「中国浙江省の歴史研究家の著書」ではなく「イギリスの歴史研究者」ではないのかなぁ。

【外信コラム】戦争スペクタクル映画「ミッドウェー」に中国の影(2019.11.15 11:42)」の件。

産経の黒瀬悦成記者は、ミッドウェイ海戦の映画が「1942年4月の米軍による日本本土初空襲「ドゥーリットル空襲」で、中国本土に不時着した米軍爆撃機搭乗員を中国民衆が救出したことの報復として、日本軍が25万人の中国人を殺害した」ことに言及したのは、「中国の制作会社が資金提供したことから、中国政府の意に沿った内容が盛り込まれ」たからだと決めつけているようです。

Midway (2019 Movie) Teaser Trailer — Ed Skrein, Patrick Wilson, Nick Jonas


で「「25万人殺害説」は、中国浙江省の歴史研究家の著書に基づいているようだ。」と言っています。

調べてみると、「浙江党史和文献網」にこういう記載があります。

侵华日军罪行研究
金延锋
时间:2015-08-31
(抜粋)
据英国学者约翰科斯特罗写的《太平洋战争》一书记载,在浙赣战役时,“几个星期中,约有25万中国农民被屠杀,10万日本兵在乡村烧、杀、奸、掳,野蛮和凶残不亚于南京大屠杀。”日军屠杀平民时,手段极其残忍,除了枪杀、刺杀外,还有活埋、活烧、抛海、“三缚一”(三人捆一起,押到悬崖边,刺倒一个,另外两人也连带跌下悬崖)、“一弹打数人”(把人排成纵队,用一颗子弹从背后打过去,可直穿5人),等等。

http://www.zjds.org.cn/dsyj/zhyj/201508/t20150831_6290.shtml

このサイトが拠っているのは、「英国学者约翰科斯特罗」の「《太平洋战争》」ですが、これはイギリスの歴史研究者ジョン・コステロ(John Edward Costello (1943-1995) )のことで、コステロは1981年に“The Pacific War”という書を著しています。
というわけで、「中国浙江省の歴史研究家の著書」ではなく「イギリスの歴史研究者」ではないのかなと思うんですよね。


ちなみに、浙贛作戦(浙赣战役)がドゥーリットル空襲に起因して発動されたのは有名な話ですし、浙贛作戦で日本軍731部隊等がペスト菌などの生物兵器を使用し中国人住民に多くの感染被害者を出したのも有名な話です。
日本軍の作戦目的であった飛行場の破壊では、捕虜や苦力を使役していますし、破壊にあたって氾濫を起こさせてもいます。

例えば衢州飛行場の破壊では、日本側資料にこう書かれています。

(戦史叢書 第055巻 昭和十七・八年の支那派遣軍 P252-253 ウェブ上では140枚目)
衢州飛行場 衢州飛行場は第百十六師団の実施した破壊作業並びに軍工兵隊の実施した氾濫により、満二ヵ月を費やし八月二十五日覆滅を完成した。
 その破壊程度は徹底的で、広範囲にわたる交通網の破壊並びに地上及び空中からのわが進攻脅威と相俟ち、その復旧は至難なるものと認められた。
 その細部は次のとおりである。
 (略)
 四 作業延人員
 工兵四、七二三名、歩兵等三四、四六一名、苦力一七、〇七二名、俘虜三九、九九三名
 五 氾濫は軍工兵隊が構成し、飛行場から八粁離隔せる烏渓江から河水を導入した。敵が氾濫を完全に排水しようとしても、地雷の敷設、排水施設の破壊及び場外貯水と相俟ち相当の困難を伴うものと思われた。

http://www.nids.mod.go.jp/military_history_search/SoshoView?kanno=055#

4万人の捕虜、1.7万人の苦力を使って、河川を氾濫させ飛行場を水没させたわけですが、当然周辺の村々にも甚大な被害を与えたでしょうね。
また、衢州飛行場破壊作業では延4万人の捕虜を使役したとありますが、第13軍の浙贛作戦中の総合戦果に記載された俘虜の数は8,564人に過ぎません。第11軍の俘虜も2,283人に過ぎず、飛行場破壊に使役した捕虜はどこから集められたのか、いぶかしまざるを得ない点もあります。



千田有紀氏による養育費関連の怪しい情報について

養育費、12月に増額の方向 ひとり親世帯の貧困に対応(11/13(水) 6:00配信 )」というYahoo記事に武蔵大学千田有紀氏がコメントをつけていました。

千田有紀 武蔵大学社会学部教授(社会学

裁判所の算定表は、今年もっと早期に新基準が発表されると聞いていたが、やっと年の瀬に公表されることに一応はホッとしている。
裁判所の養育費の算定表は、物価の上昇にも関わらず改定されず、計算額の算定方式にも問題があると指摘されてきた。
その欠点を埋めるべく日弁連の算定表が別途作られたが、裁判所で採用されたという話は、ほぼ聞かない。裁判所の算定表の改定は必須である。
調停などをすれば、「算定額通りでは払われないでしょうから、あえて低くして支払ってもらったら?」などと調停委員にいわれたという話もよく聞く。しかしそれでも、養育費を受け取っているひとは2割ちょっとである。月に1回以上の面会交流をしている人たちでも、7割弱は養育費を支払わずに面会交流を行っている(不思議なことに少ない面会回数のほうが支払われている)。
裁判所は個別の事情は斟酌しない算定表主義の問題点もある。改定は必須である。

https://news.yahoo.co.jp/profile/author/sendayuki/comments/posts/15736127774248.223e.23671/

怪しい情報1「養育費を受け取っているひとは2割ちょっと」

千田氏はこの発言の根拠を明らかにしていませんが、2008年のNPO法人Winkによる母子家庭の子ども40人に対するアンケートで、養育費ありと答えたのが9人(22.5%)という結果は存在しますので、これかも知れません。
しかし、このアンケートには養育費について「あり」「なし」以外に「滞り」「知らない」という選択肢がありますので、それらが無視されています。
また、同じアンケート調査では子どもにではなく母親に聞いたアンケート調査(標本数:328人)もあり、その結果では養育費を「受け取っている」と答えたのは153人(46.6%)に上ります。
別居親からの養育費を管理するのが同居親であることを考慮すれば、母親の回答の方が子供の回答よりも信頼性が高いと思われますが、千田氏は子どもの回答のみを採用していることになります。

国の調査としては平成28年度全国ひとり親世帯等調査があります。これだと標本数1817世帯に対して養育費を「現在も受けている」と回答したのは442世帯(24.3%)で、あるいは千田氏の発言の根拠はこれかも知れません。
しかし、千田氏の「調停などをすれば、「算定額通りでは払われないでしょうから、あえて低くして支払ってもらったら?」などと調停委員にいわれたという話もよく聞く。しかしそれでも、養育費を受け取っているひとは2割ちょっとである。」という文脈を見ると、調停などを行っても「養育費を受け取っているひとは2割ちょっと」とも読めます。
平成28年度全国ひとり親世帯等調査は養育費の取り決めをしている世帯に限定した統計結果も示しており、そこでは標本780世帯中416世帯(53.3%)で養育費を「現在も受けている」となっていて、千田氏の文脈とは違った結果となっています。

また、平成28年度全国ひとり親世帯等調査も養育費の受給状況について「現在も受けている」「過去に受けたことがある」「受けたことがない」「不詳」というカテゴリに分かれていて、それを考慮しなければ不適切でしょう。
ちなみに「現在も受けている」「過去に受けたことがある」をまとめると、調査対象1817世帯中723世帯(39.8%)、養育費の取り決めをしている世帯780世帯中597世帯(79.0%)となっています。
要するに養育費の取り決めをしている場合は、結構高い割合で養育費が受給できているわけです。

怪しい情報2「月に1回以上の面会交流をしている人たちでも、7割弱は養育費を支払わずに面会交流を行っている」

この発言の根拠も不明です。
平成28年度全国ひとり親世帯等調査では、面会交流状況別の養育費支払い状況の統計が示されていません。
2008年のNPO法人Winkによる子どもに対するアンケート調査では、面会交流ありの16人中養育費ありが5人(31.3%)とあり、これが根拠とも思えますが、やはり子どもにではなく母親に聞いたアンケート調査では、面会交流を定期的におこなっている40人中養育費を受け取っているのは32人(80.0%)にも上っています。

Winkの母親に対するアンケート調査結果と上記の千田発言には大きな乖離があります。

また、平成28年度全国ひとり親世帯等調査には「表18-(2)-9 母子世帯の母の面会交流の取り決めをしていない理由(最も大きな理由)」という調査結果もあり、1278世帯中81世帯(6.3%)で「相手が養育費を支払わない又は支払えない」という理由が挙げられていますし、「表18-(3)-11-1 母子世帯の母の現在面会交流を実施していない理由(最も大きな理由)」でも1189世帯中72世帯(6.1%)で「相手が養育費を支払わない」という理由が挙げられています。

本来、養育費と面会交流は別個の問題であり家庭裁判所が“養育費を払わないからという理由で面会交流を認めない”などという判断を下すことはありませんが、実態としては、そのような理由で面会交流を拒む同居親がいるわけで、そのような同居親の存在を考慮すると、面会交流の有無に関わりなく養育費を支払わない別居親が「7割弱」~8割近くいるというのは考えにくいところです。

千田氏は離婚後面会交流や共同親権について極めて否定的な思想を持っているようですので、養育費受給率と面会交流実施率が強い相関を持つ事実を認めたくないように思われますね。

平成28年度全国ひとり親世帯等調査に基づくと

「養育費を受け取っているひとは2割ちょっと」というのは巷間に流布された言説ですが、上でも示したように養育費の取り決めをしている場合は、5割以上で養育費を「現在も受けて」おり、「過去に受けたことがある」も含めると8割近くに達します。
これに対して、養育費の取り決めをしていない場合は、養育費を「過去に受けたことがある」も含めても1割程度に過ぎず、「現在も受けている」世帯に至ってはわずか2.5%に過ぎません。算定表の見直しも重要ですが、取り決め率の向上を図る方がより重要でしょうね。

ところで養育費の取り決め率は母親の最終学歴と強く相関しており、最終学歴が中学校の場合は21.9%、高校の場合で37.8%と低く、短大(54.4%)や大学・大学院(63.8%)は高くなっています。その結果、養育費の受給率も母親の最終学歴と強く相関し、最終学歴中学校(10.7%)、高校(21.4%)に対して、短大(30.0%)、大学・大学院(40.6%)となっています。

母子家庭の貧困問題を考える場合、低学歴の世帯でより深刻だと推定できますが、その場合は元配偶者も同等の学歴である可能性が高く、結果として算定表通りの養育費が支払われても貧困が解消しない可能性もあります。

また、養育費受給率と面会交流実施率の関係については、平成28年度全国ひとり親世帯等調査で公表されている統計表には明記ありませんが、2008年のNPO法人Winkによる母子家庭お母親に対するアンケート調査を踏まえれば、面会交流を実施している世帯で養育費受給率が圧倒的に高い傾向が見られます。

さらに、平成28年度全国ひとり親世帯等調査結果を踏まえても次のように養育費受給率と面会交流実施率の相関を推定できます。

・調査1817世帯のうち、協議離婚1319世帯、その他の離婚(調停離婚、審判離婚、裁判離婚)318世帯、未婚180世帯。
・養育費の取り決め率*1は、
 協議離婚1319世帯中499世帯(37.8%)、そのうち現在も受給しているのは274世帯(20.8%)
 その他の離婚318世帯中253世帯(79.6%)、そのうち現在も受給しているのは129世帯(40.6%)
 未婚180世帯中24世帯(13.3%)、そのうち現在も受給しているのは13世帯(7.2%)
*2
・面会交流の取り決め率*3は、
 協議離婚1319世帯中270世帯(20.5%)、そのうち現在も面会交流を行っているのは173世帯(13.1%)
 その他の離婚318世帯中157世帯(49.4%)、そのうち現在も面会交流を行っているのは57世帯(17.9%)
 未婚180世帯中10世帯(5.6%)、そのうち現在も面会交流を行っているのは2世帯(1.1%)

取り決め率の高いその他の離婚(調停離婚、審判離婚、裁判離婚)で取り決めありかつ養育費受給率(40.6%)も取り決めありかつ面会交流実施率(17.9%)も共に高く、逆に取り決め率の低い協議離婚において取り決めありかつ養育費受給率(20.8%)も取り決めありかつ面会交流実施率(13.1%)も共に低くなっています。
このことから、取り決めに基づく養育費受給と面会交流実施の間に相関関係があることが示唆されます。

なお、面会交流の特徴として取り決めなしでも実施する世帯が多いという点があります。この傾向は母親の最終学歴が低いほど顕著に現れます。
例えば、最終学歴が中学校の世帯215世帯中、面会交流取り決めありは25世帯に過ぎませんが、面会交流を現在も行っているのは49世帯となっていますし、高校の場合も取り決め162世帯に対して実施は227世帯となっています。これに対して最終学歴が大学・大学院の場合、160世帯中取り決めありは62世帯で、実施は60世帯になっています。

まとめるとこんな感じになります。
・低学歴(低収入)世帯では、養育費も面会交流も取り決め率が低い傾向があるが、面会交流は取り決めに関わらず実施される傾向が強く、養育費の受給率は低い
・高学歴(高収入)世帯では、養育費も面会交流も取り決め率が高い傾向があり、面会交流は取り決め以上には実施されないが、養育費の受給率は高い

これらを考慮すると以下のように推測できます。
・全体の養育費の受給率を下げているのは低学歴(低収入)世帯であるが、この世帯は収入が低いために養育費を負担できないことに起因している可能性がある。この世帯での、費用のかかる判決、調停、審判などの裁判所における取り決め、強制執行認諾条項付の公正証書による取り決めの割合が低いのも、その傍証といえる。
・逆に高学歴(高収入)世帯では、費用のかかる取り決めを選択する割合が高く、それに伴い、養育費受給率と面会交流実施率がよく相関している可能性が高い。

この推測に基づくと、今回の算定表の改訂によってメリットがあるのは、主に高学歴(高収入)世帯の同居親であり、全体の養育費受給率を押し下げている主因である低学歴(低収入)世帯ではメリットが少ないと言えそうですね。



*1:表17-(2)-7 母子世帯の母の養育費の取り決めの有無(離婚(離婚の方法)・未婚別)

*2:表17-(3)-7 母子世帯の母の養育費の受給状況(離婚(離婚の方法)、未婚別)の「うち、養育費の取り決めをしている世帯」と表17-(2)-7 母子世帯の母の養育費の取り決めの有無(離婚(離婚の方法)・未婚別)の「取り決めをしている」の世帯数にずれがある。

*3:表18-(2)-7 母子世帯の母の面会交流の取り決めの有無(離婚(離婚の方法)・未婚別)

韓国の共同親権・共同養育権に関する韓国の弁護士による記事

そのうち、まとめたいのだが時間が無いので、とりあえず忘れないように良さそうな記事をリンク(リンク先は全部韓国語)。
親権と養育権の指定の形の多様性模索(1)
親権と養育権の指定の形の多様性模索(2)
養育費とその履行確保の重要性
面会交流事件における弁護士の役割
上記は全部同じ弁護士によるコラム。
「面会交流事件における弁護士の役割」とかはすごくいいこと書いてある。


離婚訴訟で共同親権・共同養育がほとんど認められない理由
これは裁判離婚にまで紛争がもめると共同親権・共同養育権を裁判所が認めることはまずないという指摘で、裁判所がどのような判断基準を持っているかについて書かれている。

친권 일부 제한, 조정의 대상이 될 수 있는지
これは親権が制限される場合について。

弁護士以外の記事

법정이혼에서의 공동양육권(공동친권) 인정에 관하여 /윤석찬 교수/법률신문 : 네이버 블로그
共同親権に関するドイツの判例研究。

솔로몬의 재판 > 내 아들을 데려가는데,납치라니요? | 찾기쉬운 생활법령정보
親権者による連れ去りであっても略取誘拐にあたる大法院判例に関して簡単に説明。
ただし、日本の離婚前の一方の親権者による連れ去りではなく、祖母に預けていた子供を母親が無理やり連れ去った事例で、子供自身も拒絶していたという事例のようです。

“애 키우려면 도망밖에” “데려오려면 납치밖에” 비극의 가정사
これは韓国で結婚した外国人女性が子供を連れて海外に帰国する件についての記事。ハーグ条約案件ですが、単純に連れ去り母を非難するような記事ではなく、そう至る事情についても掘り下げて述べています。

共同親権はなぜいいのか?
これは“YOU ARE MOM”というサイト名から母親向けと思われますが、共同親権を絶賛していますね。
単なる共同親権賛美ではなく、ちゃんと共同親権のメリットとデメリットを考慮してもいます。



日本外務省が外交青書でフェイク情報を発信している件

この件。
日本、外交青書で「韓国政府が『性奴隷という表現使わない』と確認」主張(登録:2019-11-12 01:46 修正:2019-11-12 07:39 )

実際、2019年の外交青書にはこう書かれています。

●「性奴隷」
 「性奴隷」という表現は、事実に反するので使用すべきでない。この点は、2015年12月の日韓合意の際に韓国側とも確認しており、同合意においても一切使われていない。

https://www.mofa.go.jp/mofaj/gaiko/bluebook/2019/html/chapter2_01_01.html#kakomi028

正確に言うなら、「「性奴隷」という表現は、事実に反するので使用すべきでない」というのは単なる日本政府の主張にすぎず、韓国政府にも使わないよう要求したものの韓国政府はそのような要求には応じず、「慰安婦問題の韓国政府の公式名称は『日本軍慰安婦被害者問題』だけであるということ」を説明しただけです。2015年合意に使われていないのもそれだけの理由で、韓国政府が「「性奴隷」という表現は、事実に反する」と認めたわけでも何でもありません。

実際、以前も言及しましたが、韓国には元日本軍慰安婦を支援するための「日帝下日本軍慰安婦被害者に対する生活安定支援及び記念事業に関する法律」というものがあります。

この法律の韓国語表記は「「일제하 일본군위안부(日本軍慰安婦) 피해자에 대한 생활안정지원 및 기념사업 등에 관한 법률」」で、韓国政府の公式名称が「日本軍慰安婦(일본군위안부)」であることを反映しています。
しかし、面白いのはこの法律の英語表記で、「ACT ON LIVELIHOOD STABILITY AND MEMORIAL SERVICES, ETC. FOR SEXUAL SLAVERY VICTIMS FOR THE JAPANESE IMPERIAL ARMY」となっているんですよね。
つまり韓国政府が公式に用いている表現は「일본군위안부(日本軍慰安婦)」と「SEXUAL SLAVERY VICTIMS」であるということです。

日本政府は当然そのことも知っているはずですが、外交青書にそのように書かなかったということは、日本政府が“慰安婦は「性奴隷」ではないが「SEXUAL SLAVERY VICTIMS」ではある”と認めたということになりましょうかねぇ。

全く、外交青書で日本国内にしか通用しないようなデマ情報を流すとは・・・。



雑感

“普段、リベラルな発言をしているのに、性暴力の問題になるとおかしな発言をする人がいる”みたいなツイートを見かけましたので。
まあ、ツイート主の意図とは違う意味で私も同じように感じている部分はあります。

例えば、有名な冤罪事件などで司法のあり方を批判したり、再審無罪になった後も犯人扱いする警察関係者の発言を批判したり、あるいは逮捕時点で犯人視する報道を批判したりと、これらは“推定無罪”の原則などを踏まえれば、リベラルとして当然の対応だと思います。
しかし、これが性暴力事件になった途端にそれらの原則を放擲する人たちがちょいちょい存在しており、そういう意味で私は冒頭のような感想を抱いています。

性暴力事件の場合だけ、冤罪の可能性すら認めない、逮捕時点で犯人扱いして非難する、裁判で無罪判決が出た後(それも暴行・脅迫要件や抗拒不能要件を満たさなかったという理由ではなく容疑事実そのものが否定された場合)ですら確たる根拠もなく被告を犯人扱いする人ですね。

冤罪主張を被害者に対するセカンドレイプだと主張する一方で、無罪判決の出た被告を加害者呼ばわりすることには疑問を抱かない、という論理は私にはちょっと理解できません。



混同しないための判断基準

津田大介と「宇崎ちゃん」と「あいちトリエンナーレ」ダブスタ騒動 (山本一郎 2019/11/07 23:32 )

こういう内容を流布して、人権と表現の自由の双方を傷つけるような連中がいますので少し書いておきます。
両騒動ではっきりと異なっているのは、提示する側が訴えたい内容と批判されている内容が一致しているかどうかです。

赤十字「宇崎ちゃん」騒動では、提示する側の訴えたい内容は献血の勧誘であって、それを批判している人は誰もいません*1
それに対して「あいちトリエンナーレ」表現の不自由展では、提示する側の訴えたい内容は慰安婦を意味する少女像であり、天皇の写真が燃える映像であり、まさにそれが批判されました。
つまり、赤十字「宇崎ちゃん」騒動の場合、提示する側が献血勧誘のための別の手段を採ることで批判を受け入れつつ目的を達成できるのに対して、表現の不自由展では批判されているものが提示する側の訴えたい内容そのものであるために批判を拒否するか目的を諦めるかしかない二者択一の状態だったわけです。


では、排外差別団体による「あいちトリカエナハーレ2019「表現の自由展」」についてはどうでしょうか。

赤十字「宇崎ちゃん」騒動と異なり、「あいちトリカエナハーレ2019「表現の自由展」」は、批判されているものが提示する側の訴えたい内容そのものであるという点では「あいちトリエンナーレ」表現の不自由展と共通します。違いは、内容そのものです。

「あいちトリカエナハーレ2019「表現の自由展」」は、特定の集団に対する差別・偏見を煽るものであり、要するにヘイトスピーチに他なりません。これに対して「あいちトリエンナーレ」表現の不自由展にはヘイトスピーチの要素はありません。

本邦外出身者に対する不当な差別的言動の解消に向けた取組の推進に関する法律ヘイトスピーチ禁止法)の定義に照らして、「あいちトリカエナハーレ2019「表現の自由展」」がヘイトスピーチであり、「あいちトリエンナーレ」表現の不自由展はヘイトスピーチにあたらないことは言うまでもありません。

(定義)
第二条 この法律において「本邦外出身者に対する不当な差別的言動」とは、専ら本邦の域外にある国若しくは地域の出身である者又はその子孫であって適法に居住するもの(以下この条において「本邦外出身者」という。)に対する差別的意識を助長し又は誘発する目的で公然とその生命、身体、自由、名誉若しくは財産に危害を加える旨を告知し又は本邦外出身者を著しく侮蔑するなど、本邦の域外にある国又は地域の出身であることを理由として、本邦外出身者を地域社会から排除することを煽動する不当な差別的言動をいう。

https://elaws.e-gov.go.jp/search/elawsSearch/elaws_search/lsg0500/detail?lawId=428AC1000000068

この法律上の定義だけで、大村秀章愛知県知事の「あいちトリエンナーレ」表現の不自由展に対する言動と「あいちトリカエナハーレ2019「表現の自由展」」に対する言動は整合的に矛盾無く理解できます。


法律以外の点を踏まえても、慰安婦を意味する少女像も天皇の写真が燃える映像も、誰か特定の個人・集団に対する差別・偏見を煽ってはいません。

慰安婦問題とは「当時の軍の関与の下に、多数の女性の名誉と尊厳を深く傷つけた問題である」(河野談話)というのは、今のところはまだ日本の公式見解であり、学問的にも少なくとも同様の理解が確立しています。補償や謝罪が十分か否かは見解が分かれるかも知れませんが、河野談話にて「われわれはこのような歴史の真実を回避することなく、むしろこれを歴史の教訓として直視していきたい。われわれは、歴史研究、歴史教育を通じて、このような問題を永く記憶にとどめ、同じ過ちを決して繰り返さないという固い決意を改めて表明する」と宣言している以上、慰安婦を意味する少女像を日本人に対するヘイトスピーチだと解釈する余地は一切ありません。

天皇の写真が燃える映像も天皇に対する攻撃を意図した展示でないことは何度も示されていますし、仮に天皇に対する直接的な非難を示す展示であったとしても、具体的な危害を煽動しているのでない限りは表現の自由の範囲内ですし、そもそも、日常生活において危害を加えられる現実的な懸念のある外国人差別煽動と同一視できるものではありません。

つまり、単純に批判対象とされた人物・集団にとってのリスクという点で見ても、「あいちトリカエナハーレ2019「表現の自由展」」によって生じるリスクは、「あいちトリエンナーレ」表現の不自由展によって生じるリスクを遥かに上回る具体的な危険性を有しているという点で明らかに異なります。前者は放置することによって深刻な人権侵害あるいは刑事事件に発展するおそれが非常に高く、それに対して後者を放置してもそのおそれはほとんど皆無であり、同様に扱うことは出来ません。



*1:いや、探せばごく稀にいるのかもしれませんが・・・

雑感

例の赤十字のポスターの件。
公的広報のガイドライン内閣府の「男女共同参画の視点からの公的広報の手引き」(PDF))に抵触するというのは確かだと思う。ただ、ガイドライン抵触に対する抗議としては行き過ぎな観が否めず、過度な抗議ではなかったかとも思う。
期間限定のコラボ企画であるので一定期間で終了することが予定されており、抗議や批判は“今後の企画ではガイドラインを考慮すべき”だとか“赤十字としてのガイドラインを設けるべき”だとかそういう方向性であるべきだったと思う。
不快に思う人がいるのは確かだろうが、今すぐ撤去しなければならないほどのものではないとも思う。
少なくともヘイト煽動のように特定の属性を持つ層に恐怖やリスクを強いるようなレベルとは言えないので、反応もレベルに応じたものであるべきだと思う。

表現の自由案件ではないとも言えない。「表現の不自由」展との違いを即座に明確に言語化して一般に説明でき納得させられるほど理解している人が多いとは言えず、むしろ同様に考える人の方が多いと思う。なので「表現の不自由」展との違いを丁寧に説明することを省いて抗議すれば、“不快に思う人がいるなら制限もやむをえない”と素朴に理解する人たちに誤解を与えるおそれは十分にある。

誰もが「表現の不自由」展との違いを正確に理解できることを前提として、例のポスターに対する抗議を当然視するのは危険だと思う。

例えば「津田大介と「宇崎ちゃん」と「あいちトリエンナーレ」ダブスタ騒動 (山本一郎 2019/11/07 23:32 )」みたいな記事は、そういう「表現の不自由」展との違いをよく理解できない層に向けて“ダブスタ”だという印象を煽ってる。
こういう連中に対して“違いがわからないはずがない”だけでは、反論としても不十分だと思う。


また、公的広報のガイドライン内閣府の「男女共同参画の視点からの公的広報の手引き」)にしても、これを遵守していないものは少なくないが、ガイドライン抵触でここまでの騒ぎになる話題が偏っている観も否めないのは確か。
例えば、痴漢やDV、ストーカーというのは男性も被害者となりうるし決して少なくもないが、それらの啓発ポスターで被害者として描写されるのはほとんどが女性*1。しかしガイドラインではこう述べられている。

3-2 被害者はいつも女性でしょうか?

常に強者を男性、弱者を女性で描いたり、常に加害者を男性、被害者を女性で表したりするのでなく、性別と結びつけない様々な表現で描くよう心がけましょう。

https://www.city.utsunomiya.tochigi.jp/_res/projects/default_project/_page_/001/012/720/kouhoutebiki.pdf

他にも女性アイドルグループのバストショットを使っている消防庁のポスターとかガイドラインに抵触するであろう公共広報自体は少なくない。
しかし、これらが同様の騒ぎになるかというとまず考えられない。

“問題のあるあらゆる物事を同様に批判することは出来ない”と言えばその通りではあるが、同じような騒動が何度か繰り返され、そのたびに騒動の対象が同じようなものであれば騒動の志向性に批判の目が向けられてもやむをえないところであろう。
今回までの一連の騒動で言えば、太田弁護士あたりは“萌え絵”に対して集中的に狙い撃ちにしているのは確かであろうし、標的となっている領域が表現の自由とは全く無関係とは言えないグレーな部分でもある以上、表現の自由が侵害される可能性を考慮して今後も続くであろうそういった騒動を注視しておく必要もあろう。

少なくとも、表現の自由のキワで“萌え絵”を狙い撃ちにする勢力とそれが表現の自由を侵害しないかと注視する勢力によるせめぎあいは、民主主義を維持する上でも、表現の自由を維持する上でも有効であろうし、健全さを維持する上で両者とも必要であろうとも思う。逆にいずれか一方が消滅した時が表現の自由にとって最大の危機ではなかろうか。



*1:そもそも公的機関自体が「女性に対する暴力をなくす運動」と銘打って被害者を女性に限定しているかのような名称を使っているのもどうかと思う。男性に対する暴力は許容されているかのような印象を与えかねない。