日本の右派は腎虚になるサルの如く

「なぜ敗戦国の戦争責任だけが問われて戦勝国の戦争責任が問われないのか?」

よくある質問ですが、そもそもその認識自体正しいのでしょうか?
軍事裁判という形式での責任追及のみを問うなら形の上では正しいかも知れませんが、連合国側に軍事裁判で問うべき戦争犯罪があると考えるならば日本政府から対象国に対して提起するべきだという話にしかなりません。軍事裁判の有無だけで判断するなら、そもそも軍事裁判を強制できるのは戦勝国であり、強制されるのが敗戦国であることは明白なのであって、負けたからだとしか言いようがありません。もっとも、それに限定したとしても大戦時の戦争犯罪まで裁けるような国際裁判所を設置するように政府として働きかけるなどの手段はあるわけで、一般に「国家」というものが「国民」の被害に冷淡であるという原則に沿っている日本政府に対してまず言うべきことがあるとは思いますが。

ちなみに、日本はサンフランシスコ平和条約で請求権を放棄していますが、第19条の「戦争状態が存在したためにとられた行動(actions taken because of the existence of a state of war)」に戦争犯罪行為が含まれるという解釈は市民感情として受け入れがたいはずです。

第十九条
(a) 日本国は、戦争から生じ、又は戦争状態が存在したためにとられた行動から生じた連合国及びその国民に対する日本国及びその国民のすべての請求権を放棄し、且つ、この条約の効力発生の前に日本国領域におけるいずれかの連合国の軍隊又は当局の存在、職務遂行又は行動から生じたすべての請求権を放棄する。

http://www.ioc.u-tokyo.ac.jp/~worldjpn/documents/texts/docs/19510908.T1J.html

Article 19
(a) Japan waives all claims of Japan and its nationals against the Allied Powers and their nationals arising out of the war or out of actions taken because of the existence of a state of war, and waives all claims arising from the presence, operations or actions of forces or authorities of any of the Allied Powers in Japanese territory prior to the coming into force of the present Treaty.

http://www.ioc.u-tokyo.ac.jp/~worldjpn/documents/texts/docs/19510908.T1E.html

また、戦争末期における米軍による日本本土空襲を戦争犯罪だと主張し、訴訟を起こしている団体もあります(東京大空襲訴訟)。この訴訟で原告は、東京大空襲国際法違反であると主張し、被害者はアメリカ政府に対する損害賠償請求権を持ち、にも関わらず日本政府がサンフランシスコ平和条約で外交保護権を放棄し国民に対する外交保護義務を怠ったと訴追されています。
日本政府には、戦争犯罪行為は「戦争状態が存在したためにとられた行動(actions taken because of the existence of a state of war)」とは認めず、サンフランシスコ平和条約第19条で放棄した請求権に、戦争犯罪行為によって発生した損害賠償請求は含まれない、と主張して連合国側と交渉するという選択肢もあります。まず、絶対にやらないでしょうけども、それでも選択肢としてはあります。
戦勝国の戦争責任が問われない」ことを嘆く人は、まず日本政府に働きかけるべきですね。外交交渉のテーブルに乗せるためには日本政府を動かすしかないわけですから。

さて、おそらく多くの文脈において“戦争責任が問われる”とは軍事裁判に限定されず、政治的・外交的に国家あるいは民間レベルで為される戦争責任追及全般を指しているでしょう。東京大空襲訴訟以外にも、民間レベルで連合国側の戦争責任を問うている活動は少なくありません。
原爆被害者などアメリカの責任を問う声は今もありますし、アメリカが戦時中に行った日系人の強制収用などもアメリカ国内の日系団体などの運動で謝罪させるに至っています。

戦勝国の戦争責任が問われない」ことを嘆いてみせる論者に限って、戦勝国戦争犯罪を追及している団体の存在を知らないのはちょっとどうかと思う現象です。

戦勝国側の性犯罪について触れることはタブーとなっています」?

日本占領時に日本政府が用意した占領軍慰安婦、RAAなどと言った問題、沖縄はじめ基地周辺での性売買など、占領軍(主としてアメリカ軍)の性犯罪や性売買が問題視されることはよくあります。遅くとも1970年代には、RAAに対する批判は従軍慰安婦問題と共に出ています。RAAに対しては日本政府と占領軍ともに批判対象になっていますが、そのあたりは、千田夏光氏の「従軍慰安婦 (〔正〕) (講談社文庫)」には載っている話ですし、山田盟子氏らも「占領軍慰安婦―国策売春の女たちの悲劇」という本を出しています。沖縄基地周辺でのアメリカ兵の性犯罪なども、タブーとは言えないほど問題になっています。
もし、それらに気付かなかったとすれば、それは気付かなかった人自身の興味がそっちに向いてなかったから知らないというだけでしょう。
もちろん、軍事政権時代韓国での基地村慰安婦・外国人向け売春なども女性団体によって非難されてますが、女性団体の問題提起に対して冷淡だったのは一体誰だったでしょうか?

敗戦国の戦争責任だけが問われて戦勝国の戦争責任が問われないのが不公平?

不公平と感じるのであれば、それは自身を「国家」に同化させているのだと自覚すべきですね。「国家」に同化するのではなく「市民」の一人であるという立場から見れば、“まだ追及すべき戦争責任が残っている”ということに他なりません。
「不公平」などという感覚はつまり、戦勝国の戦争責任も敗戦国の戦争責任も不問にふせば公平、だと言う「被害者」無視につながる人権思想の欠落に他なりません。「国家」対「被害者」という構図を理解することは、被害者を無視せず人権重視するために必要なことですが、この最初のステップでつまづく人が多すぎます。

敗戦国だから仕方ない」という言い訳が戦争責任の自覚を妨害する

右傾化する人達が根本的に分かっていない一つの事実」という記事で感じたのが、結局自国の戦争責任について何一つ認めていないんだな、ということでした。「敗戦国だから仕方ない」と言い訳して形の上だけ謝ってみせる、それは戦後日本がずっと繰り返しきた詐術そのものです。
そのような言い訳の副産物に過ぎない謝罪であっても、その後大人しくしているならともかく、ことあるごとに「本当は悪くない」「濡れ衣を着せられた」だのと未練がましく繰り返すような幼児性に染まっている。だから問題なんですよ。
そりゃ、日本は反省していないって言われて当然でしょう。

慰安婦問題や靖国問題で抗議されて当たり前でしょう。
その抗議でさえも「俺たちは冤罪にも関わらず謝罪し賠償してやった。なのにあいつらはしつこく挑発・抗議してきやがる」などと自慰的に受け取っているわけで、どんだけサルなんですかね?日本の右派は。

そのサルの親玉が今や日本の総理であって、平和憲法を壊そうとしているわけですから情けないことこの上ないですね。