映画『それでもボクはやってない』は普通に見れば、警察や検察、裁判システムに対して“怖い”と感じるつくりになっていると思うよ

痴漢冤罪を知らしめた映画『それでもボクはやってない』が伝えたかったことは(2017.11.09)」の件。

「映画が伝えたかったことは「痴漢冤罪に気をつけろ」ではない」という点には同意なんですが、以下の感想には同意できません。

 監督は作品を観る人たちに、司法について身近な問題として捉えてもらうために電車内の痴漢を題材にしたのかもしれない。だがこれは「無実の男性から見た痴漢裁判」を題材として、そこから見える行政や司法に対する問題を炙り出しているため、被害を訴えた女子中学生は「嘘をついている」立場として描かれる。彼女は公判で証人出廷するが、供述が変遷する。この描写がかなり含みをもたせているため、嘘をついているのか、勘違いなのか、判然としない様子に映る。女子中学生の勘違いなのか、別に真犯人がいるのか、そのどちらかだろうが、不可解に供述を変遷させるさまは、証人出廷に備え、警察や検察と事前に口裏合わせをしたのではないかという疑いを多分に感じさせる。いずれにしても本作で女子中学生は無実の男性を追い詰める悪役である。ここに『痴漢といえばでっち上げで冤罪』、『女は怖い』の刷り込みを生んだ元凶を見た。

http://wezz-y.com/archives/50677

特に「被害を訴えた女子中学生は「嘘をついている」立場として描かれる」というのは、さすがに違うでしょう。少なくとも私は「別に真犯人がいる」というように解釈しましたし。
「証人出廷に備え、警察や検察と事前に口裏合わせをしたのではないかという疑い」という点については、これは現実に普通にやられている話だと思いますし、その描写自体が「女子中学生は無実の男性を追い詰める悪役」に仕立ててるようにも見えませんでした。
むしろ、法廷での証言の際のおびえた様子や目隠し用のついたてなどの配慮など、痴漢被害者の視点もかなり入れている作品だと感じましたけどね*1

少なくとも「『痴漢といえばでっち上げで冤罪』、『女は怖い』の刷り込みを生んだ」作品とは言えないと思います。特に被害者である女子中学生の描写から『女は怖い』なんていう感想は出てこないでしょう。普通に見れば、警察や検察、裁判システムに対して“怖い”と感じるつくりになっているはずです。

そもそも「冤罪」=“被害者のでっち上げ”という認識自体がおかしいわけで、例えば真犯人とは別の人間が罪に問われている場合も冤罪ですが、その場合間違いなく被害者は存在しますよね。

「傍聴マニア」をネガティブに描いたのは確かだけど

日本の行政、司法に対する問題提起のみを純粋に観る者に訴えるのであれば、別の罪名でやったほうがよかった……この映画が公開された当時、仲の良い傍聴マニアとそんな話をした。そう、私は本作で「最低の人たち」と鉄平の弁護人に毒づかれている傍聴マニアという人種であるが、本作での傍聴マニアの描写も、警察官や検察官、裁判官たちと同様に悪役然としていた。無罪を争う被告人に向かって「本当はやった?」と不躾に法廷で話しかける不届き者など見たことがない。一方的な決めつけに基づく悪意のある描写は、10年前に観たときと同様、今回改めて観てもやはり腹立たしさを覚えるが、こうした腹立たしさを、真面目にやっている警察官や検察官、裁判官らも抱いているのではないかと思うのである。

http://wezz-y.com/archives/50677

映画では性犯罪事件を狙って傍聴している人たちを指してたように思いますが、この辺は記憶が曖昧なので保留。
ともあれ、「日本の行政、司法に対する問題提起のみを純粋に観る者に訴えるのであれば、別の罪名でやったほうがよかった」というなら、具体的にどの罪状か明示すべきでしょう。

痴漢冤罪は、被疑者にとって認めた方が社会的制裁・損失が軽くてすむという構造に特徴があり、他の冤罪に比べて特殊です。冤罪であっても、さっさと認めれば起訴されることを回避できる可能性が高い一方で、逆に冤罪を認めるわけにはいかないと頑張った場合の方が起訴などで多大な社会的損失を被るリスクが高いわけです。

これが最悪死刑になるような殺人事件であれば、基本的に冤罪でも認めたほうが楽だという話にはなりにくく映画として成立しませんよね*2
また、明確な証拠の残るはずの犯罪でもこの映画は成立しにくく、やはり「日本の行政、司法に対する問題提起」をするならば、痴漢に関する裁判という選択肢になって当然ではないかと思いますね。

「こうした腹立たしさを、真面目にやっている警察官や検察官、裁判官らも抱いているのではないかと思うのである」という言い方はちょっとどうかと思います。
そもそも「真面目にやってい」ない「警察官や検察官、裁判官ら」がいることが問題なのであって、「面目にやっている警察官や検察官、裁判官ら」に悪いからという理由で、遠慮するような類の話でもありませんよね。

それに記事の筆者が「傍聴マニア」であるなら、いい加減な対応をする「警察官や検察官、裁判官ら」を見たことがあるでしょうに。


*1:被害者少女に質問する際、検察側が被害者の心情を理由に苦情を出したが、最初の裁判官は「大事な点だから」と質問に答えるように促すシーンがありますが、その裁判官が被害者の心理的負担にならないように穏やかに話しかけるなどしています。

*2:死刑事件でも冤罪を認めたほうが楽だという心理状態に追い詰められることがありますが、一般には理解されにくく、それを描くならそれだけで主題になりうる話ですから、テーマとしてぶれると思います。