani.co.kr/arti/politics/18087.html

日本人として恥ずかしい話ですよ、全く。

*1:あるいは、こういう側面もあるかもしれません。http://japan.hani.co.kr/arti/politics/17748.html「基地村女性たちは自らを‘米軍慰安婦’と呼ぶ。 実際、1990年代初めまで政府と言論はこれら基地村女性たちを慰安婦女性と呼んでいた。 その後、韓国社会で日本軍慰安婦問題が本格的に提起され、慰安婦という用語は‘日本軍慰安婦’被害女性に限定して使われている。 今後、米軍基地村女性を何と呼ぶのかについても社会的合意が必要と思われる。」

*2:「日本軍「慰安婦」と米軍基地村の「洋公主」」http://www.ritsumei.ac.jp/acd/re/k-rsc/lcs/kiyou/pdf_23-2/RitsIILCS_23.2LEE%20Na.pdf