前回の続き。
新型コロナウイルス感染症に対する日本政府の対応ですが、いくつかの点を除けば、対応そのものは基本的には間違ってはいません。
間違っていたいくつかの点というのは、例えばクルーズ船対応については、関東圏の病院を選定して、可能な限り早く感染した乗客・乗員(疑い含む)の入院用に割り当て陸上に移送すべきだったという点ですね。感染症指定医療機関以外を多く割り当てる必要がありますから、感染症対策のための金銭的補償なども含めて政府が対応すべきだったと思います。
もう一つの間違いは、「本邦への上陸の申請日前 14 日以内に中華人民共和国湖北省における滞在歴がある外国人及び同省において発行された同国旅券を所持する外国人については、特段の事情がない限り、出入国管理及び難民認定法第5条第1項第 14 号に該当する外国人であると解する」という対応です。「本邦への上陸の申請日前 14 日以内に中華人民共和国湖北省における滞在歴がある外国人」については感染症対策として妥当ですが、「同省において発行された同国旅券を所持する外国人」については不当です。要するに湖北省発行の旅券を持つ中国人に対する入国拒否ですが、例えば過去2週間以上中国以外に滞在していた中国人に対しても入国を拒否できる内容になっていて、感染症対策とは言えない部分があります。
それを除いた感染症対応そのもの、例えば以下のような内容は妥当です。
https://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/0000164708_00001.html現在の状況と考え方
新型コロナウイルス感染症については、これまで水際での対策を講じてきていますが、ここに来て国内の複数地域で、感染経路が明らかではない患者が散発的に発生しており、一部地域には小規模の患者クラスター(集団)が把握されている状態になっています。しかし、現時点では、まだ大規模な感染拡大が認められている地域があるわけではありません。
感染の流行を早期に終息させるためには、クラスター(集団)が次のクラスター(集団)を生み出すことを防止することが極めて重要であり、徹底した対策を講じていく必要があります。また、こうした感染拡大防止策により、患者の増加のスピードを可能な限り抑制することは、今後の国内での流行を抑える上で、重要な意味を持ちます。さらに、この時期は、今後、国内で患者数が大幅に増えた時に備え、重症者対策を中心とした医療提供体制などの必要な体制を整える準備期間にも当たります。
このような新型コロナウイルスをめぐる現在の状況を的確に把握し、国や地方自治体、医療関係者、事業者、そして国民の皆さまと一丸となって、新型コロナウイルス感染症対策を更に進めていく必要があります。
まさに今が、今後の国内での健康被害を最小限に抑える上で、極めて重要な時期です。国民の皆さまには、新型コロナウイルス感染症の特徴を踏まえ、感染の不安から適切な相談をせずに医療機関を受診することや感染しやすい環境に行くことを避けていただくようお願いします。また、手洗い、咳エチケット(咳やくしゃみをする際に、マスクやティッシュ、ハンカチ、袖を使って、口や鼻をおさえる)などを徹底し、風邪症状があれば、外出を控えていただき、やむを得ず、外出される場合にはマスクを着用していただくよう、お願いします。
この「感染拡大防止策により、患者の増加のスピードを可能な限り抑制することは、今後の国内での流行を抑える上で、重要な意味を持」つという認識は正しいです。
例えば、“潜伏期間中は感染せず、発症時の症状が特定しやすい”疾患であれば、発症中の水際阻止や入国後の発症・感染の早期阻止も可能でしょうが、潜伏期間が長く、入国時の阻止も入国後の感染拡大阻止も困難な今回のような疾患では、水際で食い止めることは不可能です。
水際対策でできるのは、感染者の大量入国を制限することで、国内での感染拡大のレベルを下げ、発生するであろう国内感染拡大に対応できる程度まで医療資源を充実できる時間を稼ぐことです。
医療資源の充実などは水際対策と並行して準備すべきことで、国内での感染例が増える前からやらなければならないことです。メディア・世論は国内での感染例が増えるまで水際対策ばかりに注目しがちで、やたらと入国制限・入国拒否を主張しますけどね。
個人的には1月中旬から2月中旬までくらいが「今後、国内で患者数が大幅に増えた時に備え、重症者対策を中心とした医療提供体制などの必要な体制を整える準備期間」だったと思っています。
前回、日本政府の対応が遅れたため法の適用が遅れたと指摘しましたが、1月中旬から2月中旬までの1か月間の日本政府の「準備期間」対応も、見る限りではお粗末な感が否めません。
まず、検査能力の貧困さがクルーズ船対応で露呈しましたよね。1日100件程度しか検査できないのでは、一般的な検疫期間である2週間で3000人以上の乗員・乗客の検査は不可能で、その時点でクルーズ船対応は破綻していました。
日本国内で感染者を確認した1月16日の翌日(1月17日)、国立感染症研究所は新型コロナウイルスに対する積極的疫学調査実施要領を作成しています。日本政府は検査能力の拡充を1月17日ころから働きかけていたかというと相当疑問で、おそらく実態に動きはじめたのはクルーズ船が寄港した2月3日よりも後でしょう。先手先手とはとてもいいがたいところです。
つまり、現在、日本政府がやっている感染症対応そのものは間違ってはいないものの、その着手は間違いなく遅れましたし、その遅れの原因は政府対応のまずさにあったとしか言いようがありません。
さらに言うなら、今回の新型コロナウイルス感染症が発生する以前から、新型感染症が発生した場合の対応について十分に検討・準備してこなかったことも日本政府の怠慢であったという他ありませんね。
例えば、日本国内で感染者を確認した日(今回の場合、2020年1月16日)を起点として、何日以内に何を準備し、どのような条件を満たせばどのような法令を適用し、どのように動くか、それをちゃんと決めておく必要があったでしょう。現下の状況を見る限り、そのような緊急時対応がちゃんと検討されていたとは到底思えません。
また、感染者が出た場合、休業・休校などの対応が必要になることを踏まえると、経済上の損失が発生し中小企業だと倒産などの可能性もありますし、休業した労働者に対する手当の法的根拠も必要になります。
一応、中小企業支援のための窓口開設は1月29日で行われており*1、新型コロナウイルス感染症を指定感染症にした政令公布の翌日であることを踏まえると、それほど遅いとは言えません。
しかし、その後政府系金融機関に対する配慮要請*2が2月7日、新型コロナウイルス感染症の影響を受ける事業者への支援策とりまとめが2月14日となっており、この辺はもう少し早くできたと思います(もし新型感染症の拡大に備えた緊急時対応を検討していたなら尚更)。
政府の緊急経済対策の決定も2月13日になってから*3ですが、水際対策が基本的に時間稼ぎでしかないということを踏まえれば、1月28日の政令公布と同時かその直後くらいにはできていていい内容ですよね。
「新型コロナウイルス感染症対策の基本方針」に至っては2月25日になってからで1か月くらい遅いですよ、これ。
政府対応の問題・まとめ
そんなわけで、今回の政府対応ですが、(1)政令による指定など政府だけでできた対応が遅かった、(2)クルーズ船対応がお粗末だった、(3)国内での感染拡大までの準備がお粗末だった、(4)そもそも平時から感染症発生という緊急時対応が十分に検討・準備されていなかった、という点で落第点としか言いようがありませんね。
基本的な方針そのものは間違っていないものの、準備がおろそかだったため対応が遅れたという以外にありません。
その他
もっとも今回の場合、メディアも大概です。
いたずらに不安を煽るばかりで有用な情報は少なかったですよね。
流行が主に中国国内にとどまっていた時期は、中国に対する偏見を煽り、中国政府に対する陰謀論をばらまき、日本政府に対して入国禁止を求めるような世論を形成し、日本にも感染が広がると、中国政府に対する陰謀論が日本政府に対する陰謀論にも反射し、マスクやアルコール消毒の買い占めを招き、感染の可能性の低い人も含めてウイルス検査を要求するような事態を招きました。
メディアがもう少し疫学や感染症対策の基本的な知識を踏まえて報道していれば良かったんですけどね。
例えば、WHOがまだパンデミックではないと宣言した時とかまだ国際的に懸念される公衆衛生上の緊急事態ではないと言っていた時、WHOは中国に買収されているとか中国に忖度しているとか散々侮辱していましたけど*4、WHOの宣言とか定義に照らせば当たり前のことしか言ってませんからね。
その他2
さて、私自身は別記事でこんなことを書きました。
2018年の肺炎での死者数は94661人、インフルエンザでの死者数は3325人、誤嚥性肺炎での死者数は38460人、不慮の事故での死者数は41238人、自殺は20031人、他殺は273人(死因簡単分類別)。
http://scopedog.hatenablog.com/entry/2020/02/20/120000
2月25日現在の政府も重症度については以下のように認識しています。
罹患しても軽症であったり、治癒する例も多いとされています。一方、重症度は、致死率がきわめて高い感染症(エボラ出血熱等)ほどではないものの、季節性インフルエンザと比べて高いリスクがあります。特に、高齢者や基礎疾患をお持ちの方では重症化するリスクが高まります。
https://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/0000164708_00001.html
老人のいる家庭や介護施設や病院などでは感染させないための注意が必要なものの、それ以外ではそれほど神経質に感染防御する必要はないと個人的には認識しています。
一方で、判明していないだけで既に多くの感染者が日本国内にもいると思っています。
ですから、和田耕治氏のこの発言に対してはある程度は理解できます。
同室者から感染した乗客はいたと考えられます。しかし、クルーなどからどれぐらい乗客に追加で感染したかはわかりません。ゼロではないかもしれませんが、リスクを勘案して、乗客の人権や国内での感染状況を含めて意思決定するしかない。
https://www.buzzfeed.com/jp/naokoiwanaga/covid-19-wada
国内でももうこれだけ広がっているのに、この方々だけをさらに隔離すべきだという根拠があるなら教えていただきたい。
“既に国内で感染が広がっているので感染の可能性のあるクルーズ船の乗客を隔離する意味は無い”というのは、政治判断としてならわかります。
まあ、和田氏は政治家ではなく医師であること、検疫の目的が感染者を国内に入れないことにあることを踏まえると、法に基づき検疫を実施する立場の医師が言うことではないと思いますが。
インタビューで和田氏は乗客を2週間以上隔離するのは法的根拠がないと何度か言っていますが、2週間という期間は1月28日の政令*5や2月13日の政令*6で決められているもので、政府にはそれを変更して延長する権限があります。
検疫法の目的「国内に常在しない感染症の病原体が船舶又は航空機を介して国内に侵入することを防止するとともに、船舶又は航空機に関してその他の感染症の予防に必要な措置を講ずること」を果たす上で、医師として2週間では足りないという医学的知見があるのであれば、政府に対して期間を延長するように要望するべきだったでしょうね。
その上で、政府が既に国内に蔓延しているので延長に意味がないと判断するのであれば、それに従うしかありませんが、医師自身の判断で「下船後に発症者が出るのは想定されたこと」といって「国内に常在しない感染症の病原体が船舶又は航空機を介して国内に侵入することを防止する」という目的を放棄したのは厳密にいえば、越権だったのではないですかね。
個人的には、法的根拠とは別に高齢者が多いであろうクルーズ船乗客を2週間以上船内に留めておいたら、新型コロナウイルスとは関係のない疾患のリスクも高まることを考慮して2週間で打ち切った、というのであれば納得できるのですが。
本来やるべき検疫はこういう内容だったはずです。
https://www.mhlw.go.jp/stf/newpage_09793.html横浜港で検疫中のクルーズ船ダイヤモンド・プリンセス号からの乗員の下船について
○ クルーズ船「ダイヤモンド・プリンセス号」では、船内におられる乗客・乗員の皆さまの健康を最大限確保するため、乗客の皆様には、それぞれの個室内で過ごしていただくようにお願いし、発熱や咳など呼吸器症状のある方に対しては新型コロナウイルスに関するPCR検査を実施して、陽性であれば下船し、医療機関で治療することで、船内での感染拡大を抑止してまいりました。
○ 今般、PCR検査を実施し、陰性であった乗員について、本日より数日間かけて、順次、下船いただき、税務大学校(和光校舎埼玉県和光市)への移動を開始いたしました(対象者数約240名(2月27日時点))。
○ 今後は、陽性の方との接触がなくなり、そのウイルスの感染のおそれがなくなった日(起算日)から14日間は健康観察として当該施設に留まり、PCR検査を行い陰性であることを確認した上でご退所いただくことになります。
検査で陰性の者を別施設に移して、14日間停留させ、その後もう一度検査をして陰性であることを確認して検疫終了という教科書通りの手順ですよね、これ*7。
その他3
一応言っておきますが、私は、特定の国の国民・特定の民族に対する入国拒否は感染症対策ではなく差別だという認識です。ですから、中国人を入国禁止にせよという主張にはもちろん、現状行われている武漢・湖北省発行のパスポート所持者の入国禁止措置にも反対です。
ですが感染症対策として、武漢・湖北省(流行地)に過去に14日間以内に滞在したことのある日本国内を常居所としていない外国人の入国を拒否すること自体は、日本の検疫能力の限界を超える期間に限定して同意できます。
日本人、日本国内を常居所としている外国人に対しては入国を認めるべきですが、それに対しても検疫措置が必要だと考えています。
ですから、武漢からのチャーター便や感染者の発生したクルーズ船の検疫については法的強制力を行使して行うべきだと思いますし、関連法の条文上、それは可能になっているという認識です。
チャーター便での帰国者やクルーズ船の乗員・乗客に対して十分な検疫措置ができなかったのは法律の不備ではなく、政府対応の遅れによるものに過ぎず、この件に関して、憲法改正はもちろん、法律の改正すら不要であるというのが私の認識です。
法律が必要だと思うのは、感染流行していない平時において感染発生時の対応を検討準備するための組織・制度の整備に関してですね。
ウイルス検査については、基本的に症状の出ていない人が検査を受ける必要はないと思いますが、流行地からチャーター便で帰国した場合や感染者が発生したクルーズ船の乗員・乗客については全員検査すべきだったと思いますね。あるいは発症者を隔離した後、14日間停留させて新たな発症者が出ないことを確認するかですね。
ダイヤモンドプリンセス号の場合、最初の2~3日で症状のある患者を全員検査・隔離し、その後新たな発症者が出なかったのならば、14日間の停留のみで終えても良かったですが、実際には新たな発症者が出続けていたわけですから(新たな発症者が徐々に乗客から乗員にシフトしたと言え)、最後の発症者を隔離してから14日間というのは停留させ続けるべきだったと思いますね。
停留場所は船内に限らず、乗客の体調等を考慮して手配出来次第、陸上の施設に移送するとかはできたと思うんですけどね。
*1:新型コロナウイルスに関する中小企業・小規模事業者支援として相談窓口を開設します
*2:新型コロナウイルス感染拡大に伴い政府系金融機関等に対し配慮要請を行いました
*3:新型ウイルス 150億円余の緊急対応策決定 政府 2020年2月13日 19時09分
*4:http://scopedog.hatenablog.com/entry/2020/02/05/080000
*5:同政令は仮検疫済証に付する期間を2週間と定めている。 https://www.mhlw.go.jp/content/10900000/000589747.pdf
*6:同政令は停留の期間を2週間と定めている。https://www.mhlw.go.jp/content/10900000/000596291.pdf
*7:税務大学校が停留施設として適切・合法かどうかという点が気になりますが。何らかの通知を出しているか、そうでなければ法的には検疫法上の停留ではなく、本人同意に基づく任意の滞在という形式なのかもしれません。