混同しないための判断基準

津田大介と「宇崎ちゃん」と「あいちトリエンナーレ」ダブスタ騒動 (山本一郎 2019/11/07 23:32 )

こういう内容を流布して、人権と表現の自由の双方を傷つけるような連中がいますので少し書いておきます。
両騒動ではっきりと異なっているのは、提示する側が訴えたい内容と批判されている内容が一致しているかどうかです。

赤十字「宇崎ちゃん」騒動では、提示する側の訴えたい内容は献血の勧誘であって、それを批判している人は誰もいません*1
それに対して「あいちトリエンナーレ」表現の不自由展では、提示する側の訴えたい内容は慰安婦を意味する少女像であり、天皇の写真が燃える映像であり、まさにそれが批判されました。
つまり、赤十字「宇崎ちゃん」騒動の場合、提示する側が献血勧誘のための別の手段を採ることで批判を受け入れつつ目的を達成できるのに対して、表現の不自由展では批判されているものが提示する側の訴えたい内容そのものであるために批判を拒否するか目的を諦めるかしかない二者択一の状態だったわけです。


では、排外差別団体による「あいちトリカエナハーレ2019「表現の自由展」」についてはどうでしょうか。

赤十字「宇崎ちゃん」騒動と異なり、「あいちトリカエナハーレ2019「表現の自由展」」は、批判されているものが提示する側の訴えたい内容そのものであるという点では「あいちトリエンナーレ」表現の不自由展と共通します。違いは、内容そのものです。

「あいちトリカエナハーレ2019「表現の自由展」」は、特定の集団に対する差別・偏見を煽るものであり、要するにヘイトスピーチに他なりません。これに対して「あいちトリエンナーレ」表現の不自由展にはヘイトスピーチの要素はありません。

本邦外出身者に対する不当な差別的言動の解消に向けた取組の推進に関する法律ヘイトスピーチ禁止法)の定義に照らして、「あいちトリカエナハーレ2019「表現の自由展」」がヘイトスピーチであり、「あいちトリエンナーレ」表現の不自由展はヘイトスピーチにあたらないことは言うまでもありません。

(定義)
第二条 この法律において「本邦外出身者に対する不当な差別的言動」とは、専ら本邦の域外にある国若しくは地域の出身である者又はその子孫であって適法に居住するもの(以下この条において「本邦外出身者」という。)に対する差別的意識を助長し又は誘発する目的で公然とその生命、身体、自由、名誉若しくは財産に危害を加える旨を告知し又は本邦外出身者を著しく侮蔑するなど、本邦の域外にある国又は地域の出身であることを理由として、本邦外出身者を地域社会から排除することを煽動する不当な差別的言動をいう。

https://elaws.e-gov.go.jp/search/elawsSearch/elaws_search/lsg0500/detail?lawId=428AC1000000068

この法律上の定義だけで、大村秀章愛知県知事の「あいちトリエンナーレ」表現の不自由展に対する言動と「あいちトリカエナハーレ2019「表現の自由展」」に対する言動は整合的に矛盾無く理解できます。


法律以外の点を踏まえても、慰安婦を意味する少女像も天皇の写真が燃える映像も、誰か特定の個人・集団に対する差別・偏見を煽ってはいません。

慰安婦問題とは「当時の軍の関与の下に、多数の女性の名誉と尊厳を深く傷つけた問題である」(河野談話)というのは、今のところはまだ日本の公式見解であり、学問的にも少なくとも同様の理解が確立しています。補償や謝罪が十分か否かは見解が分かれるかも知れませんが、河野談話にて「われわれはこのような歴史の真実を回避することなく、むしろこれを歴史の教訓として直視していきたい。われわれは、歴史研究、歴史教育を通じて、このような問題を永く記憶にとどめ、同じ過ちを決して繰り返さないという固い決意を改めて表明する」と宣言している以上、慰安婦を意味する少女像を日本人に対するヘイトスピーチだと解釈する余地は一切ありません。

天皇の写真が燃える映像も天皇に対する攻撃を意図した展示でないことは何度も示されていますし、仮に天皇に対する直接的な非難を示す展示であったとしても、具体的な危害を煽動しているのでない限りは表現の自由の範囲内ですし、そもそも、日常生活において危害を加えられる現実的な懸念のある外国人差別煽動と同一視できるものではありません。

つまり、単純に批判対象とされた人物・集団にとってのリスクという点で見ても、「あいちトリカエナハーレ2019「表現の自由展」」によって生じるリスクは、「あいちトリエンナーレ」表現の不自由展によって生じるリスクを遥かに上回る具体的な危険性を有しているという点で明らかに異なります。前者は放置することによって深刻な人権侵害あるいは刑事事件に発展するおそれが非常に高く、それに対して後者を放置してもそのおそれはほとんど皆無であり、同様に扱うことは出来ません。



*1:いや、探せばごく稀にいるのかもしれませんが・・・