とりあえず、WHOがどう“suspected case”を定義しているか報じるべきではないかな

この件。
「検査をもっとやれ」という日本へのメッセージではない。WHOの声明を伝える報道で不正確な情報が拡散(2020/03/18 19:11 千葉 雄登 岩永直子 BuzzFeed News Editor, Japan)

ここでこう述べられています。

「検査、検査、検査」そんなWHOのテドロス事務局長の言葉が日本でも報じられている。だが、注釈に触れられていない形で発信されたこれらの情報には注意が必要だ。

https://www.buzzfeed.com/jp/yutochiba/who-message-mislead

で、確かにテドロス事務局長は“We have a simple message for all countries: test, test, test. Test every suspected case”と疑い症例を全て検査せよと言っています。
BuzzFeed はこれに対して「注釈に触れられていない形で発信されたこれらの情報には注意が必要」で「無症状の人にまで対象を広げ、検査を行うべきだという内容の声明ではない」と言っています。
そして、注釈付きの声明はこうだと述べています。

私たちは世界各国へシンプルなメッセージを伝えたい。検査、検査、検査です。全ての疑わしいケースで検査を行うべきです。

テストの結果、陽性と確認された場合は隔離を行い、発症の最大2日前までさかのぼって濃厚接触者を見つけ、彼らに対しても検査を行う必要があります。[注釈:WHOは感染が確認された人の接触者で、COVID-19の症状を示している場合においてのみ、検査を推奨しています]

(原文)
We have a simple message for all countries: test, test, test.
Test every suspected case.
If they test positive, isolate them and find out who they have been in close contact with up to 2 days before they developed symptoms, and test those people too. [NOTE: WHO recommends testing contacts of confirmed cases only if they show symptoms of COVID-19]

https://www.who.int/dg/speeches/detail/who-director-general-s-opening-remarks-at-the-media-briefing-on-covid-19---16-march-2020
https://www.buzzfeed.com/jp/yutochiba/who-message-mislead

どうも、テドロス発言を“無症状の人も含めて検査せよ”と解釈した誤解があるという前提をおいた上で、それは間違いだと主張しているようではあります。しかし、そもそもそのような誤解は一般的なのかという疑問がありますし、BuzzFeedが言及しているAFP*1もテレ朝*2も、「疑いのある患者全員」「疑わしい例すべて」を検査せよという発言として報じています。

で、どうもこの「疑いのある患者全員」「疑わしい例すべて」である“every suspected case”が明確になってないのが誤解の原因であるように思います。

そこで調べてみると、WHOは“Suspect case”について、ちゃんと定義をしていることがわかります。

Suspect case とは何か?

WHOが毎日公表しているSituation Report にCASE DEFINITIONSとして書いてあるんですよね。

Suspect case

A. A patient with acute respiratory illness (fever and at least one sign/symptom of respiratory disease (e.g., cough, shortness of breath), AND with no other etiology that fully explains the clinical presentation AND a history of travel to or residence in a country/area or territory reporting local transmission (See situation report) of COVID-19 disease during the 14 days prior to symptom onset.

A. 急性呼吸器疾患(発熱および呼吸器疾患の少なくとも1つの兆候/症状(例、咳、息切れ)を有し、かつ、臨床症状を他の原因で完全に説明することができず、かつ、発症前14日間以内に COVID-19の流行地域への渡航歴・居住歴がある場合、

OR

B. A patient with any acute respiratory illness AND having been in contact with a confirmed or probable COVID19 case (see definition of contact) in the last 14 days prior to onset of symptoms;

B. 急性呼吸器疾患を有し、かつ、発症前14日間以内に、COVID-19患者(確定または可能性のある)と接触した場合、

OR

C. A patient with severe acute respiratory infection (fever and at least one sign/symptom of respiratory disease (e.g., cough, shortness breath) AND requiring hospitalization AND with no other etiology that fully explains the clinical presentation.

C. 重度の急性呼吸器感染症(発熱、呼吸器疾患の少なくとも1つの兆候/症状(例:咳、息切れ))を有し、かつ、入院が必要で、かつ、臨床症状を完全に説明できる他の病因がない場合

https://www.who.int/docs/default-source/coronaviruse/situation-reports/20200318-sitrep-58-covid-19.pdf

A、B、C いずれの場合も症状があることが前提ですから、確定患者との接触者であっても症状が無ければ定義上は Suspect case にはならず、テドロス発言につけられた注釈はそれを指しているわけですね。
だからと言って、これらの条件を満たす患者を日本は全て検査できているかというとそうも思えません。

Aは、急性呼吸器疾患を有していて、2週間以内に流行地への渡航歴があり、症状を他の原因で完全に説明できなければ、検査対象ということですが、この症状を他の原因で完全に説明できるかというのはかなり厳しい条件です。

例えば、細菌性肺炎だと判明した症例であっても細菌性肺炎とCOVID-19が併発している可能性を排除するには、抗生物質を投与して細菌性肺炎の症状が治まることを確認しなければできません。普通は細菌性肺炎か非定型肺炎かの簡易な鑑別を行なった上で、それぞれに見合った治療を行い、それで効果が無ければ他の薬剤を使いますが、そうするとそんな完全にCOVID-19の可能性を排除するのが容易ではないのはわかりますよね。

Bは、COVID-19の確定患者(あるいは可能性のある患者(Probable case))との接触者ですが、急性呼吸器疾患の症状のあるという条件はAと変わりませんが、症状を他の原因で完全に説明できるかという条件は無くなっています。つまり、確定患者との濃厚接触者であって急性呼吸器疾患の症状があれば、疑い症例となるわけです。

Cは、渡航歴も確定患者との濃厚接触の有無も条件から外れています。入院が必要な重度の急性呼吸器感染症であって、COVID-19以外の原因で完全に症状を説明できる場合を除いた症例が対象となります。COVID-19併発の可能性も完全に排除するのは困難であることを考慮すると、入院した重症の呼吸器“感染症”患者は全て検査対象と見るべきでしょう。

日本で、こういった人たちを全て検査できているかと言えば、まあ、できていないとしか言いようがないと思うんですけどね。



*1:「WHOは各国に対し、「検査、検査、検査。疑いのある患者全員を検査するよう」勧告している」https://www.afpbb.com/articles/-/3273689

*2:「WHO・テドロス事務局長:「すべての国に訴えたい。検査、検査、検査だ。疑わしい例すべてに対してだ」」https://news.tv-asahi.co.jp/news_international/articles/000179228.html