「従軍慰安婦の強制連行」を削除したんじゃなくて「労務動員の強制連行」を削除したということの重要性

この件。

教科書から「従軍慰安婦」を削除 高校の公民、今春から

 高校の公民教科書を発行する数研出版が「従軍慰安婦」と「強制連行」が含まれる記述を削除する訂正申請をしたことが9日、分かった。文部科学省は訂正を認め、今春から使用される教科書に反映される。
 記述が削除されたのは、現代社会2冊と政治・経済1冊の計3冊の計4カ所。いずれも昨年11月20日に訂正申請を受け付け、同12月11日に認められた。3冊とも「従軍慰安婦」「強制連行」の文言がなくなった。
 文科省は昨年1月、小中学校の社会科、高校の地理歴史と公民の検定基準を改定し、近現代史で通説的な見解がない場合はそのことを明示することなどを明記した。
2015/01/09 10:44 【共同通信

http://www.47news.jp/CN/201501/CN2015010901001134.html

共同配信記事ではあまり書いてないので、“従軍慰安婦を強制連行したのだ”という記事が削除されたようにも読めますけど、違います。従軍慰安婦問題と労務動員の強制連行問題が消されたんですよ。

現代社会/現社309」更新のお知らせ

訂正箇所(頁) (行) 原 文 訂正文
204 28 ただ,被害を受けた個人の請求権は別との立場から,強制連行された人々や「従軍慰安婦」らによる訴訟が続いている。 ただ,被害を受けた個人の請求権は別との立場から,国や企業に対して謝罪の要求や補償を求める訴訟が起こされた。
206 5-8 1980 年代に起こった教科書検定へのアジア諸国からの批判,1990 年代に提起された第二次世界大戦中の「従軍慰安婦」問題,韓国・朝鮮籍の元軍人・軍属への補償問題,強制連行・強制労働への補償問題など,日本には第二次世界大戦の未解決の問題(1)がある。 1980 年代には,教科書検定に関しアジア諸国から批判が起こった。1990 年代には,第二次世界大戦中に日本から被害を受けた個人が,個人への補償は未解決(1)だとして,謝罪を要求したり補償を求める裁判を起こしたりした。
https://www.chart.co.jp/goods/kyokasho/27kyokasho/koumin/data/gensha309_2015.pdf

謝罪要求や補償を求める裁判の存在については残していますが、何に対する謝罪や補償なのかがわからなくなったわけです。
「強制連行された人々や「従軍慰安婦」らによる」が削除され、「第二次世界大戦中の「従軍慰安婦」問題,韓国・朝鮮籍の元軍人・軍属への補償問題,強制連行・強制労働への補償問題」が削除されたわけです。
消された戦後補償問題は、従軍慰安婦問題、朝鮮籍元軍人・軍属補償問題、強制連行・強制労働補償問題の3つです。
これは結構重要なことですが、ブクマを見る限り、記事の「強制連行」を“従軍慰安婦の強制連行”と誤解してそうな向きが結構いますね。

吉田清治証言の否定から始まった歴史否定の拡大

吉田証言は慰安婦問題のごく一部にすぎず、吉田証言自体が無くとも、従軍慰安婦の強制連行の事実は存在しますし、慰安婦の強制性も変わりません。
ですが、2014年8月からの安倍政権・右翼勢力・転向日和見勢力によって、吉田証言の否定が慰安婦問題全体の否定に拡大されました。常軌を逸したバッシングにより朝日新聞は屈服し、言論は潰され、日本国内において、従軍慰安婦問題は戦時性暴力問題としての存在を否定されたわけです。
日本国内において、従軍慰安婦問題とは“朝日が捏造・誇張した問題”であり“海外から誤解されている冤罪”と成り果てたわけです。
実際、慰安婦問題を語る論者のほとんど全てが慰安婦とは何かを語ろうとはせず、やることといったら、慰安婦報道についての評価か、海外にどう理解してもらうかの方策か、そして慰安婦問題を訴えてきた論者に対する誹謗中傷か、そのいずれかです。

従軍慰安婦問題否認という歴史修正主義が猛威を振るうのは、2014年の衆院選圧勝で安倍政権という右翼政権が今後少なくとも10年以上は続くという未来図が世間一般で共有されてきたからでもあるでしょうね。朝日新聞を、政府自民党はじめ産経新聞という極右メディアや在特会と言った極右勢力が集団で袋叩きにし読売が右に急旋回し、比較的リベラル寄りだったメディアまで朝日弾圧に加担するか、良くても傍観と言った態度を取ったことで日本の言論メディアは瀕死の状態に陥ったわけです。
右翼的でないと見られてきた言論人もある種の同調圧力の中で朝日叩きに賛同しています。元慰安婦らや関係者に対する異常なバッシングの実態に触れることなく、“誤報は良くない”という一方的な原則論を採用するという形で、池上彰氏などの主張が典型的でしょう。

しかし、少なくとも2014年末までは吉田証言訂正の影響は慰安婦問題否認のみに留まっていました。
産経新聞は安倍政権下で慰安婦問題否認は完成したと見て、南京事件否定などに戦線を広げる意向を示していますが、その成果が早々と教科書記載で現れたと言えるでしょう。

旧日本軍の軍人・軍属として使役されたものの敗戦後の日本政府が朝鮮籍所有者を日本国民から除外した結果、軍人・軍属が得られるはずの補償が得られなくなったというのが「韓国・朝鮮籍の元軍人・軍属への補償問題」です。
植民地朝鮮から詐欺や威圧、警察力による強制連行で朝鮮内や日本本土での労働を強いた朝鮮人強制連行問題や占領地・傀儡中国から詐欺や武力による工員狩りで日本に連行して強制労働を強いた中国人強制連行問題が、代表的な労務動員における「強制連行・強制労働への補償問題」です。
いずれも良く知られた戦後補償問題で、産経文化人などの右翼論者以外はまず否定しない史実です。

ところが、数研出版は「「従軍慰安婦」問題」と共に「韓国・朝鮮籍の元軍人・軍属への補償問題」や「強制連行・強制労働への補償問題」を教科書から削除しました。それも“自発的に”です。右翼安倍政権下での言論弾圧の恐怖が、「従軍慰安婦」問題だけでなく、韓国・朝鮮籍の元軍人・軍属への補償問題や強制連行・強制労働への補償問題に触れることもおびえさせたと言えるでしょう。

右傾化というのは、権力者が直接明言して命令しなくても、権力におびえる者や権力に媚を売る者たちが“自発的に”権力者の意図を忖度し、相互監視や自主規制を強めていくことでも成立します。

この動きはもう止められません。

遠からず、南京事件が否定され、強制連行は無かったことにされ、アジア太平洋戦争は“正義の戦争”にされるでしょう。
そして、“正義の戦争”に殉じた日本軍を祀った靖国神社に首相が公式参拝することになるわけです。

日本人はもう一度80年前に先祖返りして、同じ愚行を繰り返すのでしょうね。

現在の日本人が歴史から何も学ばなかったツケを私たちの子や孫がその命で償うことになります。