実践重視自体は正しいと思うけど、理念を軽視して良いわけではないと思う

この件。
「若者の怒りに応えてない」ブラックバイトユニオン代表に聞いた"日本のリベラル"(The Huffington Post | 執筆者: 泉谷由梨子)
実務的に取り組んでいること自体は評価できるんですけど、理念を軽視するのはやはり良くないと思うんだよね。そういう実務的な運動が権利として守られているのは憲法という理念があってのことだし。
具体的にはこの部分。

——「SEALDs」の学生のデモはどう評価しますか?

リスペクトしている部分もあります。僕も何度かデモには行きました。学生を中心に、国会前に10万人集めるっていうのは、そう簡単にできることではないので、すごいなって思います。
ただ、デモ自体はとても重要なことだとは思うんですけど、それだけではやっぱり変わらないわけですよね。普通の学生が集ってああやって声を上げていくっていうことは新しかったと思うんですが、結局主張している内容自体は旧来の日本的なリベラルの人たちとそう変わらないっていう感じはありました。だから、あれ以上の広がりがなかったのではないかなと思います。
僕はそれよりも、現実の問題に取り組む、そういう権利侵害を改善していくってことをやっぱりやるべきじゃないかと思っていました。
一番、違和感があったのは「憲法が変えられる、壊されることによって僕らの生活が壊される」っていう主張です。しかし、既に僕らの生活は壊れてると思うんです。憲法があろうがなかろうが、僕らの生活ってもう壊れていて、別に憲法9条に僕らの生活が守られているっていう実感なんてないんですよ。そこはあんまり共感できなかったところではありますね。
僕らの働き方や生活はボロボロで、足元が崩れてしまっています。その足元から民主主義をつくっていく、そういう実践が必要だと考えていて、そのための取り組みをやらなきゃいけないなっていうのは思ってました。

http://www.huffingtonpost.jp/2016/11/02/black-company_n_12765160.html

憲法があろうがなかろうが、僕らの生活ってもう壊れていて」というのは実感としては多分、正しいんだと思いますが、実践として行っている団体交渉の権利はまず憲法によって保障されているわけですよね。

第二十八条  勤労者の団結する権利及び団体交渉その他の団体行動をする権利は、これを保障する。

http://law.e-gov.go.jp/htmldata/S21/S21KE000.html

この条文自体は自民党改憲案でも変更の対象ではありませんが*1、問題は自民党改憲案の第12条です。

自民党改憲案)
第十二条
この憲法が国民に保障する自由及び権利は、国民の不断の努力により、保持されなければならない。
国民は、これを濫用してはならず、自由及び権利には責任及び義務が伴うことを自覚し、常に公益及び公の秩序に反してはならない。

http://tcoj.blog.fc2.com/blog-entry-12.html

「責任及び義務」なんてまさにブラックバイトで学生に押し付けられた文言ですよね。それに第28条で保障されている団体交渉権にしても「公益及び公の秩序に反してはならない」という制限がかかっています(現行憲法では「公共の福祉のためにこれを利用する責任」と記載)。
自民党改憲案が通った場合、団体交渉の権利は公益に適うか否かで判断されるわけですが、ブラックバイトに関する団体交渉が公益に適うどうかを説明する必要性ってありますかね?
ブラックバイトユニオンが実践してきたことって、まず学生らの権利を守るための行動であって、それが公益や公の秩序に適うかどうかなんて考えていないと思うんですよね。だって「僕らの働き方や生活はボロボロで、足元が崩れてしまっています」という認識なんですから、それどころじゃないはずなんですよ。

憲法が壊れるっていうのは、「足元から民主主義をつくっていく、そういう実践が必要だと考えて」も、その行動すらできなくなることを意味しています。だから決して軽視していい話じゃないと思うんですよね。
どん底だ!と思っていても、そのどん底すら崩れてさらに下層に落ちていく恐れがあるわけです。
実践は大事ですけど、理念の裏打ちもまた大事であって、その辺りは理解しておいてほしいと思います。


——それを踏まえて、改めて今年の選挙を振り返ってどう思いましたか

都知事選も参院選でも不満は、福祉が争点にならなかったことですよね。野党も、結局安保の話などを争点にしていました。現実的に、生活がボロボロになっている。なのに、そこに魅力的な政策なりビジョンなりっていうのを提示できなかった。そこを争点とすべきだったと、僕は思います。全然そこが、政治の議論になっていない。これだけ貧困が広がっていて、みんなの足元が崩れて、生活が苦しくなっているのに。
野党はそれが十分にできていない、むしろ与党の方が、上手くやっていましたよね。参院選の直前に、給付型奨学金を作りますという方針を出したりしました。今後、どれだけ本気で取り組むのかは分かりませんが。色んな福祉政策や経済政策を並べて、本来ならリベラルがやるべき土俵で、むしろ与党側が戦おうとしてたわけですよね。で、それに対して野党側は実感を伴わない、改憲を争点にしようとして争っていった構図でした。だから普通に、実感としては自分の生活がよくなる方向に投票しますよね。「憲法を守る」ってことが自分の生活を守るって直結する実感はないです、そうなったら勝てないですよね。

http://www.huffingtonpost.jp/2016/11/02/black-company_n_12765160.html

これも同じで「「憲法を守る」ってことが自分の生活を守るって直結する実感はない」ってのは、かなり危険なんですよね。
与党が出した「給付型奨学金を作りますという方針」は団体交渉権よりも大事か、という視点が落ちてしまいますので。
「色んな福祉政策や経済政策」を並べたところで「公益及び公の秩序に反し」ない範囲でしか認めない、という条件をも含めて認めますか、という認識が本来必要でしょう。

理念が現実の土台になっていることが見えていないのは怖いことなんですけどね

——「日本のリベラル」についてどう思いますか。

これだけ社会が崩れてきているのに、鳥越さんのように本来リベラルな立場にある人たちって、この社会の矛盾に取り組んだり、矛盾を生み出さない社会の仕組みをつくったりしていかなければいけない。でも今の状況に全然応えられてないですよね。「憲法9条を守ろう」とか、理念的なことばっかり言っていて、現実的な問題に全然興味を示さないというか取り組んでいない。現実が見えてないことがわかってしまっている。鳥越さんの発言じゃないですけど、「裕福になったから、若者が声を上げない」とか何を知って言ってるのだろうって思います。
あと普通に、お説教くさいところが嫌ですよね。(笑)なんか偉そうに理念を語ってくるのが嫌です。
今の状況で理念ばっかり語っていても仕方がないと思いますし、やっぱり現実に起きているいろんな問題に取り組むべきだと思うし、まずそこから始めないと仕方ないんじゃないの?って思いますけどね。いくら理念を言っていても人はついていきませんよ。やっぱり現実の問題に目を向けることが重要だと思います。

http://www.huffingtonpost.jp/2016/11/02/black-company_n_12765160.html

「偉そうに理念を語ってくるのが嫌」というのは“現場”の意見としてはあるのかも知れませんけど、理念軽視はやはりいただけません。
“国家のため国益のためには労働三権は制限せざるを得ないが、国家の恩恵として若者に職と福祉を与えよう”という政権は支持すべきではないと思いますが、「いくら理念を言っていても人はついていきませんよ」といって前半を軽視し、後半を「現実の問題に目を向けること」と認識してしまうと、支持するようなことになりかねないんですよね。

権利は天与のものであって国家による恩恵ではない、という考えを「お説教くさい」とか言って敬遠してると、いずれ国家に飼いならされることになるんじゃないかな、と不安です。

*1:文言の使い方などで若干の変更はありますが