http://www3.nhk.or.jp/news/html/20131130/k10013468611000.html「特異さ目立つ」中国の防空識別圏
11月30日 14時11分
中国の防空識別圏は、日本や韓国、それに台湾の防空識別圏と比較すると、その特異さが目立ちます。
東シナ海の航空管制は、ICAO=国際民間航空機関のルールで、日本、韓国のインチョン、台北、中国の上海の各管制機関が空域を分担して行っています。
日本、韓国、それに台湾の防空識別圏はそれぞれの管制空域に沿う形で設定されています。
ところが中国の防空識別圏は担当エリアを大きくはみ出し、日本、台北、インチョンの管制空域に食い込んでいます。
まず、ここまでで間違いがあります。日本、韓国、それに台湾の防空識別圏はそれぞれの管制空域に沿う形で設定されていません。
例えば、日韓間ですが、概ね以下の座標で囲まれる三角形の空域は韓国の仁川FIRの一部ですが、日本のADIZ内にあります。
(仁川FIR であり、日本ADIZの領域)
北緯30度00分東経125度00分〜北緯33度00分東経127度00分〜北緯33度00分東経125度00分
広さは約3万平方キロです。
それをもって、“日本の防空識別圏は担当エリアを大きくはみ出し、インチョンの管制空域に食い込んでいる”、とは普通は表現しません。
日韓間では、日本海でも約2400平方キロくらい日本ADIZが仁川FIRにはみ出しています。
ちなみに、日本海では日本ADIZは、北朝鮮・ロシアのFIRに大きくはみ出しており、その広さは約14万平方キロに及びます*1。
日台間でも、概ね以下の空域が台北FIRですが、日本のADIZ内にあります。
(台北FIR であり、日本ADIZの領域)
北緯28度東経123度〜北緯29度東経124度〜北緯23.5度東経124度〜北緯23度東経123度
広さは約6万平方キロです。
要するに、日本のADIZは、他国のFIRに大きくはみ出しており、その広さはトータルで約25万平方キロになるわけですが、私自身はそれが特に問題だとは思いません。ADIZとFIRはその性格が違いますので、実務的に似通った領域になることはあっても同じである必要はないからです。
ちなみに、中国が今回、東シナ海に設定したADIZのうち他国FIRにはみ出ている領域の面積は、日本ADIZが他国FIRにはみ出ている領域の面積にほぼ相当します*2。
2点目
また、フライトプラン=飛行計画書の扱いも異なります。
http://www3.nhk.or.jp/news/html/20131130/k10013468611000.html
日本は通常の管制業務の中で国土交通省がフライトプランを受け付け、防衛省にも提供しています。
ところが中国は担当する上海だけでなく、新たに設定した防空識別圏と重なる日本、台北、インチョンの管制空域のフライトプランも、提出するよう求めています。
このほか日本の場合は領空に接近する航空機を対象にしていますが、中国は、防空識別圏内を飛行するあらゆる航空機を対象にするとしています。
で、ここもおかしいですね。
日本は日本FIRでの業務で受取ったフライトプランを防衛省に提供しているだけだと言っていますが、だとすれば以下の領域を飛び日本FIRに向かわない航空機は日本側に何の通知もしなくていいことになります。
(仁川FIR であり、日本ADIZの領域)
北緯30度00分東経125度00分〜北緯33度00分東経127度00分〜北緯33度00分東経125度00分
(台北FIR であり、日本ADIZの領域)
北緯28度東経123度〜北緯29度東経124度〜北緯23.5度東経124度〜北緯23度東経123度
ちなみに(仁川FIR であり、日本ADIZの領域)には、韓国と中国で領有権争いのある離於島(蘇岩礁)*3が含まれますが、この離於島(蘇岩礁)に対して、こんなことを言っているメディアがありました。
防空識別圏とは、各国が領空侵犯に備えるために領空の外側に設ける空域で、領土・領空などとは別の概念。日本周辺では、第2次世界大戦後、米軍が引いたラインを踏襲・定着しており、国際民間航空機関(ICAO)でも登録されている。通報なく不審な航空機が侵入した場合、迎撃戦闘機の緊急発進(スクランブル)の対象となる。
http://www.zakzak.co.jp/society/foreign/news/20130617/frn1306171811008-n1.htm
つまり、中韓両国の航空機が、問題の岩礁上空に行く場合は日本への通知が必要で、無断侵入すれば、自衛隊機に追っ払う正当な権利があるのだ。
(略)
ある外務省OBは「中韓両国が、領土問題で日本を挑発したり、歴史問題で日本を貶めるならば、韓国の航空当局が竹島での日本の飛行計画を認めないのにならって、飛行計画を認めないなどの圧力をかけてもいい」と、厳しい対応を促す。
これに対し、現職の防衛省高官は「(日本の防空識別圏内にあることは)把握はしているが、相手国がある話。これまでの対応を含め、詳しい内容は言えない」と歯切れが悪い。
まあ、そもそもZAKZAKの記事なので、信憑性が著しく低いんですけどね。念のために言っておくと、離於島(蘇岩礁)は仁川FIR内ですので、韓国から離於島(蘇岩礁)に向かう場合、日本に通知は本来必要ありません。しかしながら実際には同方面に飛行する韓国機は日本にも通知していると思われます。それは日本のADIZ内であるからですし、日本側もADIZに対して他国に次のような要求しているからです。
http://www.mlit.go.jp/report/press/cab15_hh_000013.html5. 防空識別圏
5.1. 防空識別圏は我が国の防衛省が領空侵犯に対する措置の実施にあたって設定している空域であり、次図の防空識別圏外側線と同内側線によって囲まれる空域をいう。この空域において、防衛省は我が国領空に接近する航空機についての識別を実施しており、飛行計画と照合できない航空機については、要撃機による目視確認を行うことがある。
5.2. 防空識別圏内を有視界飛行方式により飛行する航空機は、航空機の識別を円滑に行うため、次の措置を実施されたい。
( 1 ) 国外から防空識別圏を経て我が国の領域に至る飛行を行う場合、当該飛行計画をAFTN 回線によりRJTJYWYX にも送付すること。
( 2 ) 事前に提出された飛行計画と異なる飛行を行う場合、航空交通業務機関及び付図に示す無線周波数及び無線呼び出し名称を使用して自衛隊レーダーサイトに通報すること。
要するに自衛隊はADIZ内に飛行計画が提出されていない航空機が進入した場合は要撃機を出すと威嚇して、飛行計画の提出を求めているわけです。「国外から防空識別圏を経て我が国の領域に至る飛行を行う場合」と条件があるように思えますが、飛行計画が提出されていない航空機をADIZ内で発見した場合、その航空機が日本領空に向かう意図があるかどうかなんてわかりません。飛行計画を出さずにADIZを通って領空に向かう場合は警戒が必要ですが、ADIZに入っても別に向かわない場合もありえます。飛行計画を提出していない航空機がADIZ内にいる場合、前者か後者を判断するのは一般に困難と言えるでしょう。
敵意のない民間機が韓国から離於島(蘇岩礁)に向かう場合、日本の領空はもちろんFIRにも入る意図がなかったとしても、5.1項の条文から日本の要撃機に対する懸念から安全性を考慮して日本側に飛行計画を提出するのが普通でしょう*4。
つまりは日本はFIRに基く業務ではなく、ADIZの宣言と飛行計画提出の要求によって日本ADIZに進入するあらゆる他国の航空機にフライトプランの提出させているわけです。で、これもまあ、国際的・慣習的に認められていると言ってもいいでしょうし、中国が中国ADIZに進入する全ての航空機にフライトプランを提出させるのもまたその範囲だと言っていいと思います。
もっとも、日本政府が、韓国から離於島(蘇岩礁)に向かい日本FIRに入らない航空機は日本ADIZに入っても日本側に通知は必要ないし、要撃機も上げないと宣言するなら別ですが、その場合、その領域は既に日本のADIZとは言えず、日本側がその領域をADIZとしては放棄したという宣言になります。
3点目
さらに、協力しなかったり指示や命令を拒んだりした場合、武力による緊急措置を取るとしていて、各国は飛行の自由を不当に侵害するものだなどと反発しています。
http://www3.nhk.or.jp/news/html/20131130/k10013468611000.html
「武力による緊急措置を取る」というのは原文では「中国武装力量将采取防御性紧急处置措施」となってますので、防御性の措置だと言えるでしょう。例えば要撃機を上げて領空侵犯させないように進路を妨害するなどの措置が考えられますが、それはどこの国でもやっていることです。ADIZ内に進入してきた航空機がフライトプランの提出にも協力せず、管制からの指示にも従わない場合、その航空機が敵意を持っている危険性があると考えるのは普通ですし、場合によって要撃機で対応するのも普通です。
自国ADIZ内で要撃機を上げて追跡などを行うのは日本もやっており、2013年1月にも報道がありました。その自衛隊の行動について防衛大臣は次のようにコメントしています。
Q:今回も島嶼防衛ということでございましたが、中国の話でございますけれども、中国の国防省の声明の中で、スクランブルの話について、「日本側が追尾をしたために、中国側も戦闘機を出した」ということを言っておりますけれども、それについては。
A:私どもは通常の領土・領海・領空を守るその行動をしているだけであって、決して中国を刺激するとかそういうわけではありません。あくまでも、我が国の領土・領海をしっかり守っていくための活動と思っております。
「領土・領海・領空を守るその行動」としてのスクランブルとは要するに防御性緊急措置であって、中国の規定と大きな違いはありません。