スマイス調査をろくに読まない、あるいは都合の悪い箇所は「スマイスの推測に過ぎない」と貶める否定論者

以前の「スマイス調査をろくに読まない否定論者」に対して、渡邉斉己氏が反論してきました。

「南京事件」に関する私論へのHATENA::DAIARY様の反論への反論

反論箇所1

渡邉氏による“スマイス調査に記載された被害者について「その加害者が日・中いずれであるかを全く問題にしていない」”という主張が誤りであるとこちらが指摘した件に対する渡邉氏による反論です。

本調査「まえがき」(M・Sベイツ)には「われわれ自身の立場は戦争の犠牲者にたいする国境をこえた人道主義の立場である。この報告書のなかでわれわれはほとんど「中国人」とか「日本人」等の言葉を使うことなく、ただ農民・主婦・子供を念頭に置いている」と書いている。実際、第4表「日付別による死傷者数および死傷原因」の死亡原因は軍事行動、兵士の暴行という区分はあるが、その加害者が日中いずれであるかのく分がなされていない。そもそも50戸に1戸の割合で抽出した数字を50倍した被害者数について加害者が誰であったかを正確に推定できるだろうか。なお、この「報告書の作成と調査結果の分析について、指揮者は金陵大学のM・Sベイツ博士の貴重な協力を得た」となっていおり、『戦争とはなにか』でベイツの果たした役割を考えると、その作為がこの分析に反映したことは当然である。

http://sitiheigakususume.cocolog-nifty.com/blog/2015/11/hatenadaiary-e7.html

要点は以下の2つ。
(i).スマイス調査の表4には「加害者が日中いずれであるかのく分がなされていない」し、「まえがき」にも「われわれはほとんど「中国人」とか「日本人」等の言葉を使うことなく」と書いてあるから、「その加害者が日・中いずれであるかを全く問題にしていない」と渡邉氏は結論付けた。
(ii).「『戦争とはなにか』でベイツの果たした役割を考えると、その作為が(報告書の作成と調査結果の分析)に反映」されたに違いない、と渡邉氏が考えている。

反論への反論に対する反論1

(i)は要するにスマイス調査に書かれた被害について加害者が明記されていないのだから、日本軍による加害とは言えない、ということですが、最初の指摘記事でも引用した部分に少しだけ追加して示します。

Of those killed 2,400 (74 per cent) were killed by soldiers' violence apart from military operations.(1)
There is reason to expect under-reporting of deaths and violence at the hands of the Japanese soldiers, because of the fear of retaliation from the army of occupation.

https://en.wikisource.org/wiki/War_Damage_in_the_Nanking_area_Dec._1937_to_Mar._1938

軍事行動の巻き添えではない兵士たちの意図的な暴力による死者は2400人に上るが、占領軍の報復を恐れて日本軍による死傷被害については過小評価されている可能性があると記載されています。普通に読めば、主たる加害者が日本軍であるという前提での記載としか読めないでしょう。
ベイツの記述「まえがき」として引用した部分が以下です。

For the period covered in the surveys, most of the looting in the entire area, and practically all of the violence against civilians, was also done by the Japanese forces - whether justifiably or unjustifiably in terms of policy, is not for us to decide.

https://en.wikisource.org/wiki/War_Damage_in_the_Nanking_area_Dec._1937_to_Mar._1938

調査対象期間における、全地域での略奪のほとんど(most of the looting in the entire area)、民間人に対する暴力のほぼ全て(practically all of the violence against civilians)は日本軍によって為された、とはっきり書かれています。「加害者が日中いずれであるかのく分がなされていない」のではなく、虐殺・暴行のほぼ全て(practically all)について日本軍が加害者であると言っているわけです。

このベイツの記述は渡邉氏にとって都合が悪かったせいか、(ii)の主張に繋がります。「『戦争とはなにか』でベイツの果たした役割を考えると、その作為が(報告書の作成と調査結果の分析)に反映」されたに違いない、という渡邉氏の示唆ですが、要するにベイツが作為的に捏造・改竄したとほのめかしているわけです。しかし、その根拠は一切示されません。
「『戦争とはなにか』でベイツの果たした役割」なるほのめかしだけで、渡邉氏や否定論者たちにとっては十分なのでしょうが、これでは反論とは言えません。

反論箇所2+反論への反論に対する反論2

占領軍の報復を恐れて日本軍による死傷被害については過小評価されている可能性があるとの指摘に対する渡邉氏の反論が以下です。

この英文資料の邦訳は『日中戦争資料9南京事件?』(s49年刊)で読むことができる。この本をご存じないか、それとも訳文に不満か。この文章はスマイスの推測。そもそも加害者を特定しない調査であるから日本軍の報復を怖れる必要はないと思うが。

http://sitiheigakususume.cocolog-nifty.com/blog/2015/11/hatenadaiary-e7.html

前半部分の意図はよく分かりません。英語というかなり一般的な言語で書かれたWEB上で閲覧できる原文資料があるのに、わざわざ書籍の邦訳にあたる必要性はあるとも思えませんし。これがロシア語とかアラビア語とかであれば、邦訳にあたりますけど、英語ですからねぇ。
後半部分はあきれる他ありません。「加害者を特定しない調査」なら、ソ連軍占領下でもイスラム支配下でも住民は何も恐れず被害実態について答えてくれると思ってるんでしょうか。
「There is reason to expect under-reporting」という可能性の指摘ですから「スマイスの推測」なのは当然の話ですが、重要なのはその推測が妥当かどうかであって、占領軍による暴力被害について占領下の住民が訴え出る上での心理的障壁という一般的な認識があれば、「スマイスの推測」が妥当なのは誰でも分かる話です。南京事件否定論者は、加害者が日本軍の場合だけ、そういう一般的な認識を喪失する傾向が強いんですよね。


反論箇所3+反論への反論に対する反論3

渡邉氏は最初の記事で、「(虐殺拉致被害者)6,600人は、一般市民ではなくこの期間に掃討された兵士の数である可能性が大である」と何の根拠もなく決め付けています。要するに渡邉氏の推測に過ぎないわけですが、スマイス報告にはこう明記されています(前記事で指摘済みですけどね)。

The figures here reported are for civilians, with the very slight possibility of the inclusion of a few scattered soldiers.

https://en.wikisource.org/wiki/War_Damage_in_the_Nanking_area_Dec._1937_to_Mar._1938

これに対する渡邉氏の反論が以下です。

これもスマイスの推測に過ぎない。6.600人の内拉致された4,200人について、スマイスは「拉致された男子は少なくとも形式的に元中国兵であったという罪状をきせられた。さもなければ、彼らは荷役と労務に使われた」と記している。兵士の暴行による男1,800人の死亡の47%846人が元兵士であったとすると、5,046人が元兵士の疑いをかけられたことになる。

http://sitiheigakususume.cocolog-nifty.com/blog/2015/11/hatenadaiary-e7.html

渡邉氏は自らの推測に過ぎない「6,600人は、一般市民ではな」いという主張にスマイス報告の記載をもって反論されると、「これもスマイスの推測に過ぎない」と否定するわけですが、スマイスと渡邉氏では同じ推測でも信憑性に雲泥の差があります(どちら泥の方かはあえて言いませんけど)。
さて、渡邉氏は、拉致被害者4200人を敗残兵と決め付けている根拠をスマイス報告の記述に求めていますが、「形式的に」と書かれているのが読めなかったのでしょうか。
原文は「often accused, at least in form, of being ex-soldiers」ですね。

The men taken away were often accused, at least in form, of being ex-soldiers; or were used as carriers and laborers. Hence it is not surprising to find that 55 per cent of them were between the ages of 15 and 29 years; with another 36 per cent between 30 and 44 years.

https://en.wikisource.org/wiki/War_Damage_in_the_Nanking_area_Dec._1937_to_Mar._1938

言うまでもなく、元兵士と告発された(accused)イコール兵士ではありません。まして形式的(in form)では話になりません。どうも渡邉氏にとって、20〜40歳くらいの中国人男性は全て兵士と見なして拉致して構わない存在のようですね。

この調子でずっと渡邉氏の反論と称するものが続くのですが、すべてに反論すべきかどうか悩みます。「拉致と連行とは違うのでは。」とか訳の分からぬものまでありますから。