別にリベラルもリベラリズムも嫌いではないけど、井上達夫氏の主張は好きになれない

戦争責任に識者 「国として誠意を見せた数少ない例が日本」」の件。
そもそも「左派、リベラル派が述べる「ドイツは誠実で日本は不誠実」という言説」自体が藁人形っぽい気がしてるんですよね。
まあとりあえず、井上達夫氏の言説を見ていきましょう。

 実は世界史を広く眺めても、自国の戦争責任を認め、他国に謝罪し、賠償した例はほとんどない。そうしたなか、国として誠意を見せた数少ない例が日本なのである。

http://news.livedoor.com/article/detail/11019975/

曖昧な表現なので何ともですが、敗戦した国が賠償した事例としては第一次大戦時のドイツとか日清戦争時の清国とかありますので、近代ではさほど珍しくはないでしょう。他国に謝罪しというのも、やはり土肥原秦徳純協定など軍事力を背景に謝罪を強いられた事例は割りとよく見かけます。戦争責任については、戦犯裁判が行われるようになったのが第二次大戦からと言っていい状況ですので、日本やドイツが最初の事例と言えるでしょうね*1
「自国の戦争責任を認め、他国に謝罪し、賠償した」のは基本的には敗戦国なら当然でしょうし、「誠意を見せた」と評価するのはちょっと違うように思いますね。
むしろ、戦勝国であるにも関わらず戦争犯罪を認め謝罪した事例の方が数少ないといえるでしょう。例えば、カティンの森虐殺事件に対して、ソ連・ロシアは1990年以降に事実を認め、謝罪*2していますが、かなり珍しい事例でしょう。

 1995年、自社さ連立政権の村山内閣時代にアジア女性基金(正式名称「財団法人女性のためのアジア平和国民基金」)が設置され、1996年から2007年まで、民間からの募金により各国の元慰安婦に対して1人当たり原則として200万円の「償い金」が支払われた。
 重要なのは、その際、橋本龍太郎小渕恵三森喜朗小泉純一郎という、タカ派を含む自民党歴代総理大臣による手紙がつけられたことである。その手紙は「いわゆる従軍慰安婦問題」は「当時の軍の関与」の下に起こったと認め、「日本国の内閣総理大臣として」「心からおわびと反省の気持ちを申し上げます」と述べている。それに加え、国の予算で5億円余りの医療福祉事業も行われた。

http://news.livedoor.com/article/detail/11019975/

戦争責任ではありませんが、児童移民問題に関してはイギリスやオーストラリアの首相が責任を認め謝罪し救済のための基金*3に予算をつけていますし、一度きりの手紙ではなく、毎年2月24日に現職英首相が謝罪を表明しています。なお、児童移民トラストは1987年に設立され、現在もなお活動を続けています。

 1965年の日韓基本条約によって日本に対する韓国の請求権は完全かつ最終的に解決済み、というのが日本の立場である。だから、「アジア女性基金」は日本の法的責任を認めるものではなく、道義的責任を果たすものだ。その意味で百点ではないかもしれないが、自国の戦争責任にここまで踏み込んで他国民に賠償し、謝罪した例はないはずだ。本来、その誠実さは世界から評価されていいし、日本自身が誇るべきなのだ。

http://news.livedoor.com/article/detail/11019975/

1965年の日韓請求権協定第3条には「1 この協定の解釈及び実施に関する両締約国の紛争は、まず、外交上の経路を通じて解決するものとする。」という規定があり、協定当時に明らかになっていなかった慰安婦問題については解決していないとする韓国側は、この規定に則って主張しています。
その次の文については自画自賛に過ぎますね。以下参考。
アジア女性基金が韓国側に受け入れられなかったことを残念がってみせるよりも、なぜ日本はアジア女性基金レベルのものしか準備できなかったのかと考えるべき
“アジア女性基金”で慰安婦問題に十分対応した?

 ところが、元慰安婦を支援する韓国と日本の一部の団体日本のそれはリベラル派であるは日本政府の法的責任と国家賠償に固執し、「アジア女性基金」を「政府の法的責任を隠蔽するための欺罔(あざむくこと)的手段」などと猛批判した。韓国では、「償い金」の受け取りを希望する元慰安婦に対し、脅しにも等しいバッシングが行われたほどだ。

http://news.livedoor.com/article/detail/11019975/

この手の主張をする論者があまり触れないことですが、韓国政府はアジア女性基金の償い金に相当する額の支援を元慰安婦に対して生活支援という名目で行っているんですよね。償い金を受け取ると、生活支援の根拠が当然に消滅しますから法的には打ち切らざるをないわけですが、そういった行政処理まで“バッシング”扱いで非難する向きもあるんですよね。

 ちなみに、保守派の一部は「アジア女性基金」を「土下座外交」だと批判した。そのように保守とリベラル、右と左が、ともに日本を道徳的な高みから引きずり下ろそうとしたのである。

http://news.livedoor.com/article/detail/11019975/

「保守派の一部」とか言ってますけど、はっきり安倍首相とその一味だと言えないんですかね。それはそうと、リベラルに言わせれば「アジア女性基金」の道徳的な高みなど評価するに値しない程度でしたし、事実その程度の内容でしたよね。安倍首相ら極右勢力から見れば道徳的な高みにあったかも知れませんが、安倍首相にとっての「道徳」とは二等国民女性は皇軍兵士に喜んで性的奉仕するべきだという倒錯したものですからね。

 リベラル派の言説を一般の国民が「過度の自己否定」と捉えたのは当然で、それへの反発から「過度の自己肯定」や「リベラル嫌い」の空気が生まれた。リベラル派はそれを批判し、困惑するが、責任はリベラル派自身にあるのだ。

http://news.livedoor.com/article/detail/11019975/

この記述は井上氏の自己矛盾で「保守とリベラル、右と左が、ともに日本を道徳的な高みから引きずり下ろそうとした」のに、どうしてリベラルだけが嫌われたという認識になるのか、全くの謎です。多分「責任はリベラル派自身にある」と言いたいためでしょうね。

*1:https://www2.jiia.or.jp/RESR/column_page.php?id=118

*2:遺憾の意

*3:児童移民トラスト