橋下徹氏がひどい歪曲で安倍政権を擁護している件

この件。
橋下徹「新型コロナで政府の初動が遅れた本当の理由」(3/11(水) 11:16配信 プレジデントオンライン)

安倍政権のCOVID-19(2019型コロナウイルス肺炎)対応不備の一つである指定感染症への指定遅れですが、橋下氏はこの責任を厚生科学審議会に押し付け安倍政権の責任を否定し、逆に安倍政権の措置を賛美する方向の記事を書いています。

「■新型コロナウイルス肺炎「騒動」の出発点は専門家の判断ミス」とある節タイトル部分の記載がほとんど全編デタラメというひどいものです。

1月20日習近平が乗り出してから武漢の状況が世界に発信された?

新型コロナウイルス肺炎「騒動」の出発点は専門家の判断ミス

 昨年末に、中国の武漢市で怪しい感染症が広まっているという噂が発生したが中国当局はこれを必死にもみ消していた。
 そして今年に入って、その騒動がどんどん大きくなり、1月20日、ついに習近平国家主席が乗り出した。ここで、武漢市が新型コロナウイルス肺炎で大変なことになっていることが世界的に発信された。

https://headlines.yahoo.co.jp/article?a=20200311-00033424-president-pol

まず、2019年12月時点での中国当局の対応が優れたものではなかったという指摘ならば否定はしませんが、「中国当局はこれを必死にもみ消していた」というと、12月31日に中国当局がWHOに原因不明の肺炎について報告していることから、橋下説は控えめに言っても誇張でしょう。

On 31 December 2019, WHO was informed of a cluster of cases of pneumonia of unknown cause detected in Wuhan City, Hubei Province of China.

https://www.who.int/westernpacific/emergencies/covid-19

橋下記事では「武漢市が新型コロナウイルス肺炎で大変なことになっていることが世界的に発信された」のは2020年1月20日以降だと読めますが、これは誤りで、実際には2019年12月31日の時点で中国当局は原因不明の肺炎(この時点では原因不明)についてWHOに報告しています。また、それを受けて、台湾は武漢からの帰国者に対して肺炎症状の申告と10日間の健康観察を求める措置をとっています*1
ですから、12月31日以降1月20日までに日本が何も対応を取らなかったとすれば、それは中国が隠蔽したからではなく、既に世界に発信されていた情報を日本が見落としたからにすぎません(実際には日本の厚労省も1月6日に注意喚起を出しています)。

指定感染症に指定するか判断するのは厚生科学審議会の権限?

続けて橋下氏はこう言っています。

 日本において感染症に対して政治行政が積極的に対応するためには、まずはその感染症が「法律上に位置づけられる感染症」であることが必要である。
 当時、日本において新型コロナウイルス肺炎は法律上の感染症ではなかった。そこで法律上の感染症に指定する作業(指定感染症への指定)が必要になるのだが、それは厚生労働省に置かれた厚生科学審議会の専門家が判断することになっていた。

https://headlines.yahoo.co.jp/article?a=20200311-00033424-president-pol

そもそも新感染症に指定しておけばよかったという話*2もありますが、橋下氏は都合が悪いのかそれを無視しています。
まあ、それはおくとして、問題は「法律上の感染症に指定する作業(指定感染症への指定)」を「厚生科学審議会の専門家が判断すること」だと言っている点です。おそらく感染症法7条3項の「政令の制定又は改廃の立案をしようとするときは、あらかじめ、厚生科学審議会の意見を聴かなければならない。」という条文に依拠した主張だと思いますが、そのまま条文読めばわかる通り、厚生科学審議会は意見を言うだけであって、判断する権限は持っていません。

厚労省設置法8条にも、厚生科学審議会のつかさどる事務は、あくまでも“公衆衛生に関する重要事項に関し、厚生労働大臣又は関係行政機関に意見を述べること”だと書かれていて指定するかどうかの判断は求めていません。

厚生科学審議会がWHOがまだ非常事態宣言を出していないという理由で新型コロナウイルス肺炎の指定感染症指定を見送っていた?

橋下氏はこうも言っています。

 この専門家会議は、新型コロナウイルス肺炎を指定感染症に指定するのは時期尚早として、指定を見送っていた。その主たる理由は、WHO(世界保健機関)がまだ非常事態宣言を出していないから、というものであった。

https://headlines.yahoo.co.jp/article?a=20200311-00033424-president-pol

“厚生科学審議会がCOVID-19の指定感染症指定に反対した”という証拠を橋下氏は提示していませんので、真偽を判定しにくいのですが「WHO(世界保健機関)がまだ非常事態宣言を出していないから」という理由を挙げているのを見ると、ほぼ間違いなくウソですね。

例えば、MERS(中東呼吸器症候群)も2014年7月16日の政令で指定感染症に指定されています*3が、MERSに関してWHOは、PHEIC(国際的に懸念される公衆衛生上の緊急事態)を宣言していません。それどころか、MERSは日本国内で確認されてもいません。それでも、MERSは指定感染症に指定されています。
今回のCOVID-19に対してだけ日本国内で感染者が確認された(2020年1月16日)にもかかわらず、WHOが非常事態宣言を出していないという理由で厚生科学審議会が指定感染症指定に反対したというのは、常識的に考えてありえないと思います。

橋下氏がガセを掴んだのか、自ら尾ひれをつけたのかいずれかだと思われます。

WHOは「大騒ぎするな。中国への渡航制限や、中国からの入国制限をやるべきではない」と言い続けた?

さらに橋下氏はこう続けます。

 WHOも国際的な専門家集団とされているが、彼ら彼女らは、「大騒ぎするな。中国への渡航制限や、中国からの入国制限をやるべきではない」と言い続けていた。
 (略)

https://headlines.yahoo.co.jp/article?a=20200311-00033424-president-pol

しかし、WHOはPHEICの宣言を見送った1月23日の時点でも、“中国国内においては緊急事態である”と明言しています。

I’m not declaring a Public Health Emergency of International Concern today. As it was yesterday, the Emergency Committee was divided over whether the outbreak of novel coronavirus represents a PHEIC or not. Make no mistake, this is though an emergency in China. But it has not yet become a global health emergency. It may yet become one.

https://www.who.int/docs/default-source/coronaviruse/transcripts/ihr-emergency-committee-for-pneumonia-due-to-the-novel-coronavirus-2019-ncov-press-briefing-transcript-23012020.pdf?sfvrsn=c1fd337e_2

また、広範な渡航制限や入国制限(broader restrictions on travel or trade)は推奨しないが、封じ込めの一環としての“exit screening at airports”は推奨しています。

For the moment, WHO does not recommend any broader restrictions on travel or trade. We recommend exit screening at airports as part of a comprehensive set of containment measures.

https://www.who.int/docs/default-source/coronaviruse/transcripts/ihr-emergency-committee-for-pneumonia-due-to-the-novel-coronavirus-2019-ncov-press-briefing-transcript-23012020.pdf?sfvrsn=c1fd337e_2

ちなみに1月20日時点で確認された感染者数は、282人(うち日本1、韓国1、タイ2)*4で、1月22日時点では581人(うち日本1、韓国1、タイ4、米国1)*5でした。
その時点で、WHOは新型コロナウイルスの危険性については以下のように説明しています(1月23日時点)。

We know that this virus causes severe disease, and that it can kill, although for most people it causes milder symptoms. We know that, among those infected, one quarter of patients have experienced severe disease. We know that most of those who have died had underlying health conditions such as hypertension, diabetes, or cardiovascular disease that weakened their immune systems.

https://www.who.int/docs/default-source/coronaviruse/transcripts/ihr-emergency-committee-for-pneumonia-due-to-the-novel-coronavirus-2019-ncov-press-briefing-transcript-23012020.pdf?sfvrsn=c1fd337e_2

これで「大騒ぎするな。」と言っているように聞こえるのなら、どうかしています。
ちなみにWHOはもともと渡航制限や入国制限には消極的で、2009年の新型インフルエンザの際も同様の対応をとっています*6。WHOがそういう方針であることは世界保健規則を見ても明らかです。

橋下氏による安倍政権賛美

そして、橋下氏は日本政府のCOVID-19対応の不備の責任を中国やWHO、厚生科学審議会の専門家に転嫁したうえで、満を持して安倍政権賛美を始めます。

 このように新型コロナウイルス肺炎を指定感染症に指定しない専門家会議は頼りにならないので、安倍政権は、1月28日に政治判断(閣議決定)によって、指定感染症に指定した。法律上の建前は厚生科学審議会という専門家会議の意見を聴かなければならないことになっていたが、安倍政権は頼りにならないこの専門家会議の議論をすっ飛ばし、形式的に専門家の間で書面を回覧する持ち回り決議という方法で手続きを進めたのである。

https://headlines.yahoo.co.jp/article?a=20200311-00033424-president-pol

2014年にMERSを指定感染症に指定した際も別に厚生科学審議会が開かれたわけではないので*7、その時と同じように対応しただけで、COVID-19に対して、特別な対応をしたわけでもないと思われます。
橋下氏は、安倍首相を賛美するために、安倍首相が英断を下したかのように話を盛っているとしか言いようがありません。

 こうして安倍政権は、政治判断による閣議決定によって、新型コロナウイルス肺炎を指定感染症に指定したわけで、ここでは厚生科学審議会という専門家会議は事実上まったく機能していなかった。

https://headlines.yahoo.co.jp/article?a=20200311-00033424-president-pol

そもそも、厚労相が厚生科学審議会の意見をいつ求めたのかすら全く不明で、橋下氏も明らかにしておらず空想に満ちた安倍賛歌としか評しようがありません。
また、閣議決定が政治判断なのは当たり前です。

 このように新型コロナウイルス肺炎が指定感染症に指定されたことによって、ここから日本政府は、様々な行動をとることができるようになったのである。

https://headlines.yahoo.co.jp/article?a=20200311-00033424-president-pol

別記事でも何度か指摘しましたが、指定感染症、新感染症への指定は厚労省の権限であり、政府の一存でできることです。日本政府が行動をとる必要があると認識しているなら、厚生科学審議会の意見に関わりなく、政令を公布すればよかっただけです。

 2月1日からは、中国武漢市からの入国制限が始まり、感染症法・検疫法の適用も始まった。すべては政治判断による指定感染症への指定から始まったのであり(厳密に言えば入国制限は、感染症を理由とする規定ではなく公安を理由とする規定を使うウルトラCをやったので指定感染症の指定とは関係ないのだが)、当時、専門家たちは、新型コロナウイルス肺炎に対してここまでの危機意識をほとんど持っていなかったのである。

https://headlines.yahoo.co.jp/article?a=20200311-00033424-president-pol

感染症法・検疫法の適用」が「指定感染症への指定から始まった」のは当たり前の話で賛美するようなことでもなく、むしろ指定が遅かったという批判がされるべきですが、橋下氏はその責任を中国、WHO、厚生科学審議会の専門家を押し付けて、安倍政権を免罪しています。

さらに言えば、検疫法上の停留や隔離に関する規定への適用は、1月28日の政令ではなく2月13日の政令によってであり、さらに2週間ほど遅れています。

橋下氏が「ウルトラC」と絶賛している入管法5条1項14号の適用は、検疫と関係なく拒絶できる条文で絶賛するようなことではなく、むしろ批判すべきでしょうが、ファシズムの傾向の強い橋下氏にとっては絶賛の理由になっているようです。
なお、「1月31日の閣議決定」で「本邦への上陸の申請日前14 日以内に中華人民共和国湖北省における滞在歴がある外国人及び同省において発行された同国旅券を所持する外国人」の入国を拒否し、2月12日の閣議了解湖北省のほかに浙江省を追加、2月16日の閣議了解でウエステルダム号の乗客・乗員を追加、その後、韓国の大邱及び慶尚北道清道郡を追加し、さらに3月6日の閣議了解で、韓国の慶尚北道慶山市,安東市,永川市,漆谷郡,義城郡,星州郡及び軍威郡とイランのコム州,テヘラン州を追加、3月10日の閣議了解で、イランのアルボルズ州,イスファハン州,ガズヴィーン州,ゴレスタン州,セムナーン州,マーザンダラン州,マルキャズィ州及びロレスタン州とイタリアのヴェネト州エミリア=ロマーニャ州ピエモンテ州マルケ州及びロンバルディア州サンマリノ全域を追加しています。

日本政府は防疫上の理由だと主張するでしょうけど乱用と言っていい状況です。
例えば、ウエステルダム号の乗客・乗員は今もって上陸拒否の対象とされていますが、2月16日の決定から既に3週間以上経過している以上、既に防疫上の正当性があるとは思えません。

また、橋下氏は「当時、専門家たちは、新型コロナウイルス肺炎に対してここまでの危機意識をほとんど持っていなかった」と決めつけていますが、国立感染症研究所は1月17日の時点で感染症法15条の適用を前提とした調査を開始しています*8。橋下氏が責任を押し付けている厚生科学審議会のメンバーには国立感染症研究所の前所長も含まれていますが、彼らが危機意識を持っていなかったとか、普通に考えてありえませんね。

橋下氏は「この専門家会議は、新型コロナウイルス肺炎を指定感染症に指定するのは時期尚早として、指定を見送っていた」と言っていますが、具体的にいつ、厚生科学審議会の誰が、指定感染症への指定に反対したのか明確にすべきでしょうね。