独島(竹島)に対する日本側論者の認識のレベル

韓国、日本領土を不法占拠、世界中から批判!トンデモ主張し国際裁判からは逃げ惑う」という林秀英氏による記事があります。内容的には「世界中から批判!」に相当する具体的な記載は一切なく、“日本側が全て正しい、韓国側が全て間違い”という先入観ありきの低レベルな記述です。

バカバカしいですが、一応指摘しておきます。

きっかけは李明博竹島上陸(2012)?

2015.09.20

韓国、日本領土を不法占拠、世界中から批判!トンデモ主張し国際裁判からは逃げ惑う

文=林秀英/ジャーナリスト.
 2002年、サッカーFIFAワールドカップを日韓で共催したことをきっかけに、両国の関係は戦後もっとも近づきました。政治的には多少の問題を抱えつつも、市民レベルでは交流が活発化し、双方の文化もそれぞれの国でブームを巻き起こしました。日本では、04年にNHKで放送された『冬のソナタ』が空前の大ヒットとなり、韓流ドラマブームとなりました。韓国では、日本文化の規制が解かれ、日本のポップミュージックやアニメが大量に流入しました。
 しかし12年8月10日、韓国の李明博大統領が竹島に上陸したことをきっかけに、日韓関係は急速に悪化しました。同日、開催中だったロンドンオリンピックで日本対韓国のサッカーの試合後に、韓国選手が「独島(竹島)は韓国の領土」と主張するプラカードを掲げてグラウンドを駆け回り、世界的な注目を浴びる問題となりました。

http://biz-journal.jp/2015/09/post_11640.html

独島(竹島)問題に関する最近の日本側論者に共通する傾向ですが、“2012年の李明博大統領の竹島上陸が日韓関係を悪化させた原因だ”という主張です。この都市伝説にはいくつかバリエーションがありますが、少なくとも“領土問題の契機は李明博竹島上陸だ”という内容が骨格になっています。
しかし、現在に至る独島(竹島)問題の起点はまず、2005年3月16日の島根県議会(議席の3分の2が自民党)による「竹島の日」の制定でしょう。領土問題としての独島(竹島)問題はこの「竹島の日」制定以降急速に悪化し始め、2012年の李明博の独島(竹島)上陸によって日韓双方ともに引けない状態に至ったわけです。
この間の経緯については、国立国会図書館調査及び立法考査局外交防衛課の山本健太郎氏の「竹島をめぐる日韓領土問題の近年の経緯―島根県の「竹島の日」制定から李明博韓国大統領の竹島上陸まで―」に詳しいです。
林秀英記事は、この2005年の「竹島の日」制定以降の動きを全く踏まえていない点でレベルが低いと言えます。

李承晩ラインは軍事境界線

林秀英氏は従軍慰安婦問題に関してもトンデモな否認論を展開していたようですが、今回の主題からは外れますのでここでは取り上げません。

 竹島の領有権は、日韓関係を論じる上で慰安婦問題と並ぶ最大の懸案事項となっています。7月7日付本連載記事『韓国のトンデモ思考回路 証拠なき慰安婦強制連行を“常識化”』において、慰安婦の強制連行に関する疑問を提示しましたが、今回は竹島問題を取り上げてみます。
 そもそも竹島の領有権問題が浮上したのは、1952年が最初です。当時韓国大統領だった李承晩が、一方的に日本海上に軍事境界線を設定し、同線内の広大な水域の漁業管轄権を主張しました。その内側に竹島は含まれています。この軍事境界線を「李承晩ライン」と呼んでいます。

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何か李承晩ラインを軍事境界線呼ばわりしていますが、実際は「李承晩韓国大統領の隣接海洋に対する主権宣言」と呼ばれるもので、その内容は基本的に海洋資源に関する境界線の設定であって軍事境界線ではありません。また、名称こそ「海洋主権宣言」ですが、領海主張ではなく、今で言う排他的経済水域EEZ)に近い主張です。実際、この宣言では「本主権の宣言は、公海上の自由航海権を妨害するものではない」と明記されていたりします。ちなみに第二次大戦以降、海洋先進国優位の海洋法体系に対して海洋後進国が領海の拡大や海洋資源管理の主張を強めていく流れがあるのですが、李承晩ラインもその流れのひとつに過ぎません。

李承晩ラインはサンフランシスコ平和条約違反?

 日米両国はこれに対し、「国際法上の慣例を無視した措置」として強く抗議しました。しかし、当時日本は第2次世界大戦の終局的な条約であるサンフランシスコ平和条約に署名はしていたものの、発効前であったため、日本の主権は回復していなかったのです。また、李承晩ラインはサンフランシスコ平和条約違反であるが、韓国は同条約に調印していないため、効力は及ばない状態でした。
 その後、韓国は沿岸警備隊の駐留部隊を竹島に派遣し、現在に至るまで事実上支配しています。この李承晩ライン設定時点では、日本の海上自衛隊の前身組織である海上警備隊・警備隊はまだ存在していなかったため、対抗する術はありませんでした。

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ここで「「国際法上の慣例を無視した措置」として強く抗議」と言っているのが、海洋先進国優位の海洋法体系に基づく主張です。領海を著しく狭い範囲しか認めず、それ以外を全て公海として“どの国も自由に資源を利用できる海”とする主張で、一見平等に見えますが、多数の漁船団や高い漁獲技術、あるいは海底資源の開発技術を持っている海洋先進国が、他国領海ぎりぎりまで“公海”と称して資源強奪できる主張です。20世紀に入ってから、こういった海洋先進国優位の法体系を変えようと様々な国が色んな主張を始めていますが、例えば領海範囲を拡張すべきというのもそのひとつで、かつては3海里とされていた領海幅をソ連は12海里にすることを主張しましたし、アメリカも1945年のトルーマン宣言で領海を越える公海における海洋資源に対する排他的権利を主張しました。李承晩ライン翌年の1953年にはオーストラリアも主権的権利を主張する大陸棚宣言を出し、10年後の1965年にはニュージーランドも漁業水域を12海里に拡張しています*1。こういった20世紀を通じた海洋法体系の変遷を理解せずに、李承晩ラインの断罪のみ興味を抱くのは、偏ってると言わざるを得ません。

それはさておき、林秀英氏は「李承晩ラインはサンフランシスコ平和条約違反である」と断言していますが、これもかなり意味不明です。サンフランシスコ平和条約は第二次大戦を起こした枢軸国である日本が敗北し、戦勝国側の条件を飲んだ上で国交を回復させるための平和条約です。条約交渉中の文書でどうのという右翼の主張は見かけますが、条約条文には独島(竹島)にも李承晩ラインにも触れていませんし、条約第1条bや、第2条a、第9条を好意的に解釈しても条約違反とは言えないでしょう。

中世以前の史料は日韓ともどっちもどっちだったりする

ここまでデタラメを述べてきた林秀英氏ですが、ここでようやく独島(竹島)に関する歴史的見地について記述します。しかし、これがお粗末極まるものでした。

歴史的見地では

 つまり、実質的には韓国が不法占拠している状況ですが、韓国が領有権を主張する根拠はどこにあるのでしょうか。
 それは、1145年に編纂された『三国史記』において、512年に于山国は新羅(朝鮮)に服属していると示されていることに由来します。そして、この于山国に含まれる于山島が竹島であるというのです。ちなみに、日本側の史料上確認できる領有権の根拠は江戸時代の1600年代のものがもっとも古いため、仮に于山島が竹島と同一であれば、韓国の領有権主張は筋が通っていることになります。
 しかし、于山島は明らかに現在の鬱陵島です。竹島とは90キロほど離れた別の島です。『三国史記』においても「于山島は一説に鬱陵島ともいう」と明記されています。また、他の文書においても、于山島の生態や自然描写が明らかに竹島と異なっています。韓国の領有権主張の根拠は「于山島=竹島」の上に成り立っているため、これが崩れると主張の正当性がなくなってしまいます。

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私個人の見解ですが絶海の無人島の領有権問題に関しては、高麗時代以前や江戸時代より以前の航法未発達、国家主権意識の未成熟な時代の史料に大した価値はないと思っています。古い資料では、日韓ともに鬱陵島との区別すら判然としないものが多く、しかも居住不能な無人島である独島(竹島)を自国領だと殊更宣言するようなことも時代的に考えにくいため、せいぜい存在を認識していた程度しかわかりません。特に、17世紀後半の竹島一件以前の史料は、日韓いずれも鬱陵島と混同されているかのような独島(竹島)認識を示す史料ばかりで何とも判断できません。ちなみに竹島一件以降は、独島(竹島)が鬱陵島の一部といった認識で扱われることが多くなっています。
林秀英氏が指摘する上記引用中の「三国史記」についても、于山島と鬱陵島の取り扱いが微妙で何とも判断できません。ただし、「韓国の領有権主張の根拠は「于山島=竹島」の上に成り立っている」というのは、林秀英氏の虚偽ですね。
実際には韓国側も様々な史料を集めた上で主張しているのであって、最古の史料記載が曖昧だからといって主張の根拠が崩れるようなことはありません。日韓史料全体を眺めても、基本的に、(1)独島(竹島)が鬱陵島と一緒に扱われている史料が多いこと、(2)鬱陵島が古来から韓国側の領土として日韓双方で認識されてきたこと、が示されており、韓国側の主張にはそれなりの説得力があります。
決定的なのは、1877年に日本政府が「伺之趣竹島外一島ノ義本邦関係無之義ト可相心得事」として、鬱陵島と独島(竹島)が日本領ではないと明言している点です(「独島(竹島)に対する1877年時点における日本政府の認識」で書いた通り)。少なくとも日本政府による「固有の領土」論はここで破綻しています。
もっとも、この件は日本側にとって余りにも都合が悪いため、日本側は曲解に曲解を重ねた強弁でこれを否定していますが。

1960年以降、日本側は重ねて国際裁判にかけることを要求している?

少なくとも日本側の「固有の領土」論はかなり怪しいと言わざるを得ず、現実問題として日露戦争時に日本が韓国を軍事占領した状態での竹島領有に正当性があるかというのが主たる論点になるはずですが、林秀英氏にはそれが理解できず、国際裁判をすれば日本が必ず勝つと妄信し、韓国側は裁判に負けると自覚しているから裁判を拒否していると決め付けているわけです。

 このように、竹島は歴史的資料から見ても、国際法上の正当性に照らしても、韓国側が不利な状況です。そのため1960年以降、日本側は重ねて国際裁判にかけることを要求していますが、韓国は拒否し続けています。つまり、客観的に見て分が悪いことを認識しているのです。アメリカも李承晩ライン設定以降、幾度となく竹島を日本に返還するように韓国政府へ圧力をかけていますので、日本の領土であると認識していることは明らかです。また、昨今急速に韓国との距離を縮めている中国も、竹島の領有権は日本にあると公式に認めています。

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ちなみに日本が独島(竹島)問題について国際司法裁判所への付託を提案したのは、1954年9月と1962年3月の2回が確認できています。国交正常化以降に付託提案したのは、知る限りでは2012年の民主党政権時代です。この民主党政権時代に、右翼メディアの産経新聞と野党自民党国際司法裁判所への付託を繰り返し煽り立て、単独提訴すら検討されるに至っています*2。外務副大臣が提訴見送りを示唆しただけで、産経と安倍自民は激しく攻撃しています。
ところが、安倍自民党が政権奪還した途端に単独提訴が見送られ、民主政権時代にICJ提訴を散々煽ってきた産経新聞は沈黙してしまいます。民主政権時代はこんな感じで煽ってたんですけどね。

【主張】竹島問題 ICJへの提訴どうした(2012.11.2 03:24)

「提訴をこれ以上先送りしては、日本の主張の本気度を疑われる。「方針は何一つ変わっていない」(藤村修官房長官)のであれば、速やかに提訴すべきだ。」
「ICJに単独で提訴しても韓国が裁判を拒否すれば、審理は行われない。しかし、韓国には拒否理由を説明する義務が生じる。一連の手続きによって日本の竹島領有の正当性を国際社会に知らしめることに、大きな意義がある。」
「領土主権は外交判断などよりはるかに重いものである。日本は提訴をためらってはならない。」

http://d.hatena.ne.jp/scopedog/20130109/1357740389

2013年1月に安倍政権が「島根県竹島の領有権問題をめぐる国際司法裁判所(ICJ)への単独提訴を当面、行わない方針を固めた」ことに対して、産経新聞は全く意見することなく沈黙したわけです。

ところで、林秀英氏の言う「アメリカも李承晩ライン設定以降、幾度となく竹島を日本に返還するように韓国政府へ圧力をかけています」と「中国も、竹島の領有権は日本にあると公式に認めています」という点については、ソースがわかりませんでした。そもそも紛争当事国でない第三国が、領有権の認定を公式にやるとはかなり考えにくいんですけどね。

林秀英氏は少しは史料を調べるべきだと思う。

 資料の上で不利な韓国は、既成事実を積み重ねて対抗する姿勢を見せています。竹島の実効支配強化もそのひとつです。また、韓国で18年度から使用される高校の歴史教科書では、慰安婦問題や竹島問題に関する記述を強化する方針が打ち出されました。さらに今年4月には、日本の中学歴史教科書において「韓国固有の領土である独島(竹島)に対する不当な主張を強化し、明白な歴史的事実を歪曲」しているとして韓国外交省が日本を非難する声明を出しました。
 外務省は、「韓国による竹島の占拠は、国際法上何ら根拠がないまま行われている不法占拠であり、韓国がこのような不法占拠に基づいて竹島に対して行ういかなる措置も法的な正当性を有するものではありません」と、韓国が不当に占拠していると指摘しています。
 その上で、「日本は竹島の領有権を巡る問題について、国際法にのっとり、冷静かつ平和的に紛争を解決する」との考えを示していますが、韓国が国際裁判に応じない以上、国際法にのっとり平和的に解決できる日が訪れるのかはあやしいものです。
(文=林秀英/ジャーナリスト)

http://biz-journal.jp/2015/09/post_11640.html

この部分はとにかく韓国側の主張は間違い、日本側の主張は正しい、という先入観だけで資料的な根拠は皆無ですね。「韓国で18年度から使用される高校の歴史教科書」について指摘していますけど、2005年以降に日本の教科書で独島(竹島)に関する記述が増えていることについて全く触れないのも偏ってるとしか言いようがありません。

“韓国が全面降伏しなければ解決しない”と言った恣意的なボーダーラインを設定しつつ「国際法にのっとり平和的に解決できる日が訪れるのかはあやしいものです」などと嘯くのは醜悪極まりない態度ですね。