ならば“本来あるべき批判”をもっと応援するべきではないですか?

takuzo1213 安倍晋三
筋悪な批判はない方がマシというのも事実で、初動の遅れをスルーし「天ぷら」のみ批判するのは悪手。論理抜きで糞も味噌も一緒くたにしたり「批判の批判は敵を利する」という発想は、この国を駄目にした原因でもある 2014/02/19

http://b.hatena.ne.jp/entry/d.hatena.ne.jp/scopedog/20140219/1392742884

いやまあ「批判の批判」がしたいのなら私は別に止めやしませんし、そもそも止める力もありませんから好きになさればよろしいかと思いますよ。
ただ、「批判の批判」をしている人にとっては、政府が本来受けるべき批判を自ら行うよりも「批判の批判」の方が大事なんだな、と思うだけです。両方できてるならさほど言うことありませんが、筋悪ではない本来あるべき批判と考えるものがあるのなら、「筋悪な批判」を打ち消すくらいの声を挙げればいいだけじゃないんですかね。
今回の件で言うなら「筋悪な批判」に対して批判的なコメントをつける以上に、「本来あるべき批判」に対して応援するコメントをつけるべきじゃないんですか?

ところで「「批判の批判は敵を利する」という発想は、この国を駄目にした原因」というのには同意できません。私に言わせれば「批判の批判」を煽った挙句、本来やるべき批判を疎かにしたことこそ「この国を駄目にした原因」ですよ*1。実際、「筋悪な批判」を批判している人はたくさん見かける一方で、「本来あるべき批判」を応援している人はほとんど見かけないのですけど、これは私の観測範囲だけの問題ですかね?
意見を統制しているわけでもない以上、多かれ少なかれ「筋悪な批判」というのはどんな事案でも必ず生じるでしょうが、それを「本来あるべき批判」そっちのけで叩くのにどれほどの意義があるんでしょうかね?


もう一点、「筋悪な批判」だと言われている「天ぷら」の件ですが、実際に車内に閉じ込められたりして大変な思いをした人による批判だったとしても「筋悪な批判はない方がマシ」と批判するんでしょうか?私に言わせれば、大変な苦労をした人が首相動静などで「天ぷら」食ってたという話を見たら不愉快に思って当たり前だと思いますし、それを批判する気にはならないんですけどね。


以上一言でまとめると、批判の“仕方”が気に入らないのなら、その批判を批判するよりもまず“あるべき批判”を自ら実践すべきでしょ、ということです。
スポーツチームを批判する視聴者に「じゃあお前がやってみろ」というのは無茶ですが、この場合は自ら主張するためのネット環境を持っているわけですから*2、「じゃあお前がやってみろ」と言うのは正当な要求だと思います。

私個人の意見ですが、「本来あるべき批判」を疎かにしている人から「批判の批判」をされても真面目に聞く気にはならないですし、それはそう理不尽な話でもないと思います。

*1:「「安倍首相、天ぷら屋で会食止めて官邸で弁当食え」 それで何か事態が変わるのか、と反論が次々と J-CASTニュース 2月18日(火)20時17分配信 」(http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20140218-00000006-jct-soci&p=1)とか見てたらひどいもんです。「初動の遅れ」で批判されるべき政府は開き直り、「筋悪な批判」と批判された方は謝罪し反省を強いられる。「ブーメランを恐れる及び腰や良識ぶりっこな切断操作」(http://b.hatena.ne.jp/entry/b.hatena.ne.jp/entry/d.hatena.ne.jp/kyoumoe/20140217/1392642730) そのものじゃないですか。結果として本来批判されるべき政府は無傷のまま。

*2:「批判の批判」ができる環境にあるわけで。