従軍慰安婦問題と日韓請求権並びに経済協力協定、シベリア抑留と日ソ共同宣言の比較

日韓請求権並びに経済協力協定(1965年6月22日)

第二条
1 両締約国は、両締約国及びその国民(法人を含む。)の財産、権利及び利益並びに両締約国及びその国民の間の請求権に関する問題が、千九百五十一年九月八日にサン・フランシスコ市で署名された日本国との平和条約第四条(a)に規定されたものを含めて、完全かつ最終的に解決されたこととなることを確認する。

http://www.ioc.u-tokyo.ac.jp/~worldjpn/documents/texts/JPKR/19650622.T9J.html

従軍慰安婦問題や強制連行、徴用工不払いなどの問題において、日本政府や右翼、ネトウヨ嫌韓バカがよく用いる否認の根拠がこの条項です。

日ソ共同宣言(1956年10月19日)

ソヴィエト社会主義共和国連邦は,日本国に対し一切の賠償請求権を放棄する。
日本国及びソヴィエト社会主義共和国連邦は,千九百四十五年八月九日以来の戦争の結果として生じたそれぞれの国,その団体及び国民のそれぞれ他方の国,その団体及び国民に対するすべての請求権を,相互に,放棄する。

http://www.ioc.u-tokyo.ac.jp/~worldjpn/documents/texts/docs/19561019.D1J.html

こちらは1956年の日ソ共同宣言第6項の条文ですが、請求権を放棄したという点において日韓請求権協定第2条と酷似しています。
いずれも両国政府間により相手国に対する国、団体、国民の請求権を放棄する内容ですが、それではシベリアに抑留され強制労働されられた日本人被害者は未払い賃金についてロシア政府に請求することはできないのでしょうか?

1991年3月26日 第120国会 参議院内閣委員会 外務大臣官房審議官高島有終発言*1

○説明員(高島有終君) 私ども繰り返し申し上げております点は、日ソ共同宣言第六項におきます請求権の放棄という点は、国家自身の請求権及び国家が自動的に持っておると考えられております外交保護権の放棄ということでございます。したがいまして、御指摘のように我が国国民個人からソ連またはその国民に対する請求権までも放棄したものではないというふうに考えております。

http://kokkai.ndl.go.jp/SENTAKU/sangiin/120/1020/main.html

この政府発言を読む限り、日ソ共同宣言で放棄されたのは、国家自身の請求権と外交保護権であって、国民個人の請求権を放棄したわけではない、という理屈になります。要するに、政府が外交問題として取り上げることはできないが、請求権を持つ個人が相手国政府や団体・国民に請求することは容認されるという解釈です。
理屈としては筋が通っていると言えますが、要するにシベリア抑留による未払い賃金などの請求は抑留被害者自身が勝手にソ連政府に請求せよ、日本政府は関係ない、と言った態度を取ったわけです。

しかし、この理屈を適用すると日韓請求権協定で日本政府に跳ね返ってきます。

1991年8月27日 第121国会 参議院予算委員会 外務省条約局長柳井俊二発言

○政府委員(柳井俊二君) ただいまアジア局長から御答弁申し上げたことに尽きると思いますけれども、あえて私の方から若干補足させていただきますと、先生御承知のとおり、いわゆる日韓請求権協定におきまして両国間の請求権の問題は最終かつ完全に解決したわけでございます。
 その意味するところでございますが、日韓両国間において存在しておりましたそれぞれの国民の請求権を含めて解決したということでございますけれども、これは日韓両国が国家として持っております外交保護権を相互に放棄したということでございます。したがいまして、いわゆる個人の請求権そのものを国内法的な意味で消滅させたというものではございません。日韓両国間で政府としてこれを外交保護権の行使として取り上げることはできない、こういう意味でございます。

http://kokkai.ndl.go.jp/SENTAKU/sangiin/121/1380/main.html

当然ながら、日ソ共同宣言に対する解釈を適用すると、日韓請求権協定で放棄されたのは、韓国が国家として持っている請求権と外交保護権のみであり、韓国国民が個人として持っている請求権は放棄されていないことにせざるを得ません。

慰安婦らが日本政府に訴え出る権利は、日本政府も認めています(日本の裁判所は日韓請求権協定を楯に認めない立場を取っています。)。元徴用工が新日鉄を韓国で訴えたことも個人請求権が消滅していないことから当然の権利であり、韓国の裁判所では裁判が継続中ですが、おそらく新日鉄側に賠償が命じられるでしょう。しかし、そのことは日本政府の日韓請求権協定解釈からすれば不当とは言えません。

住金賠償問題 外相「日韓協定で解決済み」
産経新聞 8月21日(水)21時27分配信
 岸田文雄外相は21日の記者会見で、新日鉄住金が戦時徴用された韓国人4人から提訴され、ソウル高裁で個人賠償を命じられた問題について、「一般論」と断ったうえで「わが国は(昭和40年の)日韓請求権協定で(賠償問題は)解決済みとの立場だ」と述べ、協定の原則を崩さないよう、同社と連絡を取り合い対処する方針を示した。同社が敗訴判決確定後、賠償に応じる意向であることについては「政府が係争中の段階でコメントするのは差し控えたい」と述べた。

http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20130821-00000574-san-pol

これは産経新聞の記事ですが、韓国での新日鉄戦時徴用裁判について、まるで日本政府が「日韓協定で解決済み」と裁判を不当だと断定したかのような内容ですが、実際の記者会見内容は微妙です。

朝鮮半島出身の民間人徴用」差戻し審判決

フリーランス 安積氏】先日報道がありました新日鐵住金の問題についてお伺いいたします。
 戦中・戦前の話だと思うのですけれども、そのときの責任を今の私企業が負わされる、68年以上前のことですが。それについて、日本政府は何かしら韓国に対して働きかけなり何なりされるご予定というのはあるわけでしょうか。

【岸田外務大臣】この新日鐵住金の事案、要は朝鮮半島出身の民間人徴用についての賠償請求事案についての御質問ですが、まず、この案件自体につきましては現在係争中であります。ですから、政府として詳細にコメントすることは現時点では差し控えたいと考えております。
 是非、こうした事案について、一般論としては新日鐵住金を初め、民間企業ともしっかりと連絡をとりつつ、我が国政府、一貫した立場に基づいてこれへ対応していかなければいけないと考えております。従来の我が国の立場は全く変わっておりません。この我が国の従来の立場に基づいて、我が国として一体となって、この問題について対応していきたい。このように思っております。

フリーランス 安積氏】一貫した立場というのは、1965年の基本協定で一切の賠償責任は双方放棄したという立場なのでしょうか。それを確認したいのですが。
 それと、今回の新日鐵住金の場合は、戦時徴用されたと言われている人たちが働いていた会社というのが日本製鐵であって、新日鐵の前身ですが、この会社ができたときに日本国政府は法律をつくって、なおかつ株式の80%以上が旧大蔵省が所有しているという、いわば国策会社であって、そのときの国策会社が行ったものであるから、結局は国の責任というのはなおさら大きいのではないかと思います。基本条約の問題からなおさら踏み込んだ話ではないかと思うのですけれども、その辺り、大臣はいかがお考えでしょうか。

【岸田外務大臣】まず、我が国の立場につきましては、従来からたびたび申し上げておりますように、我が国としましては日韓請求権・経済協力協定において、これはもう解決済みであるという立場であります。
 そして、新日鐵住金について、今、具体的な御質問がありましたが、詳細について、今、係争中の段階で政府の立場から何か申し上げるのは適切ではないと思います。その部分については、申し上げさせていただきますのは控えたいと存じます。

http://www.mofa.go.jp/mofaj/press/kaiken/kaiken24_000024.html#topic2

岸田外相は「新日鐵住金の事案」と「我が国の立場」を分けて述べています。日本政府として「日韓請求権・経済協力協定において、これはもう解決済みである」というのは従来の立場から変わっておらず、1991年の政府解釈を覆すものでもありません。1991年に日本政府が認めた日韓請求権協定で放棄されていない個人の相手国・団体・個人に対する請求権については、「係争中の段階で政府の立場から何か申し上げるのは適切ではない」として「新日鐵住金の事案」を切り離しています。
「住金賠償問題 外相「日韓協定で解決済み」」とのタイトルをつけたように産経新聞が印象操作をするのは、ハエが汚物にたかるのと同じで産経新聞の習性と言えますからいちいち指摘するのもバカバカしいですが、これを間に受け排外主義に染まる被害者は少なくありません。そして、その被害者は次は加害者となって排外主義を媒介し、やがて社会の自然な自浄能力では対処できなくなっていくことでしょう。

*1:コメント指摘に基づき誤記訂正2013/8/24