2件の殺人で懲役4年なら十分な温情判決だと思うが

この件。
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2件の殺人のうち、未成年時に起こした1件目(2003年5月、15歳)はともかく、2件目(2014年7月、27歳頃)は成人後の殺害なので、「被告人は当時すでに成人しており、手段を尽くして殺害を避けるべきだった」という指摘が的外れとは思いません。
裁判長も1件目については「十分に同情できる」とし、2件目についても「妊娠までの経緯を「強く責めることはできない」」が、「当時すでに成人しており、中絶手術も経験していたことからすると、手段を尽くして殺害を避けるべきだった」と言っています。

まず、18歳(2006年頃)と20歳(2008年頃)の妊娠では中絶しているので、中絶という手段がありえたことは知っており、義父と母の支配も20歳(2008年頃)の離婚で3ヶ月ほど離れて生活したという経験もあり、また就労もしていたことを考慮すると、27歳の時点で義父から逃げるという選択肢が全く考えられない状態だったとは判断しにくいところです。

これらを踏まえると、2014年の妊娠でも中絶と言う選択肢があったことや行政に支援や助けを求めるなどの手段が存在することも認識した上で、そして、15歳の時に出産した子供の殺害を強いられた経験と義父の性格から、2014年の妊娠の際も義父から子どもを殺害するように求められることも予測できていた状態で、出産・殺害に至ったと考えるのが自然でしょう(そうじゃない状況の可能性については後述)。
つまり、2014年の妊娠発覚後については、このまま中絶せずに出産すれば子を殺害せざるを得ないことを認識した上で、「手段を尽くして殺害を避ける」ための行動をとったとは言えない、というのが司法の判断ということになるでしょうか。

そうすると、責任能力がある状態での殺人であったことは否定できず、殺人罪は確定します。

ところで刑法上、殺人の法定刑は死刑又は無期若しくは五年以上の懲役となっています。

(殺人)
第百九十九条 人を殺した者は、死刑又は無期若しくは五年以上の懲役に処する。

http://elaws.e-gov.go.jp/search/elawsSearch/elaws_search/lsg0500/detail?lawId=140AC0000000045

しかし、この事件の地裁判決は懲役4年でした。
これは、情状を酌量して減軽していると言えるでしょう。

(酌量減軽
第六十六条 犯罪の情状に酌量すべきものがあるときは、その刑を減軽することができる。
(法律上の減軽の方法)
第六十八条 法律上刑を減軽すべき一個又は二個以上の事由があるときは、次の例による。
三 有期の懲役又は禁錮減軽するときは、その長期及び短期の二分の一を減ずる。

http://elaws.e-gov.go.jp/search/elawsSearch/elaws_search/lsg0500/detail?lawId=140AC0000000045

ブクマの反応はこれを理解しているとはちょっと思えないものが多かったですね。
ちなみに「浮気した妻を殺した夫は執行猶予付き懲役三年、性的虐待を受け続け四度義父の子を孕まされた女性は懲役四年」と言ってるブコメもありますけど、「浮気した妻を殺した夫は執行猶予付き懲役三年」というのは2017年の東大阪の事件を指していると思いますが、これは殺人ではなく傷害致死ですので法定刑が三年以上の有期懲役です。
東大阪の事件は殺害の意図が無かったが傷害の結果死に至らしめたもので、殺害の意図をもって実行した今回の事件とは適用される刑法の条文が違います。
で、執行猶予は3年以下の懲役でなければ付けられませんので、法定刑が5年以上の懲役になる殺人罪で有罪になれば基本的に執行猶予は付けられません。
もう一つ参考までに「浮気した妻を殺した夫」とは逆に「浮気した夫を殺した妻」が執行猶予付きの懲役3年になったケースもあります*1。念のため。


酌量の話に戻ります。
刑法上、情状酌量すべきものがあるときは法定刑の半分にすることができるわけで、殺人で有罪であっても最短で懲役二年半にすることは可能です。そして懲役が三年以下になるならば、執行猶予が適用できるようになります。

(刑の全部の執行猶予)
第二十五条 次に掲げる者が三年以下の懲役若しくは禁錮又は五十万円以下の罰金の言渡しを受けたときは、情状により、裁判が確定した日から一年以上五年以下の期間、その刑の全部の執行を猶予することができる。
一 前に禁錮以上の刑に処せられたことがない者
二 前に禁錮以上の刑に処せられたことがあっても、その執行を終わった日又はその執行の免除を得た日から五年以内に禁錮以上の刑に処せられたことがない者

http://elaws.e-gov.go.jp/search/elawsSearch/elaws_search/lsg0500/detail?lawId=140AC0000000045

ですから、技術的には今回の事件も、殺人で有罪でありながら執行猶予付きの判決が出る可能性はありましたし、実際弁護側はそれを求めていました。

もちろん、この女性には同情すべき点が多々あるわけですが、それでもなお殺害した人数は2人であることと、この女性が親や周囲の大人から守られるべきだったというのと同様に、殺害された2人の乳児も親から守られるべきだったという点を考慮すると、さすがに懲役3年まで減軽するのが適切かどうかは個人的にはちょっと厳しいかなと思いますね。
少なくとも、3年に減軽されて当然だとまでは思えませんので、裁判員裁判としておかしな判決とはちょっと言えません(2人殺害だと死刑が視野に入りますし、後述しますが、心神耗弱状態の母親が子供を殺害した事件で懲役3年執行猶予5年の判決が出ており、殺害人数からこれより軽い罪にはまずできないでしょう)。

心神耗弱状態であったとみなす場合

裁判手続 刑事事件Q&A

Q. 心神喪失又は心神耗弱とは何ですか。

A. 刑罰法規に触れる行為をした人の中には,精神病や薬物中毒などによる精神障害のために,自分のしていることが善いことか悪いことかを判断したり,その能力に従って行動する能力のない人や,その判断能力又は判断に従って行動する能力がが普通の人よりも著しく劣っている人がいます。
 刑法では,これらの能力の全くない人を心神喪失者といい,刑罰法規に触れる行為をしたことが明らかな場合でも処罰しないことにしています。また,これらの能力が普通の人よりも著しく劣っている人を心神耗弱者といい,その刑を普通の人の場合より軽くしなければならないことにしています。
 これらは,近代刑法の大原則の一つである「責任なければ刑罰なし」(責任主義)という考え方に基づくもので,多くの国で同様に取り扱われています。

http://www.courts.go.jp/saiban/qa_keizi/qa_keizi_21/index.html

女性が2回目の犯行当時、心神耗弱だったと仮定しても、執行猶予をつけるのは難しいと言えます。
例えば、以下のような事例があります。

また、前橋地裁で、当時3歳の長男の顔に布団をかぶせて窒息死させた母親に対する裁判員裁判の判決がありました。この裁判では、被告人が犯行当時心神耗弱状態にあったことが認められ、懲役3年、保護観察付執行猶予5年の判決となりました。

http://keijibengoshi.jp/%E5%BF%83%E7%A5%9E%E5%96%AA%E5%A4%B1%E3%83%BB%E5%BF%83%E7%A5%9E%E8%80%97%E5%BC%B1%E3%81%A8%E3%81%AF%EF%BD%9E%E8%B2%AC%E4%BB%BB%E8%83%BD%E5%8A%9B%E3%81%AE%E5%88%91%E4%BA%8B%E5%BC%81%E8%AD%B7/

子どもを1人殺害したものの心神耗弱により減軽されたケースです。
今回の事件では2人殺害しているのに、このケースと同等に扱えるかと言うと相当疑問です。殺人の法定刑最低限である懲役5年を本件で懲役3年にまで減軽するのは、上記ケースに照らしても無理があります。1人殺しても2人殺しても同じ、という判決になり、社会に与える影響と言う点でも適切とは思えません。
懲役4年というのは、殺人に至った経緯について酌量すべき情状が十分あることを踏まえた上で、それでもなお、2人殺害したことの重みを考慮すれば、まず妥当な判決だろうと思います。

支配の影響

義父に支配されていたための犯行という考え方ですが、要するに心神喪失状態であり、責任能力が問えないと言う考え方です。
しかし、尼崎事件でさえ心神喪失状態は認められていませんから、本件でこれが適用されるべきかというとこれも難しいところでしょう。ただ、考え方として本件に限らず、他者に支配されるなどして心神喪失・耗弱状態に陥り他害行為を行った事件を現行の取り扱いよりも幅広く捉えるべきだというのはあり得ますし、そういう考え方ならある程度は賛同できます。
例えば、心神喪失者等医療観察法の対象を拡大して、医療的な対応だけでなく、心神喪失状態で犯した罪の自覚と更生を促進するような対応を整備するなどは有意義かも知れません。

心神喪失者等医療観察法

医療観察法制度の概要について
心神喪失等の状態で重大な他害行為を行った者の医療及び観察等に関する法律(医療観察法)は、心神喪失又は心神耗弱の状態(精神障害のために善悪の区別がつかないなど、刑事責任を問えない状態)で、重大な他害行為(殺人、放火、強盗、強姦、強制わいせつ、傷害)を行った人に対して、適切な医療を提供し、社会復帰を促進することを目的とした制度です。

http://www.mhlw.go.jp/bunya/shougaihoken/sinsin/gaiyo.html

それでも精神疾患や薬物などで医学的に心神喪失耗弱状態になったのであれば、それが裁判でも認められるのはわかりやすい話であるのに対し、他者からの支配などの抑圧や洗脳で心神喪失耗弱状態というのは、あり得る話ではあっても、裁判で認めるかどうかはハードルが高い状態を避けられません。

例えば、オウム事件の実行犯は基本的に教組の命令に逆らえる状態ではありませんでした。ホロコースト下のドイツで法的根拠を伴った上でのユダヤ人虐殺に係る業務従事をどの程度逆らえたかというのも難しい話です。家庭レベルでも尼崎事件のような支配下にある者が、命令に逆らうことができるかというとやはり難しいでしょう。
閉じた集団内での固着した権力構造の下で下位にある者が、自力でそこから抜け出せないことは珍しいことではありません。ホロコーストからカルト教団ブラック企業、小学校でのいじめ、家庭内でのDV・虐待まで、こういった状況はよく見られます。追い詰められた権力下位の者は、倫理に反する反社会的行為でも違法行為でも命じられれば逆らうことが難しく、自死以外に抵抗の手段も思いつかないものです。
その意味では、この事件の女性も義父に逆らえない支配された状態であったことは考えれます。

ただし、それでもやはり法的な責任は問われるべきだと個人的には思います*2
様々な事情から追い詰められて、当人にとっては他に手段なく罪を犯さざるを得なくなるというのは、程度の差はあれ多くの犯罪で起こることです。それらの情状は酌量されるべきではあるものの、心神喪失・耗弱状態とは言えず、適切な刑罰を科されて贖罪すべきことであろうと思います。

本件の加害者の女性は、自ら「罪をつぐないたい」という意志を示して控訴しなかったとのことです。

(記事有料部分)
 弁護側は裁判で、義父の支配から逃れられない状況だったとして、執行猶予付きの判決を求めていたが、控訴せず、懲役4年の刑が確定した。裁判でも「罪をつぐないたい」と話していた意志を、弁護人は尊重したという。

https://digital.asahi.com/articles/ASL3M5QWDL3MUOHB00P.html

実際、無罪放免にされたとしたら、女性は納得してそれに甘んじることができたか、それが自らの子どもを二人も殺害したことに対する自責の念を消失させることになるかと言えば、おそらくそうはならなかったのではないでしょうか。
彼女自身が犯した罪に向き合い、納得できる罪の償いに導くという意味で、科される刑罰・環境がそれに適したものかという問題はあるものの何らかの刑罰が必要であろうと個人的な意見としてそう思います。

同時に女性自身は長期にわたり虐待を受けてきたわけですから、適切な治療を施す必要もあり、その点については改善すべき点は多々あろうと思いますね。

義父の裁判は?

これも誤解しているブコメが多いようですが、記事には「義父(67)=殺人と死体遺棄の罪で起訴」とあり、殺人で裁かれることになっています。女性が実行したからといって義父が殺人罪に問われないわけではなく、そして女性のように情状酌量の余地もないことから、法定刑の懲役5年以下になることはまず考えられません。普通に10年を軽く超える懲役が科されるのはまず間違いないところでしょう。

ただ、女性が2人の子どもを殺害するに至ったのにそれまでの環境といった同情すべき理由があったように、性的虐待と殺人を強いたこの義父にもそのような人間に至る環境があったはずで生まれついての犯罪者ではないという点についても留意しておくべきです。
誰かひとりを悪魔化して糾弾すればいい、なんてことは世の中あまり無いと思いますので。