「言論の自由」を抑圧しているのは文春・西岡側ですね。

産経新聞は2015年1月10日付けの社説「主張」で、「元朝日記者提訴 言論の自由に反している」というタイトルをつけ、植村氏による文春と西岡氏に対する提訴を批判しています。
つまり、文春・西岡記事という「言論」に対して司法に訴える行為を「言論の自由に反している」と表現しているわけです。

しかし産経は無視していますが、現在進行形で抑圧されているのは朝日・植村記事という「言論」です。

文春・西岡記事で煽られた結果として植村氏らに脅迫が行われている現状こそ「言論の自由に反している」と言えるでしょう。産経新聞自身、北星学園大に脅迫文が届いた事件については「言論封じのテロ」*1と呼んでいます。

言論にはあくまで言論で対峙(たいじ)すべきだ。
(略)
 だがそのことと、暴力や威力で言論を封じようとすることは全くの別問題である。
(略)
 民主主義の社会において、理由のいかんを問わず、暴力や威力による卑劣な言論封じはあってはならない。正々堂々、言論でのみ、意見を戦わすべきだ。

http://www.sankei.com/column/news/141002/clm1410020003-n1.html

植村氏に加えられている数々の脅迫や誹謗中傷は産経新聞ですら認める「暴力や威力による卑劣な言論封じ」という他ありません。
植村氏が文春・西岡記事を提訴したのは第一に文春・西岡記事が「暴力や威力による卑劣な言論封じ」を煽っているからであって、産経新聞はそのことから目を背けるべきではないでしょう。産経新聞は2015年1月10日主張で「大学や家族への脅迫を、自らを批判する記事や論文が招いたとする訴訟理由には首をひねる」などと韜晦していますが、そもそも単に朝日・植村記事を批判するのが目的であるのなら、植村氏の再就職先を文春がいちいち掲載したのは何故でしょうか。
まして文春記者に至っては、再就職先をことさら掲載するだけに飽き足らず、わざわざ再就職先の大学に「貴大学は採用にあたって(捏造記者と批判されている)事情を考慮されたのでしょうか」*2と言った質問状を出すなどの事実上の就職妨害という人権侵害行為を行っています(文春記者は北星にも同様の就職妨害を行なっている)。文春記者による、このような行為は既に「言論」とは言えないでしょう。

産経の「正々堂々、言論でのみ、意見を戦わすべきだ。」との台詞は文春記者に対してまず向けられるべき言葉です。

犯罪者でさえ服役後に再就職するにあたって就職先やその周囲に当人の犯罪歴を触れ回る行為は名誉毀損であり人権侵害に当たります。まして文春記事の場合は、2014年1月末に発売した週刊文春に「"慰安婦捏造"朝日新聞記者」という記事を出しておいて、それをもって“植村氏はメディアによって意図的な捏造を行なったという指摘があるが”「貴大学は採用にあたってこのような事情を考慮されたのでしょうか」という質問状を松蔭女子大学に出しています。文春自身が植村氏を捏造記者呼ばわりした上で、植村氏の就職先に“植村氏は捏造記者と指摘されている”とご注進しているわけですから、ほとんど自作自演です。
文春記者は朝日・植村記事という「言論」に対して、上記のような人権侵害行為を行っているわけですから「暴力や威力による卑劣な言論封じ」という他ありません。

再就職先の曝露以外の文春・西岡記事の問題点

植村氏の個人情報と言える再就職先を否定的な記事の中で殊更に曝露する行為が「暴力や威力による卑劣な言論封じ」を煽る行為であり、言論の自由をないがしろにする行為であることは言うまでもありませんが、それ以外について文春・西岡記事には問題ないのかというとそうではありません。
もちろん、言論の自由は最大限保障されるべきであり、結果的に間違っていたとしても公益性や真実相当性があれば、その言論は制限されるべきではありません。その意味では、そもそも朝日・植村記事こそ、公益性や真実相当性があるもので誹謗中傷の対象となるような言論ではありません。
そして、その公益性と真実相当性の基準は、文春・西岡記事という卑劣な誹謗中傷に対しても適用されることになります。

そうすると、文春や西岡氏がその無知や誤認からであっても朝日・植村記事を「事実誤認だ」と批判すること自体には、公益性や真実相当性が認められると言えるかも知れません。特に真実相当性については、文春や西岡氏以外の右翼メディアや右翼言論人が同様の誹謗中傷言いがかりをつけているが故に、朝日・植村記事を歪曲だと信じ込んでしまうような環境が出来ており、真実だと信じるに足る状況だという判断もありえます。
これは全く逆説的なことですが、多数の右翼メディアによる集中攻撃という人権侵害の度合いがより強い状況であるが故に、集中攻撃に新たに参加する者の責任が軽くなってしまうわけです。要するに、『多くの(右翼)メディアが朝日・植村記事を「事実誤認だ」と言っているから、私もそう思い込んだだけで悪意があったわけではない』という主張を文春や西岡氏はできるわけです。

ただし、今回の提訴では文春・西岡氏らによる「捏造」呼ばわりを重視しています。「事実誤認」に比べると「捏造」はかなり強い非難です。西岡氏は1992年の最初の朝日・植村記事に対する批判記事では「事実誤認」だと書いていましたが、2014年になって「捏造記事」だと表現を変えています。「事実誤認」は過失でありえることですが、「捏造」は意図的であることを意味します。西岡氏はなぜ、2014年になってから表現を変えたのか、植村氏が意図的であったことを示す新証拠でも手に入れたのでない限り、調子に乗ったとしか言いようがありませんが、だとすれば真実相当性はかなり希薄だと言えるでしょう。

もちろん、それでも「言論の自由」を重視すれば、「捏造記事」だという侮辱も賠償が認められるほどの事ではないかもしれません。つまり、「正々堂々、言論でのみ、意見を戦わすべき」であり、裁判で決める事ではないという意見もあると言えばあります。
しかし、今回の場合、既に反論がなされているにもかかわらず、なおも「捏造記者」という侮辱が続けられている点が重要でしょう。

文春による「捏造」呼ばわりは2014年1月に始まっていますが、2014年8月の朝日の慰安婦検証記事で朝日・植村記事に対する捏造疑惑に対する反論が為されています。

「挺身隊」との混同 当時は研究が乏しく同一視
「元慰安婦 初の証言」 記事に事実のねじ曲げない

 女子挺身隊は、戦時下で女性を軍需工場などに動員した「女子勤労挺身隊」を指し、慰安婦とはまったく別です。当時は、慰安婦問題に関する研究が進んでおらず、記者が参考にした資料などにも慰安婦と挺身隊の混同がみられたことから、誤用しました。

http://www.asahi.com/articles/ASG7M01HKG7LUTIL067.html

 また、8月11日の記事で「『女子挺身隊』の名で戦場に連行され、日本軍人相手に売春行為を強いられた『朝鮮人従軍慰安婦』」などと記したことをめぐり、キーセンとして人身売買されたことを意図的に記事では触れず、挺身隊として国家によって強制連行されたかのように書いた――との批判がある。
 慰安婦と挺身隊との混同については、前項でも触れたように、韓国でも当時慰安婦と挺身隊の混同がみられ、植村氏も誤用した。
 元慰安婦の金さんが「14歳(数え)からキーセン学校に3年間通った」と明らかにしたのは、91年8月14日に北海道新聞や韓国メディアの取材に応じた際だった。
(略)
「そもそも金さんはだまされて慰安婦にされたと語っていた」といい、8月の記事でもそのことを書いた。

http://www.asahi.com/articles/ASG7L6VT5G7LUTIL05M.html

文春・西岡氏らが問題視していた点について、しっかりと反論されています。
「挺身隊」と「慰安婦」の混同は、当時の韓国でも混同があり、資料でも混同されていたため、誤用しただけで「捏造」ではありえません。キーセン学校については、そもそも朝日・植村記事が掲載された1991年8月11日時点では明らかにされていなかったので、これも「捏造」や隠蔽の類ではありえません。「強制連行されたかのように書いた」という点についても本文で「だまされて慰安婦にされた」と書いており、「強制連行」という文言も使っていませんので、「捏造」ではなく曲解でしかありません。

「正々堂々、言論でのみ、意見を戦わすべき」

2014年1月の文春・西岡記事という「言論」に対し、朝日・植村氏側は2014年8月の朝日記事という「言論」で反論したわけです。
「挺身隊」と「慰安婦」の混同の件、(金学順氏の事例における)キーセン学校の件、(金学順氏の事例における)強制連行の件、全てに回答する内容で反論したわけですから、少なくとも、文春・西岡氏側は、その反論を受け止めた上で再反論すべきでした。それが「正々堂々、言論」で戦うということでしょう。

しかし、西岡氏は反論内容をちゃんと読むことなく、それまでどおりの誹謗中傷を繰り返しました。

2014.8.12 03:07更新

【正論】「8・15」に思う 「慰安婦」歪曲をまだ続けるのか

ごまかしと弁明ばかりで怒りが増すだけだった。(略)
植村氏は金さんが話していない経歴を創作、でっち上げたのだ。「事実のねじ曲げ」そのものだ。(略)
事実の歪曲(わいきょく)である。

http://www.sankei.com/column/news/140812/clm1408120002-n1.html

2014.8.26 08:10更新

群馬「正論」懇話会で西岡力氏講演 「朝日新聞は事実ねじ曲げた」

 前橋市日吉町の前橋商工会議所会館で25日に開かれた群馬「正論」懇話会(会長・金子才十郎カネコ種苗会長)の第35回講演会には、産経新聞社の「正論路線」に共鳴する会員や愛読者など約100人が参加し、東京基督教大教授の西岡力氏の講演に熱心に耳を傾けた。
 西岡氏は朝日新聞が5、6の両日に掲載した慰安婦報道の検証で、「女子挺身隊の名で、戦場に連行されたという『朝鮮人従軍慰安婦』」のうち、一人が名乗り出た」とした平成3年8月11日付の植村隆元記者の記事について、「貧困のためキーセンに売られたという女性の発言が書かれていない。植村氏の義理の母親は個人補償請求裁判の原告組織リーダー。裁判で有利になるよう事実を歪曲(わいきょく)した」と指摘した。

http://www.sankei.com/politics/news/140826/plt1408260003-n1.html

1991年8月当時は、どのメディアも「挺身隊」と「慰安婦」を混同していたと検証記事で説明されているにもかかわらず、「植村氏は金さんが話していない経歴を創作、でっち上げたのだ」と決め付けています。キーセン学校に通っていたことが明らかになったのは「91年8月14日に北海道新聞や韓国メディアの取材に応じた際だった」と書かれているにもかかわらず「8月11日付の植村隆元記者の記事について、「貧困のためキーセンに売られたという女性の発言が書かれていない。裁判で有利になるよう事実を歪曲(わいきょく)した」と」これも決め付けています。
1991年8月14日に明らかになったことが1991年8月11日の記事に書かれていないのは当たり前の話です。
西岡氏は、植村氏を捏造記者と決め付ける為に、朝日検証記事の都合の悪い部分を無視したとしか言いようがありません。これでは捏造しているのは西岡氏の方です。

この後、文藝春秋2015年1月号と世界2015年2月号でも植村氏は、朝日検証記事で書かれた反論内容をより丁寧に説明していますが、西岡氏の反応は変わっていません。

 西岡 私は月刊「正論」の最新号(2月号)で植村氏に全面的に反論しました。彼は手記で捏造(ねつぞう)記事を書いていないと主張しますが、元慰安婦本人が一度も話していない「女子挺身(ていしん)隊として連行」という架空の履歴を勝手に付け加えたこと、彼女が繰り返し話していた「貧困の結果、妓生(キーセン)になるために置き屋に売られ、置き屋の養父に慰安所に連れて行かれた」という本当の履歴を書かなかったことが捏造だと批判しました。

http://ironna.jp/article/825

西岡氏はこの期に及んでもなお、1991年8月14日に明らかになったことが1991年8月11日の記事に書かれなかったことを「捏造」だと言っています。

ここまで来ると、西岡氏の主張は「言論」ではなく為にする「誹謗中傷」でしかないと言ってよいでしょう。
なぜ、西岡氏は1991年8月11日が1991年8月14日より前であることが理解できないのか、それを理解してしまえば、植村氏を捏造記者扱いできないから、と考える他ありません。


文春・西岡氏らは「正々堂々、言論」で戦ってなどいません。1991年8月14日に明らかになったことが1991年8月11日の記事に書かれるわけがないという当然の論理を無視して植村氏を捏造記者呼ばわりする行為は、言論などではなく、裁かれるべき犯罪行為です。

*1:2014年10月2日 産経「主張」

*2:「世界」2015年2月、P59