新型コロナウイルスに対する防疫の失敗は法の不整備のせいではなく政府の不手際のせい

一応、最初に擁護しておきますが、潜伏期間の長さや潜伏期間中にも感染が広まるという新型コロナウイルスの特性上、日本国内に入ってくること自体を完全に阻止するのはまず不可能で遅かれ早かれ市中感染までいっただろうなとは思っています。台湾は早期に入国制限をかけていて現時点で判明している感染者数は少ないものの(2月25日0時現在 台湾:30人*1)、正直これも時間の問題だと思います*2

潜伏期間の長い感染症を水際で完全に食い止めることは原則的に不可能ですから、基本的に入国制限措置は国内での発症に備えるための時間稼ぎに過ぎません。

日本政府は最初に日本国内で感染者を確認した1月16日*3以降、適切に備えたと言えるかが一つの評価指標になります。検疫や国内発症時の備えが十分だったかですが、その前に法的にそれが可能だったかどうかを見ておきます。
“法律が整備されていないから出来なかった、政府はよくやっている”という擁護が正しいかどうかを判断するためです。
憲法改正が必要”だという主張は論外なので省略。

チャーター便での帰国者に対して検査できなかったのは法律の不整備のせいか?

1月29日のチャーター便第1便での帰国者206人のうち、2名は当初検査を拒否しましたが、その際に法律上、検査を強制できないという弁明がされていました。
しかし、感染症法上の「新感染症」または「指定感染症」として指定すれば、法律上検査を強制することができました*4

日本政府が新型コロナウイルス感染症感染症法上の指定感染症とする政令を公布したのは1月28日ですが、施行は当初2月7日からとされました。しかし、既に日本国内で感染者を確認していたにも関わらず、政令公布まで10日間以上もかかっているのはいかにも遅いと言えます。
また、政令公布には時間がかかるというのであれば、SARSの時のように「新感染症」に指定すれば政令も必要ありませんでした。1月28日に新感染症に指定しておけば、即日か遅くとも翌日には発効しました。

すなわち、現行の法律でチャーター便での帰国者にウイルス検査を強制することは可能でしたが、日本政府の政令公布が遅れたために1月29日の第1便では強制できなかったにすぎません。
法律の不備ではなく、日本政府の不手際です。

クルーズ船の検疫・隔離が失敗したのは法律の不整備or国際法の制約のせいか?

2月3日に寄港したダイヤモンドプリンセス号に対して、法律の不整備または国際法上の制約のため検疫に失敗したという弁明もあります。

例えば、「危機意識の低さから初動の失敗を招いたのでは…新型コロナウイルスへの対応からみる日本危機管理の“弱点”(2/25(火) 12:04配信 FNN.jpプライムオンライン)」という記事で自民党佐藤正久参院議員がこんなことを言っています。

船の運営会社は米・船籍は英…不明確な指揮系統で混乱か

反町理キャスター:
初動対応で乗員を下船させるという選択肢が考えられたときに、日本政府がその要求や交渉を行ったという経緯はあるんですか? したのであれば、なぜ下船させられなかった?

前外務副大臣陸自化学科隊員 佐藤正久参院議員:
交渉はあったと思う。受け入れ施設の問題と、運営会社の反対があったという可能性がある。法的には、運営会社が下船させないと言えば下船させることはできない。

https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20200225-00010003-fnnprimev-pol

まず、佐藤正久議員は与党議員なのですから、(乗員を下船させる)「交渉はあったと思う」ではなく、交渉があったかどうかを調べるべきですね。これでは全く部外者の感想にしかなりません。

受け入れ施設の問題というのは確かに、特定感染症指定医療機関が4施設10床、第一種感染症指定医療機関が55施設103床*5、第二種感染症指定医療機関が632施設5692床*6しかないことを考慮すればわからないでもありません。しかし、検疫法は「緊急その他やむを得ない理由があるとき」は感染症指定医療機関以外の病院・診療所に停留を委託することも認めています(検疫法16条1項・2項)。

「法的には、運営会社が下船させないと言えば下船させることはできない」というのもおかしいですね。検疫法の条文はこうなっています。

(停留)
第十六条 第十四条第一項第二号に規定する停留は、第二条第一号に掲げる感染症の病原体に感染したおそれのある者については、期間を定めて、特定感染症指定医療機関又は第一種感染症指定医療機関に入院を委託して行う。ただし、緊急その他やむを得ない理由があるときは、特定感染症指定医療機関若しくは第一種感染症指定医療機関以外の病院若しくは診療所であつて検疫所長が適当と認めるものにその入院を委託し、又は船舶の長の同意を得て、船舶内に収容して行うことができる。

https://elaws.e-gov.go.jp/search/elawsSearch/elaws_search/lsg0500/detail?lawId=326AC0000000201#59

法の条文は「病原体に感染したおそれのある者」に対する措置を規定しており、乗員・乗客の区別をしていませんし、むしろ、船内に留めておく場合について「船舶の長」の同意が必要だとしており、船外の医療機関に入院させることについては同意を必要としていません。

出入国管理及び難民認定法では「船舶等の長又はその船舶等を運航する運送業者の申請」が必要ですが、申請があれば緊急上陸の許可を出すことが出来ました。

(緊急上陸の許可)
第十七条 入国審査官は、船舶等に乗つている外国人が疾病その他の事故により治療等のため緊急に上陸する必要を生じたときは、当該外国人が乗つている船舶等の長又はその船舶等を運航する運送業者の申請に基づき、厚生労働大臣又は出入国在留管理庁長官の指定する医師の診断を経て、その事由がなくなるまでの間、当該外国人に対し緊急上陸を許可することができる。

https://elaws.e-gov.go.jp/search/elawsSearch/elaws_search/lsg0500/detail?lawId=326CO0000000319#227

もし、日本政府がクルーズ船の船長や運航会社に対して緊急上陸の申請を出すように求めたにも関わらず、先方が申請を拒んだというのであれば、日本政府の責任とは言えないでしょうが、そういう事実がなければ、日本政府の責任は免れないでしょう。

反町理キャスター:
もともと運営会社がアメリカ、船籍がイギリス。しかしアメリカやイギリスのメディアは「日本の対応がけしからん」という論調。おかしいですよね?

前外務副大臣陸自化学科隊員 佐藤正久参院議員:
おかしい。私も非常に不満に思う。今回は船の運営会社がアメリカ、船籍がイギリス、検疫を行うのが日本、ここの分担をどうするか国際協議で決めていかなければならない。日本があまりにも全部に対応している状況。

https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20200225-00010003-fnnprimev-pol

日本で検疫を行う以上、検疫の責任は日本にあるのは当たり前です。緊急上陸の申請などで運営会社や船長が協力しなかったというなら、その責任を問うことはできるでしょうが、そういう事実が無いのであれば、日本が全部対応して当たり前で、不満に思うこと自体がおかしいです。


なお、検疫法上の隔離・停留は、検疫法2条で定義される検疫感染症に対してであって、2月3日時点では新型コロナウイルス感染症はこの検疫感染症に指定されていませんでした。指定されるのは、2月13日の政令によってで効力は2月14日から発生しています(検疫法34条)。そのため、2月3日から13日までの11日間、ダイヤモンドプリンセス号に対して検疫法15条の隔離、16条の停留を適用することができませんでした(2月13日までのクルーズ船の扱いは、法律上は停留ではなく検疫だったと思われます。)。

しかし、新型コロナウイルス感染症が検疫法34条の対象であると政令で規定されていれば、法律上は検疫法にある隔離・停留の対応ができました。
これも日本政府による政令が遅れたため、法律が適用できなかったにすぎません。

ちなみに2週間を超えて停留・隔離することは法律上できない、という主張もありますが、その期間も政令で定められているものですから、政府がその気になれば延長は可能です。念のため。



*1:新型コロナウイルス、感染者が確認された国と地域(25日0時現在)

*2:台湾が武漢からの旅行者入国を禁止したのは1月22日ですが、この時点で潜伏期間中の感染者が多数入国していたはずで、そこから感染が拡大している可能性は現在でも否定できない。入国制限以前の入国者に対して疫学的な追跡調査を行って接触者全員の陰性を確認しているなら別だが(https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20200225-00000030-cnippou-kr

*3:https://www.mhlw.go.jp/stf/newpage_08906.html

*4:http://scopedog.hatenablog.com/entry/2020/02/01/080000

*5:https://www.mhlw.go.jp/bunya/kenkou/kekkaku-kansenshou15/02-02.html

*6:https://www.mhlw.go.jp/bunya/kenkou/kekkaku-kansenshou15/02-02-01.html