韓国の検察改革は十年以上前からの課題で、先の大統領選でもほぼ全ての候補が同様の主張をしていたらしい

なんか、文政権が自らの延命目的で検察を潰しにいってるみたいな流言があるようなので。
私などは韓国について大した知識もありませんので、検察改革が民主化後の韓国社会に残された課題だということを知らなかったのですが、徐台教氏の記事*1をきっかけに調べてみるとそのような事実は確かにあるようでした。

さくっと調べて出てきたもので2010年の記事があります。
【社説】 「検察改革」時間かかっても今回はきちんと(2010年05月13日09時28分 ⓒ 中央日報/中央日報日本語版)
2010年ですから、李明博政権時代ですね。

検察改革は大きく4つだ。第一、できないことはないという権力の牽制だ。今回飛び出した「スポンサー」問題も結局集中された権力がその遠因だった。民主権力の作動原理は牽制と均衡だ。適切な制御装置が必要なのだ。それが高位公職者不正捜査処であれ、特検の常設化であれ、捜査権調整であれ、検察審査会であれ、すべてのものを原点で検討する必要がある。

https://japanese.joins.com/article/011/129011.html

この2010年時点で既に検察改革の案として「高位公職者不正捜査処」や「捜査権調整」の話が出てきています。

第二、政治的中立性の確保だ。検察はたびたび「生きている権力には弱いのに、死んだ権力にだけ強い」という皮肉を受けてきた。一方、権力の源泉であると同時に恩恵を受ける国民は疏外された。検察をどうやって政権から独立させ「国民の検察」にするのか、制度的アプローチが必要だ。

https://japanese.joins.com/article/011/129011.html

2017年5月の文政権成立直後の朝日記事で「曺氏は昨年11月の討論会で「検察は、死んだ権力と戦い、生きた権力には服従するハイエナ」と批判。「今、検察を改革しなければ、次の政権でも同じ問題を繰り返す」と訴えた。」*2とありますが、文大統領や曺氏がいきなりはじめた批判ではなく、少なくとも2010年には存在していた批判であることがわかります。

「捜査権調整」とは検察が独占している捜査権と起訴権を分離しようというものですが、2012年12月のハンギョレにそのような検察改革案を見ることが出来ます。
[한인섭 칼럼] 검찰개혁, 누가 어떻게?(등록 :2012-12-04 19:18수정 :2012-12-04 21:32)

朴政権が厳しく追及されていた2017年1月の記事ではこんなものもあります。
[홍보물] 검찰개혁을 위한 참여연대의 3가지 제안 - 사법감시센터 - 참여연대
高位公職者不正捜査処の設置や地方検察庁検事長の住民直選制導入、青瓦台・法務部と検察の間の人事異動制限を求める内容です。検事長を選挙で選ぶというのは、検察内の地縁や学閥などに対する批判があるためで、それも2010年の中央日報記事に既に言及があります。

一方で、高位公職者不正捜査処設置に対して批判的な意見もあります。
공수처(公搜處)가 곧 검찰개혁은 아니다
(2017年2月記事)

在日コリアン青年連合が大統領選時の候補者の公約をまとめた記事では次のようにも書かれています。

◇所得格差の是正や検察の改革については各候補者共通している主張である。

https://www.key-j.net/19

実際、自由韓国党の候補も「7.社会不条理遮断」として「検警捜査権調整、凶悪犯死刑執行」を挙げています。

で、こういうこれまでの検察改革に関する報道を踏まえると、朴英南氏の記事には疑問を抱かずにいられなくなります。
妻の起訴でもグク氏を法相に任命、なぜそこまで(9/9(月) 13:30配信 ニュースソクラ)

この記事の中で朴英南氏はこう書いています。

 二つ目は、特に文在寅政権が強調する理由で、チョ氏こそが、文政権の宿願である「司法改革」を成し遂げる適任者だという主張だ。文政権の司法改革の核心は「検察・警察の捜査権調整」と「公職者不正捜査処の新設」だ。
 検警捜査権調整とは、検察が独占している捜査/起訴/令状請求権を警察と分け持つことを内容にしている。警察は事件を検察に送致する前まで検事の捜査指揮を受けないなど、すべての事件に対して1次的な捜査権だけでなく、終結権を持つようになる。
 公職者不正捜査処(公捜処)の新設とは、これまで検察の固有権限だった高級公職者の不正に対する捜査を、別途の機関を設置して譲渡する案だ。文在寅政権の公捜処法によると、公捜処は検察から捜査/起訴/公訴維持権を譲り受けて高位公職者とその家族、検察の不正を捜査することになっている。
 このような文政権の司法改革は検察権力を大幅に縮小する。検察の政治権力化を防ぐというのが文政権の主張だ。

https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20190909-00010002-socra-int

まるで、「検察・警察の捜査権調整」と「公職者不正捜査処の新設」が文政権だけの専売特許のような書き方で、この後で「公捜処法の設計者がチョ氏であり」とも書いています。
「検察・警察の捜査権調整」も「公職者不正捜査処の新設」も、構想としては遅くとも2010年には存在していますから、「公捜処法の設計者がチョ氏であり」という表現には非常に違和感を覚えます。
で、朴英南氏はこう続けます。

 しかし、保守層を中心に、政権に向けた検察捜査を防ぐための策略だという指摘も多い。大統領が任命する公捜処長が現政権の不正を捜査するようになれば、独立的な捜査ができるわけがないという疑問だ。
 結局、大統領は検察と公捜処という二つの捜査機関を競い合わせて、政権に捜査が及ばないようにしようとしているとの指摘だ。
 ところで、この公捜処法の設計者がチョ氏であり、チョ氏を法務長官に任命することで、検警捜査権の調整と公捜処の設置を実現させようという計算だ。

https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20190909-00010002-socra-int

保守派政権時代も検察改革は課題でしたし捜査権調整や公捜処法はその手段の一つとして提案されていましたから、保守層が何を批判しているのかが意味不明です。保守派の案との比較を具体的に行った上で、保守派が何を問題にして批判しているのかを示さないと意味がありません。
どうも、朴英南氏は検察改革を文政権批判に無理やりつなげようとしているように思えます。

実際、朴英南記事の最後の部分は邪推としか言いようがありません。

 チョ氏が法務長官辞退に追い込まれると、文政権の核心的な支持層が離反してしまいかねなかったとの見方もある。チョ氏の任命で核心的支持層を結集させ、離れた中道層と若年層は文政権に友好的な正義党で吸収すればいいという戦略だ。
 しかも、現在進行中の選挙法改正案で比例代表が大幅に拡大されれば、来年4月の総選挙では、正義党などの左派政党が飛躍的に党勢を増やし、左派連合軍が国会を掌握することができる。もし、左派連合軍が国会議席の3分の2を占め、チョ氏が作った「大統領改憲案」が国会を通過すれば、一般国民が参加する「専門裁判所」を設置し、国会議員を召喚し、議員から引きずり下ろすことも可能だ。左派政党の独裁のための布石とみることもできる。
 共に民主党の長期政権プランのためにはチョ氏の任命が必要なのだ。無策な野党のおかげで、文在寅大統領によるチョ・グク氏の法務長官任命はひとまず成功した。しかし、その後も文政権のプラン通りに事が動くかどうかはわからない。
 無力化を狙われている検察がグク氏への捜査で新事実を出すかもしれない。
 さらに、韓国の若者たちが文在寅政権を向けて抵抗を開始した。チョ氏の任命に抗議する大学周辺でのろうそく集会は続きそうで、そこに保守野党と一般国民が合流し、次第に大きな流れになるかもしれない。

https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20190909-00010002-socra-int

「現在進行中の選挙法改正案で比例代表が大幅に拡大されれば、来年4月の総選挙では、正義党などの左派政党が飛躍的に党勢を増やし、左派連合軍が国会を掌握することができる」というのもにわかには頷きがたい話で、比例代表枠が増えて小政党が有利になるというなら正義党以外の中道・保守系少数政党にも有利なはずで、逆に民主党や韓国党のような大政党には不利なはずです。
なぜ、「左派連合軍が国会を掌握することができる」などと言えるのか疑問です。
また、「一般国民が参加する「専門裁判所」を設置し、国会議員を召喚し、議員から引きずり下ろすことも可能」だとして、その場合、保守政党が政権をとったら保守独裁の懸念もあるはずなのに「左派政党の独裁のための布石」と決め付ける感覚も不思議です。
政党支持率は今も民主党の方が韓国党よりも高いとは言え、それほど圧倒的な差があるわけでもなく地方選の時のような民主党大勝は難しそうですし、そもそも「比例代表が大幅に拡大されれば」韓国党は負けたとしてもそれなりの議席数が確保できますよね。実際、現在の議席数は民主党128に対して韓国党110ですが、比例代表議席数では民主党13に対して韓国党17です。

これらの事情を考慮すると「左派政党の独裁のための布石とみること」など到底できないでしょう。

朴英南記事の最終段落。

 さらに、韓国の若者たちが文在寅政権を向けて抵抗を開始した。チョ氏の任命に抗議する大学周辺でのろうそく集会は続きそうで、そこに保守野党と一般国民が合流し、次第に大きな流れになるかもしれない。

https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20190909-00010002-socra-int

こういう世論調査の結果を見ると、そんな単純なことにはなりそうにないと思うんですけどね。