事件報道で出てきたら注意するべき疾患名・SBSとPTSD

この件。
「自分が冤罪被害とは」事故1年後に逮捕の母 乳幼児揺さぶられ症候群(毎日新聞2019年1月20日 19時30分(最終更新 1月20日 23時36分))

乳幼児揺さぶられ症候群(Shaken Baby Syndrome)については冤罪を懸念すべき点がありましたので、「「揺さぶられ」無罪相次ぐ 検察、立証見直しも」という動きが出てきたのは歓迎です。

言うまでも無く実際に虐待した結果としてSBSになっている被害児もいるとは思いますので慎重な判断が必要なのは確かですが、虐待の可能性を過剰に評価することで親など他者の人権を損なってはいけないのもまた確かです。
SBSの判定基準は「(1)頭の静脈が切れ、脳内に血がたまる硬膜下血腫(2)網膜の出血(3)脳に水がたまる脳浮腫」の三徴候だとされていますが、この徴候が揺さぶった場合でなくとも生じうるという医学的知見によって見直しの動きが出ているようです。

個人的には医学的知見の問題以上に、疾患を安易に司法判断に持ち込むことの方に問題を感じています。

SBSで逮捕され殺人や傷害の容疑をかけられるのは基本的に、被害児を最後に抱っこしていた者です。
要するに“最後に抱っこしていたのはお前だから、お前がやったに違いない”というレベルの決め付けで犯人扱いされるわけです。
SBSという診断名さえつけば、最後に抱っこしていた者を逮捕し、起訴すれば有罪にされてきたという感じです。
はっきり言って司法の手抜きとしか言いようのないロジックですが、これまではこの論理で有罪にされてきたわけですから怖い話です。

診断名に胡坐をかいた判決が出る疾患としては、他にも心的外傷後ストレス障害(Post Traumatic Stress Disorder)があります。

このPTSDが他の疾患に比べて特殊なのは、心的外傷を受けた原因となる体験が明示される点です。

例えば、打撲とかの場合なら診断書には打撲としか書かれず、“誰に殴られたか”なんてことは書かれません。それは医師の判断することではないからです。
ところが、PTSDの場合“Aさんに脅されたショックでPTSDになった”と診断書に書かれます。
DSM-IVでのPTSDと診断するための条件はこんな感じです。

A.以下の2条件を備えた外傷的出来事を体験したことがある。
1.実際に死亡したり重傷を負ったりするような(あるいは危うくそのような目に遭いそうな)出来事を、あるいは自分や他人の身体が損なわれるような危機状況を、体験ないし目撃したか、そうした出来事や状況に直面した。
2.当人が示す反応としては、強い恐怖心や無力感や戦慄がある。
【備考】 子どもの場合には、むしろ行動の混乱ないし興奮という形で表出することもある。 B.外傷的な出来事は、次のいずれかの(あるいはいくつかの)形で、繰り返し再体験される。

http://www.02.246.ne.jp/~kasahara/psycho/ptsd_dsm.html

PTSDと診断したということは、上記のような外傷的出来事を体験したという条件を満たしたということですから診断書にもまず書かれます。
この診断書が裁判所に出されると面倒なことになります。
“Aさんに脅されたショックでPTSDになった”という診断書の場合、本来なら裁判官は、本当にAさんに脅されたという事実はあったのか?あったとしてはそれは刑法上の罪に問える程度のものなのかを考える必要があります。ですが、それらが全て診断書の中に書かれてしまっていますから、裁判官が手を抜こうとするなら、“専門家たる医師の診断書を全面的に信用して”判決を下すことができます。
言うまでもなく、医師が真面目に診断した結果としてPTSDという診断が出たのだとしても、医師は司法的な観点でAさんに脅されたという事実はあったのか?などという確認をしたりはせず、あくまで医学的な観点で判断しているに過ぎませんので、それをそのまま司法判断に持ち込むべきではありません。ですがPTSDという疾患の性質上、裁判官の判断すべきことと医師の判断すべきことの重複が出てしまい、かつ、医学の専門家ではない裁判官が診断書を否定するには心理的ハードルがあるという問題があるわけですね。

医学の専門家が“Aさんに脅されたショックでPTSDになった”と言っているのに、医学の専門家でもない裁判官がそんなはずはないとかはなかなか言いにくい、と。

そんな感じの理由で、私自身は事件報道などでPTSDの主張を見かけた場合は色々判断を留保するようにしています。



「自分が冤罪被害とは」事故1年後に逮捕の母 乳幼児揺さぶられ症候群

毎日新聞2019年1月20日 19時30分(最終更新 1月20日 23時36分)

 乳幼児を激しく揺さぶり頭部にけがをさせる「乳幼児揺さぶられ症候群(SBS)」を疑われ、逮捕直後に釈放されて不起訴になった女性がいる。大阪府守口市の主婦、菅家良弥(かんけかずみ)さん(38)。生後7カ月の長男への傷害容疑での取り調べで、自白の強要や暴言も受けたという。「自分が冤罪(えんざい)に巻き込まれるとは思ってもみなかった。虐待と決めつける捜査はやめてほしい」と訴えている。
 菅家さんは2004年に結婚したが子宝に恵まれず、不妊治療を続けて17年1月に待望の長男を授かった。
 事故は同年8月に起きた。つかまり立ちを始めたばかりの長男が、自宅で頭から転倒。床で後頭部を強打して意識を失い、救急車で運ばれた。手術で一命を取り留めたが、意識が戻ったのは2週間後。泣いて喜んだが、そこから長い闘いが始まった。
 同年10月に大阪府警の刑事が自宅を訪れ、任意で事情を聴かれた。「説明すれば分かってもらえる」と信じ、ポリグラフ(うそ発見器)検査にも応じた。
 事故から1年以上たった昨年9月、傷害容疑で逮捕された。家宅捜索も受け、長男の回復を願う思いをつづった手帳も押収された。
 菅家さんによると、取調室で刑事から「お前は良い母親の仮面をかぶったうそつき」「息子の脳はスカスカ。一生障害者や」などと罵倒されたという。会えない我が子と、信じてくれる夫を思い、黙って耐えた。
 ただ逮捕前からカルテを取り寄せ、弁護士を通じて鑑定を依頼。専門医が、転倒が原因だとして虐待を否定する意見書を出していた。結局、逮捕の2日後に釈放され、昨年12月末に不起訴処分(容疑不十分)が決まった。
 長男は退院できたが児童相談所に保護され、今も乳児院で生活。菅家さんは一緒に暮らせる日を夢見て施設に通い、リハビリを見守っている。
 不起訴後も、警察や検察から何の説明もない。「事故だと説明したのに全く聞いてくれなかった。警察はこれ以上、私のように苦しむ人を出さないでほしい」と強調した。【遠藤浩二

SBS巡り無罪や不起訴のケースが相次ぐ

 SBSを巡って近年、逮捕された保護者が裁判で無罪になったり不起訴になったりするケースが相次いでいる。欧米などでは、安易な捜査に警鐘を鳴らす専門家も増えている。
 SBSは、1秒間に頭を前後に3往復させるほど強く揺さぶることで起きる。(1)頭の静脈が切れ、脳内に血がたまる硬膜下血腫(2)網膜の出血(3)脳に水がたまる脳浮腫――の3症状が特徴とされる。
 1980~90年以降、「乳幼児に3症状があり、体に目立った傷がなければ揺さぶりと推定できる」という考え方が欧米の医師に定着し、他国にも広がった。
 しかし、近年は「低い位置から落ちても同じ症状が出る」という研究も発表され、欧米で検証が進んでいる。国内では、2017年9月に弁護士や研究者が「SBS検証プロジェクト」を結成。疑われた保護者を弁護し、各地で研修会などを開いている。
 不起訴や無罪判決が相次ぐ現状に、ある捜査幹部は「現場は密室で、被害者は乳幼児のため証言できない。専門家の意見も分かれ、立証は難しい」と打ち明ける。
 プロジェクトの共同代表を務める笹倉香奈・甲南大教授は「慎重な判断が必要だと裁判所も気付き始めた」と評価。「冤罪(えんざい)で親子が引き離されるのは司法と医学が生む悲劇。弁護士や裁判所に知識がないと、有罪と判断されてしまう」と指摘する。【遠藤浩二

https://mainichi.jp/articles/20190120/k00/00m/040/137000c